最終決戦! その二十二
鼠妖精の村は、案外広い。家は百軒以上あるだろう。人は訪れないようで怖かったのか、皆、家の中に隠れてしまっている。
時折、好奇心旺盛な子が窓から私達を覗き込み、目が合ったらササッと隠れる様子が見えた。
鼠妖精……なんて愛らしい妖精さんなのか。どっかの食いしん坊妖精とは大違いである。 そういえば、アルブムを鞄に入れたままだった。また、眠っているのだろうか。
鞄を開いたら、クッキーを食べているアルブムと目が合った。
私の私物が、クッキーのカスまみれになっている。
「ちょっ、アルブム! 鞄の中、クッキーまみれじゃないですか」
『アトデ、綺麗ニ、シテオクヨオ』
鞄を閉じ、見なかったことにした。
『こちらが、村長の家です』
「わっ……!」
森を抜けた先にある小高くなった丘に、尖塔が突き出した三階建ての城館が立っていた。蔦が絡まっていて、ずいぶん年季が入っていそうな。
「村長さんの家、ずいぶんご立派ですね」
「あ、そちらではなく、村長の家はこちらです」
ネズミさんが指を差したのは、可愛らしい平屋建ての家だった。その辺にある民家と、さほど変わらない大きさである。
「あちらの城館は、役所となっております。もともとは、領主様が住んでいたのですが」
「役所! そ、そうなんだ!」
住民課に収税課、管財課に土木課、水道局に広報など、妖精といえど人間と変わらない行政を行っているようだ。さすが、国から自治権が認められた唯一の妖精族である。
「えっと、では、先に村長に、話をしてまいりますね」
「ありがとうございます」
五分後、ネズミさんと村長さんらしき、白髭のおじいさんネズミがでてきた。
「ああ、あなた方が、シエル様の……?」
リオンさんを振り返る。一歩前に出て「そうだ」と言葉を返していた。
「シエル様は、中にいらっしゃいます。ですが――」
「何か、あったのか?」
「実際に、ごらんになったほうが早いでしょう」
ネズミさんが扉を開く。私の身長と同じくらいの高さの家なので、しゃがんで入らなければいけないだろう。
まず、リオンさんが中に入った。次に、ルードティンク隊長と思いきや、手をぶんぶん振って私に入れという。
「俺はいい。もしかしたら、家の中に凶悪な人間が押し入ってきたように思われるかもしれないから」
「そうですね」
ルードティンク隊長は「クソ!」と言って私を睨む。自分で言ったのに、どうして機嫌が悪くなるのか。まったくわからない。
そんなわけで、内部で確認をするのは、リオンさんと私、メルヴにリーゼロッテに決まった。
身をかがめ、小さな声で「おじゃましま~す」と声をかける。
中は、花柄の絨毯に円卓があり、その上に小さなティーセットが置かれてあった。村長の奥さんらしき鼠妖精もいた。
「どうも、失礼します」
『どうぞ。ちらかっておりますが』
シエル様は、居間にはいない。奥にある部屋にいるようだ。
戸を開くと、寝台が六つほど並んでいた。その寝台すべてに、全身鎧姿のシエル様が横たわっている。鼠妖精用の寝台なので、とても小さいのだ。六つ分で、やっと一人眠れる大きさなのだろう。
「お祖父様、どうした? 具合が、悪いのか?」
扉の近くに足が向いていたので、顔のほうへ回り込む。
そこには、葉っぱをしょんぼりさせるコメルヴと――眠るシエル様が。
「あ――!!」
なんと、驚いたことに、シエル様は冑を外していた。初めて、素顔を見た。
白髪頭に、皺が刻まれた目元、くるりと上を向いたおひげに、きつく結んだ口元。
想像していた通り、シエル様は渋いおじいさまだった。若いときは、さぞかしカッコよかっただろう。その面影を感じた。
「あの、コメルヴ、シエル様が、どうかしたのですか?」
『あ……メルゥ……』
コメルヴはしょんぼりしたまま、喋ろうとしない。酷く、衰弱しているというか、元気がないように思える。
メルヴが寝台によじ登り、コメルヴに話しかけた。
『コメルヴ?』
『メルヴ!?』
葉っぱを生やした大根状の生き物が、邂逅する。
メルヴがコメルヴの背をポンポンと叩くと、しおしおだった葉に艶が戻った。
『大丈夫?』
『う、うん……ありがと』
『イエイエ』
そういえば、蟻妖精のアリタの姿がない。はぐれてしまったのだろうか。
リオンさんはしゃがみ込み、コメルヴに事情を聞く。
「疲れているところをすまない。コメルヴ、お祖父様は、どうしたんだ? もしや、ずっと目覚めないのか?」
『……うん』
リオンさんはすっと立ち上がり、シエル様の鎧をドンドン叩いた。
「お祖父様! どうして眠っているんだ! 竜に踏まれても、ケロッとしていたお祖父様が、目覚めないなんて!」
結構な強さで叩いていたようだが、シエル様は目覚めない。
「あら?」
リーゼロッテが何かに気付いたようだ。
「リーゼロッテ、どうしたのですか?」
「この鎧、こんな呪文が浮かんでいたかしら?」
シエル様の白銀の鎧に、小さな黒い文字が浮かんでいた。古代文字のようである。
「も、もしかして、呪い、ですか!?」
呪いは基本、術者にしか解けない。だから、コメルヴは為す術もなく落ち込んでいたのだろう。
「シエル様……!」




