最終決戦! その六
アルブムを調理台におろす。料理をしているとき肩に乗せていたら、地味に重たいし、ヨダレを垂らすことがあるので危険なのだ。
「調理の際は、これを使うとよい」
リオンさんはなんと、家宝のナイフを貸してくれた。
「えっと、お肉も硬いのですか?」
「いいや、身は柔らかい。脂がけっこうあるから、普通のナイフだと途中で切れにくくなるから」
「な、なるほど」
何を作ろうか。考えていたら、リオンさんの熱い視線を感じた。
そういえば、サシミ? という料理がおいしいと言っていたような。
「リオンさん、サシミというのは、どうやって作るのですか?」
「魚の身を極限まで薄く切って、氷水でしめるんだ」
「わかりました。作ってみますね。あ、氷は――」
「私が魔法で作ろう」
隣で、リオンさんが氷の塊を魔法で作り出す。すぐそばにいたアルブムは、涙目になってミルに飛びついていた。
「アルブムちゃん、大丈夫だよ~。よーし、よしよし」
『パンケーキノ妹ォ~~!!』
アルブムは前もミルのことを『パンケーキノ妹』と呼んでいたけれど、相変わらず意味がわからない。
「じゃあ、氷水は私が作るわね」
「ザラさん、お願いします」
リオンさんが作った氷塊を、ザラさんが料理用ナイフで砕いていく。
アルブムのほうへ氷の粒がとんできたからか、『ヒッ!』と悲鳴をあげていた。
私は魚を三枚おろしにして、リオンさんが言っていた通り薄く切る。
それを、ザラさんが作った氷水に浸けた。
「うまそうだな」
「これを、特別なソースで食べるのですか?」
「ああ、そうだ。刺身には、大豆ソースが一番だな」
「大豆ソース?」
「ああ。大豆を発酵させた、黒いソースなんだ。なんでも、異世界人がこちらへ持ち込んだ品で、長い歴史があるらしい」
「ほうほう」
その昔、魔王が世界に出現したさい、異世界から勇者を召喚した。
その勇者によって、異世界の料理や技術などが多くこの世界へ持ち込まれたらしい。
「今は、異世界召喚は禁術となっているから、使えないがな」
「異世界召喚自体も、使える魔法使いもいないんですよね?」
ミルの言葉に、リオンさんは深々と頷く。
「ただ、歴代アイスコレッタ家の当主のほとんどは、異世界召喚くらいできるわ、的な信じ難い発言をしているらしい。我らの一族は、その、自信過剰で自分勝手な者が多くてな」
シエル様だったら、異世界召喚術も軽くやってくれそうだ。
リオンさんだって、危機が迫ったらやれそうな雰囲気がある。
話を聞いているうちに、サシミが完成した。
「天空魚のサシミ、尾頭付きが完成しました!」
「おお! 頭部を飾るとは、新しい!」
「どうぞ、先に召し上がってください」
「いいのか?」
「はい!」
隊長ではないが、実は私も生の魚を食べるのは抵抗があった。
毒味ではないが、他の人が食べるのを観察してから食べたい。
リオンさんはいそいそと棚から瓶を取り出す。瓶の中は真っ黒。あれが、大豆ソースなのだろう。
「大豆ソースって、どんな味なんですか?」
「そうだな。塩気の中に品のある旨味があって、どのソースよりも複雑な味わいがある。苦手だという者もいるが、私は大好きだ」
気になったので、味見させてもらった。
「しょっぱ!!」
想像していた以上に塩気が強くて驚いてしまった。
しかし、じっくり味わうと、しょっぱいだけじゃないことがわかる。
「塩気の中に、甘みと苦み、酸味、コクなど、さまざまな味わいを感じます」
「そうだ。それが、大豆ソースだ」
これを直接料理にかけて食べるのは難しいが、薄めて味を調えたらおいしい料理になりそうだ。
「あの、リオンさん、大豆ソースを使って、料理を作ってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
「ありがとうございます!」
買い置きがあるというので、一本譲ってもらった。
リオンさんはみんなのところへ戻り、サシミを食べるようだ。
さて、調理に取りかかりますか。
腕まくりをした瞬間、隊長の声が聞こえた。
「おい、リスリス! 皿に魚の頭を盛り付けるな!」
「すみません、異国料理なので、変わった盛り付けをしたくて」
「驚いただろうが!」
まさか、魚の頭を盛り付けただけで、抗議しにくるなんて。
これだからお坊ちゃんはと思ってしまった。
魚は切り身で川や海を泳いでいるわけではないのだよ、と言いたい。
まあ、魚釣りを嗜むので、魚の姿は知っているだろうけれど。
「お前だって、家畜の頭部が皿の上に盛り付けてあったら、イヤだろうが!」
「斬新な盛り付けだなと思いますが、別にイヤではないですね」
「……」
隊長は何も言わず、戻っていった。
調理を再開する。
「メルちゃん、大豆ソースは、どうやって使うの?」
「煮込み料理に使おうと思いまして」
まず、魚の骨で出汁を取る。次に、ジャガイモを別の鍋で茹でておく。
魚の骨を取り出し、大豆ソース、砂糖、酒で味付けしたものに、魚の身と茹でたジャガイモ、臭み消しの生姜を入れて煮込む。
煮込んでいる間に、隊長の様子を覗き込んだ。
「なんだ、これ、うまいな!! 酒に合いそうだ!!」
そう言って、天空魚のサシミをパクパクと食べていた。
隊長の口に合うということは、サシミは本当においしいのだろう。
私もあとで食べたい。
『パンケーキノ娘ェ、モウ、煮エタンジャナイ?』
「あ、そうですね」
魚とジャガイモに、大豆ソースがしみこんでいた。
「天空魚の大豆ソース煮込みの完成です!」
ザラさんも天空魚で一品作ってくれた。
クリームソースで煮込んで、上からチーズをかけて焼いた天空魚グラタンを作ってくれたようだ。
「わー、おいしそうですね」
「ありがとう。メルちゃんの大豆ソース煮込みも、おいしそうだわ」
『食ベヨー!』
料理を運んで、食べることにした。
ランスの分はお弁当箱に詰めていたが、操縦はリオンさんが代わるという。
「では、リオンさんがこれを召し上がってください」
「ああ、ありがとう」
ランスが戻ってきた。
「死ぬかと思った」
「頑張ったわね。お疲れ様」
「お、おう」
ザラさんが労うと、ランスはぎこちない態度で言葉を返す。
二人の様子を横目で見守りつつ、料理を取り分けることにした。
「では、いただきましょう」
神様に感謝の祈りを捧げ、いただきます。
まず、ザラさんが作った天空魚グラタンを食べることにした。
アツアツなので、舌先で冷ましつつ食べる。
「あ、お、おいしい……!」
身はふっくら。味わいは若干鳥っぽい。これがまた、チーズとよく合う。
やっぱり、ザラさんの手料理はおいしい。
しみじみ思ってしまう。
続いて、大豆ソース煮込みを食べてみることにした。
「リスリス衛生兵、これ、すごくうまいですよ。天空魚もおいしいですが、付け合わせのジャガイモも、味がしみていて最高です!」
ウルガスが絶賛してくれる。ドキドキしながら食べた。
「あ――おいしい!」
自分で作っておいてなんだが、すごくおいしかった。
大豆ソースは薄めることによって、こんなに優しい味わいになるなんて。
しょっぱさよりも、深みが際立っている。
最後に、サシミを食べる。
ガルさんがキラキラした目で、おいしいと勧めてくれた。
スラちゃんも大豆ソースを味見したようで、大豆ソース色に染まっている。
生の魚を食べるのは初めてだが、ベルリー副隊長もおいしいと言っていた。
勇気を振り絞って、食べてみる。
「え……おいしい?」
食感はコリコリ。キンと冷えていて、これが大豆ソースとよく合う。
「驚きました。サシミって、おいしいんですね!」
『そうだろう?』
通信用の水晶を通じて、リオンさんが返事をしてくれる。
思いがけず、絶品天空魚料理を味わってしまった。




