生姜の甘酢漬け
翌朝、水兵部隊の船が迎えに来てくれる。
私は鷹獅子に何度も起こされ、寝不足だった。
「ふわあ~」
呑気に欠伸なんかしていたら、ベルリー副隊長に「船で休むといい」と言われてしまった。
間抜け顔を見られて恥ずかしくなる。
鷹獅子は元気いっぱいである。折れた翼も治ればいいけれど。これは専門家に任せるしかない。
「あと少しのお付き合いですが、よろしくお願いいたします」
『クエクエ!』
できれば船では大人しくしておいてくださいねと、重ねてお願いをしておく。
小舟で船に近づき、乗船する。
いざ、出発!
ボーっと、船が出ることを伝える汽笛信号が鳴った。ゆらゆらと、船は揺れながら動き始める。
すると、隊長の顔色が一気に悪くなり、海に向かって――
「あ~あ、ついにやってしまいましたね」
大変な事態となっていた。乗って早々、気の毒な話である。
鷹獅子をガルさんに預かってもらう。なぜか、ガルさんには少しだけ気を許しているのだ。
そして、舷縁に体を預けたままの隊長の背中を摩る。
「大丈夫ですか」
「大丈夫に、うっ、見える、か!?」
「まったく見えないですね」
酔い止めの香り袋を嗅いだかと聞いても、強い匂いは嫌いだと叫ぶ。
ツボ押しも痛いから嫌だと拒絶するのだ。
「もう、だったらどうすれば――」
『クエッ、クエクエ~~!!』
振り返れば、ガルさんの腕の中でジタバタと暴れる鷹獅子が。どうしたのだろうか。駄々をこねる隊長は放置して、鷹獅子を受け取った。
すると、大人しくなる。
食事か、尿意か、はたまた水か。
船の端に置いてある樽に座り、全部試してみたが、どれもぷいっ! だった。なんじゃそりゃ。
「多分、嫉妬したんだと思う」
「なんですか、それ?」
隣にいたザラさんが、鷹獅子の行動について解説してくれた。
「メルちゃんが隊長につきっきりだったでしょう? だから、嫌だって思ったのよ」
「ええ~、まさか」
きっと、気まぐれだろう。
頼みますから大人しくしておいてくれと、再度丁寧にお願いしてみた。
『クエ!』
「あら、良いお返事」
「返事だけは立派なんです」
隊長は相変わらず、具合が悪そうにしていた。
現在、ガルさんが傍で見守ってくれている。
「乗り物酔いって、どうして起こるのかしら?」
「自律神経――体の調子を整える神経の失調状態とも言いますね」
乗り物に乗っている時、連続的な動作が視覚、知覚などの神経と調和が取れず、脳が混乱し、酔ったような状態となるのだ。
「なるほど。だから、隊長が操縦する小舟に乗っている時は酔わなかったと」
「そうですね」
何か良い食べ物などはないかと考える。
「甘い物を食べれば、血糖値が上昇して脳が覚醒すると聞きますが」
「あの人、甘い物苦手だから」
「嫌がりそうですね」
そんな理由で却下。
「生姜は二日酔いに良いと聞くけれど」
「あ、それ、いいですね」
生姜は胃の調子を整える効果がある。
そういえば、つわりの酷い妊婦さんもすりおろした生姜を食べていたような。
「へえ、でも、生姜を生で食べるって、結構辛くない?」
「ですよね」
妊婦さんは湯に入れて、蜂蜜を垂らして飲んでいたような気がする。
隊長は蜂蜜も嫌がりそうだ。
「仕方がないですね。生姜の酢漬けでも作りますか」
多分、食堂に材料はあるだろう。ザラさん、鷹獅子と共に、移動した。
「それにしても、生姜の酢漬けなんて初めて聞いたわ」
「そうなんですね。私の村では秋ごろに収穫した物を酢漬けにしたり、乾燥させたり、蜂蜜漬けにしたりして保存するんですよ」
そういえば、飲み会があった次の日の朝、父に生姜の酢漬けを食卓に出すよう頼まれたことが何度かあったような。二日酔い緩和のために食べていたのだろう。
「噛んだ時に、ガリって食感があるので、うちの村では『ガリガリ』って呼ばれているんです」
「なるほど」
食堂で事情を話せば、材料を譲ってくれた。ただし、船酔いする隊員もいるので、作り方を教えてほしいとのこと。
「教えるというほどでもないのですが――」
材料は生の生姜、酢、砂糖、塩。
まず、鍋の中に酢、砂糖、塩を入れ、ザラザラ感がなくなったら、火を消す。
粗熱を取っている間に、生姜の処理をする。皮を剥き、薄く切りわけるのだ。
『クエクエ~』
鷹獅子が生の生姜をくれと鳴き声を上げる。これは食べられないだろう。無理だと思って果物を与えたが、ぷいっと顔を背けるばかりだ。
「仕方がないですね。不味くても知らないですよ」
『クエ!』
薄く切った生姜を与える。喜んでぱくつく鷹獅子。だけど、辛かったので、涙目になり、ぺっと吐き出した。
「だから言ったでしょう」
『クエ~~』
口直しに果物を与える。
以降、鷹獅子は大人しく調理を眺めていた。
その後、塩を揉みこんで数分を置く。水分が出たら絞り、その上から熱湯を掛け、冷水に浸して灰汁を抜く。
使う瓶は熱湯でしっかり煮沸消毒する。基本だ。
しっかり水分を絞り、粗熱の取れた甘酢に漬け込めば完成。二時間~三時間ほどで完成となる。
調理終了から二時間。
私とザラさん、鷹獅子は、生温かい目で船酔いをしている隊長を見守っていた。
そろそろガリガリが漬かった頃だろうと思い、食堂へ移動。
食堂担当の隊員達も興味があるようで、覗き込んでいた。
「二~三日漬けたらもっと美味しいんですけどね」
保存可能期間は一年ほど。冷暗所に置いておく。
皆で味見をしてみることに。
甘酢の優しい甘味のあと、生姜のピリッとした辛みを感じる。
食感がパリパリシャキシャキ。
とても美味しく作れていると思った。
「ザラさん、どうですか?」
「さっぱりしていて美味しいわ。これなら隊長も食べられると思う」
「良かったです」
食堂の隊員達にも好評だった。さっそく、メニューに取り込むらしい。
船酔いをして食事を残されると悲しいと話していた。これで、食欲がない隊員も救われるかもしれないとも。お役に立てて何よりである。
そして、さっそく隊長にガリガリを持って行った。
砂糖と酢、塩で漬けた生姜だと言えば、訝しげな視線を向けてくる。
「なんだ、砂糖漬けか?」
「いいえ。これは、酢漬け。甘い食べ物じゃないの」
「甘しょっぱくて、さっぱりした食べ物です。きっと、船酔い緩和になるかと」
ザラさんと二人で説得し、なんとか食べてもらえることに。
食欲などまったくないと、文句を言いながらガリガリを食べる隊長。
「どう?」
ザラさんの問いかけに、隊長は消え入りそうな声で「悪くない」と言っていた。
ガリガリの入った瓶を手渡す。
その後、昼食を食べに食堂へ現れた隊長。
なんと、顔色が良くなっていたのだ。食欲も戻っていたようで、一安心。
「へえ、ガリガリですか」
ウルガスも興味があるようで、隊長からもらっていた。
「うわ、これ好きなやつです」
もう一枚と要求していたけれど、隊長は酔い止めの薬だと言って、譲ろうとしない。
「個人的に食いたいのならば、リスリスに頼め」
「いや、そんなの悪いですし」
「別にいいですよ」
「やった!」
私の安請け合いに、しっかり者のベルリー副隊長から助言が入る。
「リスリス衛生兵、お金はきちんと取った方がいいぞ」
「なるほど。では、銀貨一枚で」
「高っ!」
ぼったくり価格を提示すれば、ウルガスは跳び上がって驚いていた。
ガルさんの笑いのツボに入ってしまったのか、口元を押さえ肩を震わせている。
隊長からは副業禁止だと怒られてしまった。




