最終決戦! その七
一年ちょっと前、婚約破棄された私は半ばヤケクソな気持ちでフォレ・エルフの森を飛びだした。
人が多く行き来する王都ならば、私ができる仕事があると思い込んでいたのだ。
村に、王都について詳しい人はおらず、都会は恐ろしいところだからやめたほうがいいと止められた。
けれど私は、結婚相手もおらずフォレ・エルフの村で居心地悪い中で過ごすよりも、バリバリ働いて必要とされる存在でありたいと思ったのだ。
閉鎖的なフォレ・エルフの森で生きることだけを考えていたので、森を出ることを考えると期待や希望で胸がふくらんだ。
今までの人生の中で、こんなにドキドキすることはなかった。
挑戦することは、こんなに心躍るものなのかと、気づかせてくれたのだ。
両親は私の熱意に負け、王都に行くことを許してくれた。
こうして、王都へと旅だったのだ。
そして――私はフォレ・エルフの森へ戻ってきた。
豊かな森を前にしたら、どうしてか涙が溢れてしまった。
隣にいたミルが私を見て、ぎょっとする。
「うわっ、お姉ちゃん、どうしたの!?」
「なんだか、切なくなってしまって」
「だ、大丈夫だよ? 誰も、フォレ・エルフの村を焼いたりしないから」
もしや、邪竜に村を焼かれてしまうことを想像し、涙していたのかと思われたのか。
「ち、違うから! 久々に森を見て、感傷的になっただけで」
「そうだったんだ」
涙を拭い、振り返ってフォレ・エルフの森について説明する。
「あの、フォレ・エルフの森には、さまざまな仕掛けがあります。特に、狩猟用の罠には気を付けてください」
私の説明に、ランスがどや顔で付け足す。
「ぼーっと歩いていたら、大型獣用の仕掛けにハマるからな――うわあああああ!!」
ランスは誰かが仕掛けた、縄の罠を踏んでしまい、一瞬にして姿を消す。高い木の枝に、逆さ吊りになっていた。
「クソ! どこのバカだ! こんな森の入り口に罠を張るバカは!」
「えー、このように、罠が仕掛けてありますので、ご注意を」
体を張ってフォレ・エルフの森の危険性を伝えてくれたランスに感謝だ。
さっそく、森の中へと進む。先頭を歩くのは、先ほどまで逆さ吊りになっていたランスだ。
隣を歩くザラさんが、にこにこしながら話しかけてくる。
「メルちゃん、ここ、きれいな森ね」
「ありがとうございます」
この森で、薬草を摘んだり、枝を拾ったり、木の実を採ったりと、毎日やってきていた。どこにどの食料や素材があるかは、覚えている。
「この先に、薬草が自生する場所があって、勝手に薬草園と呼んでいたのです」
「森にある薬草園なんて、すてきね」
私とザラさんの会話を聞いていた隊長が、すかさず突っ込む。
「おい、リスリス。のんきに道草食っている暇はないんだからな!」
「わかっていますよ」
思い出話をすることすら、許されていないらしい。
まあ、今から調査に行くのは邪竜の住み処だ。気を引き締めて進まないといけないのかもしれない。
「あ、あれは!?」
「きゃあ!」
背後から、侯爵様の声とリーゼロッテの叫びが聞こえた。
「どうしました!?」
「げ、げ……!」
「ああああ……!」
いったい、どうしたというのか。
隊長が山賊顔でリヒテンベルガー親子のもとへ駆け寄る。
『きゅう~~ん』
「は!?」
リヒテンベルガー親子の視線の先にいたのは、幻獣・白栗鼠。
白い毛並みに、手のひらほどの小さな幻獣だ。冬毛だからか、尻尾はふかふかもふもふで、愛らしい。
魔物を見つけたのではなく、幻獣を前にして親子は感極まっていたようだ。
「ほ、保護を、しなければ、い、いけない……!」
「え、ええ。そうね。保護をして、お家に、連れて帰らなくては……!」
リヒテンベルガー親子が怖い顔で接近したからか、白栗鼠は回れ右をして走り去った。
「ああ!」
「なんてことなの!」
リヒテンベルガー親子は、悔しそうにしていた。さすがに、深追いすることはなかった。
「大人数だったから、恐ろしくなったのかもしれない」
「ルードティンク隊長の顔が、怖かったのかもしれないわ」
「いや、お前ら親子の顔が怖かったんだろうが」
隊長の冷静な突っ込みに、笑ってしまった。
開けた場所に出てきたので、食事の時間にする。
昨日、リオンさんが空でホロホロ鳥を獲ってくれたので、それを使って料理を作る。
皮ごとパリッと焼いて、味付けは大豆ソースと砂糖、酢を入れて味を染みこませた。
洗い物が面倒なので大きな葉を皿に見立てて盛り付け、その辺にあった野草を薬味としてちぎって載せた。『ホロホロ鳥の照り焼き』の完成である。
香ばしい匂いが食欲をそそっていた。ホロホロ鳥のスープも添えて出す。
「みなさん、食事の準備が整いました」
「おお、うまそうだな。これも、大豆ソースを使った料理なのか?」
「はい、そうですよ」
隊長はすっかり大豆ソースにハマったようで、新作が出てくるたびに反応を示す。
大豆ソースは薄めて砂糖と煮込んだらだいたいおいしくなるので、大助かりだ。
「さて、揃ったから食べるか」
「はい」
手と手を合わせ、いただきます。
皮は味付け後もしっかり焼きを入れたので、パリパリだ。焦げ目が付いているところは、香ばしい。大豆ソースの甘辛い味付けが、ホロホロ鳥の柔らかい肉質と相性抜群だ。
『オイシ~~!!』
アルブムはいつものように、バクバク食べていた。食欲があることはいいことだろう。
気になるのは、リヒテンベルガー親子だ。
アメリアとステラが果物を食べている様子を、にこにこしながら眺めている。
見られているアメリアとステラは、若干食べにくそうにしていた。
君たち、幻獣を見ていないで、食事をしたまえ。そう、注意してしまった。




