南国果物ゼリー
鷹獅子のお世話をしていたら、あっという間に夜になる。
寝室はベルリー副隊長と同室。
「鷹獅子がうるさいかもしれませんが」
「ああ、構わない」
なんでも、体内時計が働いているようで、一度寝たらなかなか起きないんだとか。
凄いところは緊急事態とか、殺気を感じたら目を覚ますということ。
仕事人だ。
『クエクエ~~!』
鷹獅子は今宵も絶好調。頼むから早く寝てくれ。
お願いしますと、ひれ伏して願う。
そんな私達のやりとりを見ていたベルリー副隊長が、寝転がった状態で話しかけてきた。
「そういえば、気になっていたんだが」
「はい?」
なんだろう?
ベルリー副隊長より、何か悩みがあるのではないのかと指摘される。
頭を悩ませていること。強いて言えば、鷹獅子の件だろう。私だけに懐き過ぎている。どうしてこうなったのだと。
「契約を結んでいない幻獣に好かれるのは才能だ。国も悪いようにはしないだろう」
「だといいんですけれど」
ベルリー副隊長が大丈夫だと言うので、気にしないことにした。
私は前向きなのだ。
「他には?」
「え?」
「リスリス衛生兵は、たまに強く我慢をしている時があるだろう?」
指摘されて、どきんと胸が高鳴る。
「前に、隊長が野ウサギと呼んでいたことを嫌がっていたことに気付かず、すまないと思っていた。ザラが指摘するまでなんとも思っていなかったんだ。ああいう愛称で呼ぶのは騎士隊ではよくあることで、隊長はリスリス衛生兵が可愛くて、呼んでいたのだ」
可愛いからという理由はありえないだろう。隊長はエルフの長い耳を見て、野ウサギと呼んでいたに違いない。まあ、動機なんぞどうでも良かった。今はきちんと名前で呼んでくれるし。
相談しなかったり、聞かなかったりした私も悪いのだ。
ベルリー副隊長は眉尻を下げ、謝ってくれた。とんでもないと首を横に振る。
「気になることがあればどんどん相談してくれ。私は騎士隊の習慣が染み込んでいて、リスリス衛生兵にとっての非常識であることがわからないのだ。仕事のこと以外でもいい。兄弟が多かったからだろうか、いろいろと、行動を起こす前に諦めていないか?」
確かに、ベルリー副隊長の言う通りだと思う。気になることがあっても、「まあいいか」で済ませてしまう場合が多い。父や母と話したいことがあっても、毎日忙しそうにしているし、疲れている後ろ姿を見れば諦めてしまうことが多かった。
その癖が抜けきれていなかったのだろう。
「ありがとうございます。その、嬉しいです」
「遠慮なく話してくれると、私も嬉しい」
さっそくで悪いけれど、気になっていたことを相談することにした。
「あの、ザラさんのことについてなんですが――」
私のうっかりな発言が原因で、悲しそうな顔をさせてしまうことが多いのだ。どうすればいいのか、わからないでいる。
「そうか――ザラは、そうだな。繊細なんだよ」
ベルリー副隊長が前にいた部隊で、ザラさんとは上司と部下の関係だったらしい。
「派手な見た目で底抜けに明るく、遊んでいそうな印象があるが、実際は雪国育ちの真面目で大人しい青年で……」
「わかります」
食堂で出会った時はいろんな人に抱擁したりして、明るくて賑やかな人だと決めつけていた。けれど、接するうちにザラさんは家でゆっくり本を読んだり、料理をしたり、刺繍をしたり、静かに過ごすのが好きな人なのかな、と思ったりしている。
「前の部隊は女性騎士が多くて、いろいろあったのだ」
「いろいろとは?」
「まあ、いろいろだ。……ザラに近寄って来る女は、期待するのだよ」
「期待、ですか」
「ああ。遊び慣れていて、楽しませてくれると」
「なるほど」
ザラさんの見た目と中身の差にガッカリしてしまうのだとか。北部にある雪深い地方の出身だと知れば、田舎者だと言われ、深く傷ついていたと。
「多分、ザラは怖いのだろう。親しくなった相手に対して、自分の気持ちをさらけ出し、嫌われることが」
「そう、だったのですね」
コクリと、深々頷くベルリー副隊長。
「そんなわけで、リスリス衛生兵は何も悪くない。ザラが臆病なだけなんだ。だから、気持ちがわからなければ、直接聞いてくれ」
「はい、次からそうしてみます」
ベルリー副隊長に相談してよかった。わからないことは聞いていいのだと、教えてもらった。
「ありがとう。私もザラのことは気にかけていたんだが、なかなか踏み込めるような話題ではなくて……」
「ですよね」
最後まで話を聞いて、はたと気付く。
「あの、これって私が聞いても大丈夫なことでしたか?」
「リスリス衛生兵は誰かに話したりはしないだろう」
「そうですけれど、私的なことなので」
「ならば、先ほどのザラの話はすべて私の寝言だ。そういうことにしておこう。おやすみ」
「え!? あ、はい……おやすみなさい」
『クエ~~』
最後の鷹獅子の気の抜けるような鳴き声で、脱力してしまった。
そのまま瞼を閉じる。
今日はなんだかゆっくり眠れそうな気がした――けれど。
『クエクエ~!』
「ですよね~~」
鷹獅子の目は爛々としていた。
ベルリー副隊長はむくりと起き上がり、申し訳なさそうに言ってくる。
「私が世話を代われたらいいのだが」
「いえ、大丈夫です。ウルガスとか、噛まれましたし」
どうしても鷹獅子と仲良くなりたいウルガスは、果敢にも触れあおうと手を伸ばしていたのだ。夕方、ついに噛まれてしまった。甘噛みなので、出血とかはしていなかったことは幸いだけど。
「不思議だな。鷹獅子はリスリス衛生兵を母親のように慕っているように見える」
「困りますね」
きっと、森の仲間的な親近感があるのかもしれない。
王都に着いたら専門家に任せるので、この苦労も数日でおさらばだろう。
鷹獅子をお腹の上に乗せて、相手をする。
『クエ~』
「はいはい」
『クエ!』
「はい、寝ましょう」
そんな感じで、船で過ごす夜は更けていった。
◇◇◇
翌日、隊長が空になった生姜の甘酢漬けの瓶を返してくれた。
「えっ、食べるの早すぎですよ!」
「酒の肴にした」
「馬鹿な!」
生姜五個分を漬けた物なのに、一晩で食べてしまうとは。
「体にいいからと言って、食べ過ぎも良くないんですよ」
「だな。しばらくガリガリは食べなくてもいい」
どうやら飽きてしまった模様。って、知らんがな。
話はそれだけではなかった。
具合が悪くなったので、何か対策はないかと聞いてくる。
「異国の言葉で、『病は気から』という言葉があります」
「船酔いは思い込みだと言うのか?」
「だって、馬車は平気だったじゃないですか」
私の指摘に、隊長はぐぬぬとなる。
「隊長、叫んでみましょう。自分は船酔いしないと」
「馬鹿みたいだろう?」
「背に腹は代えられません」
叫ぶ先は広い海原。誰も咎める者はいない。多分。
船酔いが怖いですかと聞いたら、悔しそうな表情を浮かべる。
「打ち勝つのです。船酔いに。自分に言い聞かせるのです。船酔いなんぞ、とるに足らないことだと!」
隊長をなんとか説得した。
私は広大な海を指し示し、どうぞと勧める。
「……俺は、船酔いなんかしない」
「もっと大きな声で!」
「俺は船酔いしない!」
「まだまだ!」
「俺は、船酔いなんか、しない!!」
「もう一声!」
「俺は――って、何を言わせるんだ!」
耳元で大声を出すので、びっくりしてしまった。
『クエクエ! クエクエ~~!!』
樽の上に置いていた鷹獅子も、驚いたようだ。クエクエと文句を言っている。
傍に寄って、額をかしかしと指先で撫でながら「根は優しい山賊ですよ~」と伝えておいた。
「どうですか、船酔いは?」
「まあ、気にしないことにした」
「ですね。それが一番です」
何か不調があれば教えてくださいと言って、この場を離れる。
『クエクエ~~』
抗議の鳴き声が聞こえる。
鷹獅子を樽の上に忘れて去ろうとしていた。危ない、危ない。
「あなた、なんか重たくなりましたよね?」
『クエ!』
ずっしりと重い鷹獅子を抱き上げる。
食堂に行けば、ガリガリの大量生産が行われていた。夕食で出した浅漬けが好評だったらしい。
暇だったので、私も皮剥きを手伝う。
鷹獅子は南国果物の盛り合わせをもらい、上機嫌。生姜を見せれば、昨日のことを思い出したのか、目を細めて顔を背けていた。
一時間ほどで作業は完了する。
「リスリス衛生兵、ありがとうございました、助かりました」
「いいえ、手が空いていたので」
お礼にと言って、船長さんに出す甘味の残りをわけてもらった。
「わっ、ゼリーだ!」
ゼリーとは果汁などを膠で固めた物である。
絵本などでよく出てくる食べものだけれど、実際に食べるのは初めてだ。
料理番の隊員は語る。
「果物の欠片とかを擦って作った物なんですよ」
「絶対に美味しいやつですね」
さっそく、いただくことにする。
匙で掬えば、ぷるんと震えた。口に含めばつるりとした食感と、ほのかな甘みが広がった。
舌の上でほろほろと解れ、のど越しも良い。
まさしく、夢物語に相応しい食べ物だなと思った。
汗ばむような暑い日にぴったりな、涼やかな甘味である。




