最終決戦! その八
森を歩くこと三時間。魔法の結界が張られた仕掛けを解き、中へと入る。
「へえ、ここがフォレ・エルフの村か」
隊長が物珍しそうな表情で、村を見渡していた。
森の中に茅葺き屋根の家がぽつぽつ建ていて、優しい木漏れ日が地面へと差し込む。
フォレ・エルフの村に、ついに帰ってきたのだ。
外で遊んでいた子ども達が、騎士隊エノク一行に気づく。
「うわっ、騎士だ!」
「どうして!?」
「あ、ランス兄ちゃんがいる!」
「ミルもだ!」
「メルお姉ちゃんもいるよ!」
「きっと、王都で罪を犯して、連行されてきたんだ」
「このクソガキ共め、なんだと、ゴラァ!!」
ランスが叫ぶと、子ども達は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「これは、これは。結界が開いたと思ったら――」
次にやってきたのは白髪を一つに結んだ、白衣を纏う年若いエルフ。魔術医の先生だ。
整った美貌は相変わらずで、一年半ぶりに会っても変わらぬ姿でいた。
年頃は三十前後に見えるが、三百年以上生きているらしい。
その秘密は、魔術医の先生がフォレ・エルフではなくて、寿命が千年以上あるハイ・エルフだから。
ハイ・エルフの中では、若手らしい。
「隊長、こちらの先生が、その、お世話になった……」
「魔術医か?」
「はい」
「リスリスは先生に先に事情を説明しろ。俺は先に村長のところに行く」
「はい」
「誰か、付いてきてほしい奴はいるか?」
自然と、ザラさんを見てしまう。
「ザラ、リスリスに付き添ってくれないか?」
「ええ、わかったわ」
「他の者は、俺についてこい。おい、ランス、お前はそっちじゃないぞ。村長の家に案内しろ」
「わ、わかっているよ」
ランスは私のほうを見ていたらしい。「魔術医の先生に何用だ?」という視線を向けていたが、今説明するわけにはいかなかった。
「初めまして、ザラ・アートです」
「私はレージュ・ノワだ」
アメリアとステラ、ニクスにエスメラルダ、おまけにアルブムを紹介する。
「君は特別な娘だと思っていたが、想像以上に、愛されていたのだな」
魔術医の先生はみんなの顔を見たあと、ザラさんの顔も見たのでびっくりする。
「間違っていたか?」
「いいえ、ザラさんは、大事な人です」
「そうだろう?」
改めて言われると、なんだか照れてしまう。
森の中を進んでいくと、ある異変に気づく。
「あの、先生。落ち葉が、いつもより少ない気がするのですが」
毎年、地面を見るたびに落ちている木の実も見当たらなかった。
「外に出ていたものだから、気づいたか。見ての通り、森の生命力は、フォレ・エルフの大精霊と呼ばれる存在に、取り込まれつつある」
「それは――!?」
「詳しくは、家の中で話そう」
村の外れにある家にたどり着く。
魔術医の先生の家は、フォレ・エルフの村で唯一の煉瓦の家だ。村にやってきたとき、煉瓦から作って建てたらしい。
久々の、魔術医の先生の家は相変わらず整理整頓がなされていた。
お茶や茶菓子の場所は変わっていない。
「先生、お茶、淹れますね。王都から、おいしいお茶を買ってきたんです」
「ああ、ありがとう」
先生の家には、面白い発明品がたくさんある。
お湯が常に沸いているポットに、電動歯ブラシ、材料を入れたらスープを作っている鍋など。すべて魔石を動力としていて、魔法を使っている気分を味わえるのだ。
王都で買ってきた紅茶を淹れる。茶菓子は、出発前に焼いた乾燥果物のケーキ。
『パンケーキノ娘ェ、カップハ、コレデイイノ~』
ニクスの中から茶菓子を取り出した途端、ダラダラしていたアルブムが起き上がって手伝いを始める。現金な奴め。まあ、らしいと言えばらしいけれど。
切ったケーキは、紅茶のカップの縁に載せる。
洗い物をしたくないので自動食器洗浄機を作ったのに、使った皿を自動食器洗浄機の中に入れるのが面倒だからとあまり洗い物を増やさないように言われている。
そう。魔術医の先生は、村一番のものぐさ男なのだ。
客間に戻ると、膝にエスメラルダを乗せた魔術医の先生の姿が。
私以外心を許さなかったのに、どういうことなのか。
絶世の美青年にはエスメラルダも弱いのか。
「お待たせしました」
お茶を置き、ザラさんの隣に腰掛ける。
アルブムはすぐにケーキを手に取り、はぐはぐと食べ始めた。
「鼬妖精か。珍しいな。ん? 鞄も鼬妖精だな?」
「あ、はい。なんだか、ご縁がありまして」
「どんなご縁だ」
私も知りたい。
「しかし、驚いたな。君が王都に行くと言った時以上の驚きだ。まさか、人間の男を引っかけてくるとは」
「先生、言い方が悪いです」
「事実だろうが」
なんだか、ザラさんを紹介しにきたみたいになっている。
幼いころからお世話になっているので、先生はお父さん感があった。
「私は、生まれたばかりのメルを取り上げた」
「そして、メルちゃんの魔力を封じたと」
「そうだ」
なぜ、というのは手紙でのやりとりで判明した。
私が他のフォレ・エルフより魔力を持っていたので、森の大精霊の生贄にさせないためだと。
「でも、私の魔力を封じても、他のフォレ・エルフが生贄になることに変わりないですよね?」
「そうだ。私は、この負の連鎖を、終わらせたかったのだ」
負の連鎖というのはどういうことなのか。
「先生、それは――」
「森に封じた邪竜がじきに復活する」




