最終決戦! その一
ついに、邪龍討伐遠征の当日を迎える。
フォレ・エルフの村から王都まで、馬車と船、歩いて移動して半月ほどかかった。途中、迷ったり、寄り道もしたりしたので、かなりの長旅だったのだ。
今回は、馬車と馬、船、アメリア、ステラで移動する。
私が旅したルートは遠回りだったらしく、半月もかからないだろうとのこと。
隊長の予想では、十日くらいではないかと。
行き帰りだけでも二十日。今までの中でもっとも長い遠征だろう。
気を引き締めていかなければ。
結局、シエル様は戻ってこなかった。何かトラブルに巻き込まれているのかもしれない。心配だが、シエル様は大英雄である。アリタも一緒だし、きっと大丈夫だろう。今は、そう思っておく。
正直なところ、邪龍退治のことで頭がいっぱいで、緊張していてガクブルと膝が震えている状態だ。
「皆、集まったか」
隊長が騎士舎前の広場にやってきて、一人一人顔を見る。
新婚旅行帰りの隊長は、ひげを剃ってキリリとしていた。もう、山賊とは言わせない。そんな気概すら、漂わせている。
ベルリー副隊長も、髪を今まで以上に短く切っていた。遠征中はお風呂に入れない。今回は長期に亘る遠征だというので、思い切って切ったそうだ。ウルガスよりも短い。少年のような雰囲気を漂わせている。こういう人を、男装の麗人というのだろう。
ガルさんは、冬毛でもふもふしている。短く切りそろえると痒くなるので、毛足が長い部分は三つ編みにしていた。尻尾もたくさんの三つ編みが束となっている。
襟足の長い毛も三つ編みにしていて、おさげのように垂れていた。
この、たくさんの三つ編みは、ガルさんの家族とスラちゃんが編んでくれたらしい。素敵ですねと褒めたら、スラちゃんが誇らしげに胸を張っていた。
ウルガスはいつものウルガスだった。変に気負わず、自然体でいるところが彼らしい。
ランスも同じく、いつもと変わらない。
王都に来たばかりなのに、フォレ・エルフの村に帰りたくないとぼやいていた。
ミルは私と同じ、三つ編みにしていた。いつもは頭の高い位置で結んでいる髪型だったが、「お姉ちゃんとおそろい!」だなんて可愛いことを言っていた。
うちの妹が可愛くて、朝から困ってしまった。
アメリアとステラは、鞄を背負い準備万端でいた。表情も凜々しい。
アルブムは私の首元で襟巻きと化している。食料も準備していたようだが、ニクスの中に詰め込むしっかり者だ。
エスメラルダは、私が持つ天鵞絨を敷いたカゴの中で優雅にくつろいでいる。いいご身分だった。
そうこうしているうちに、ザラさんがやってきた。王族近衛隊の白い制服がまぶしい。
長い前髪は整髪剤で後ろに撫で付けてある。
「ザラさん、前髪上げるの初めてですよね?」
「ええ、そうなの。少し気合い入れすぎかしら?」
「いいえ! とっても素敵です」
「よかった!」
そんな会話をしていたら、隊長から注意される。
「おい、ザラ、リスリス、仕事場でいちゃつくな!」
「なっ!?」
「いちゃついてませんよ!」
なんてことを言うのか。意識していなかったのが、周囲からはそう見えてしまったのか。なんだか、恥ずかしくなる。
私とザラさんが照れている間に、リヒテンベルガー家の親子がやってきた。
「遅くなってごめんなさい!」
リーゼロッテは侯爵様からもらった杖を持ち、服装は詰め襟の上着にズボンという男装姿でいる。長い遠征となるので、大正解の格好だろう。
侯爵様も、幻獣保護局の制服ではなく、動きやすい分厚い外套に頑丈な長靴と、旅装束をまとってきたようだ。
最後に、リオンさんが全身鎧姿でやってくる。
「ふむ。全員そろっているようだな。さっそく、出発しよう」
リオンさんは空を指さす。
何か、上空にあるのだろうか?
「あ、あれは!?」
侯爵様が秒で反応を示す。
「え、なんですか?」
「竜よ!」
リーゼロッテに言われて気づく。空の高い位置に、竜が旋回していることに。
「竜は王都の外に降ろす。そこから、乗り込んでくれ」
「え?」
皆、目が点となる。リオンさんは一人、首を傾げていた。
「フォレ・エルフの村まで、竜で行くと言わなかったか?」
「い、言っていないです」
「ふむ」
リオンさんは腰に手を当てて、胸を張った姿勢で言った。
「フォレ・エルフの村まで、竜で行くぞ!」
ウルガスと私とリーゼロッテの「ええ~~!?」という声が響き渡る。
「まさか、馬と船で行くつもりだったのか?」
「そのまさかです」
「あのような辺境、何日かかると思っているのだ?」
その辺境で育ったフォレ・エルフ一同――私とミルとランスは、遠い目をする。
思えば、ずいぶんと遠い場所から来たものだと、しみじみしてしまった。
「竜で移動することに、何か問題はあるか?」
「あの、私は幻獣を連れているのですが……」
馬並みの大きさのアメリアと、ステラである。竜に乗ることも、あとからついて行くのも難しいだろう。
「その点は問題ない。一番大きな竜馬車を持ってきたからな」
「竜馬車ですか?」
「ああ」
竜馬車とは、竜が引く馬車のようなものらしい。魔法の浮力を使い、空の上を走るようだ。
「そんなものがあるのですね!」
空を走るなんて、ドキドキする。
「他に、気になることはないか?」
「そうですね――」
そうつぶやいた瞬間、背後から悲鳴が聞こえた。
「きゃあ! お父様が!」
振り返ったら、侯爵様が鼻血を噴いて倒れていた。
「うわあ! 衛生兵、衛生兵~~!」
「衛生兵はお姉ちゃんでしょう?」
「そうだった!」
ミルに指摘されて気づく。
侯爵様は竜に乗れると聞いて、興奮して倒れてしまったらしい。
前にも、こんなことがあったような……。
侯爵様を介抱したのちに、出発することとなった。




