謎の客人 その五
すぐに、邪龍対策本部が騎士隊エノクの中で作られた。
王太子殿下の命令で、なんとザラさんが総隊長に選ばれたようだ。
そして、私達第二部隊も、邪龍退治に同行することが正式に決まる。
いつも以上に長い期間の中での遠征である。隊長ですら、緊張していたようだ。
それからもう一人、特別同行騎士として選ばれたのは、妹ミルだ。
彼女はフォレ・エルフの大精霊の巫女だった。そのため、森の中にある祭壇まで案内役として選ばれた。
毎日、慌ただしい中で準備が進められている。
邪龍と戦う日が、刻一刻と迫っていた。
本日は休日。ザラさんはいないけれど。
リオンさんに、フォレ・エルフの森に住んでいた愉快な仲間達を紹介するのだ。
メンバーは、ミルとランスである。
ミルと会うのは久しぶりだ。互いに騎士をしていると、なかなか会う暇がない。
お菓子を作って、迎えることにした。
台所に立つと、アルブムがひょっこり顔を出す。
『パンケーキノ娘ェ、パンケーキ作ルノ?』
「今日はパンケーキじゃないですよ」
『ソウナンダー』
アルブムはガッカリした様子はなく、調理台に跳び乗った。
「毎回言っていますが、火には近づかないでくださいね!」
『ハ~イ』
アルブムに一通りの注意をしたら、調理を開始する。
本日作るのは、ふわふわ生地のドーナツ。王都に来てから、ザラさんに習ったお菓子だ。
「よっし! 作りますか!」
『ハ~イ!』
まず、小麦粉に砂糖と塩、酵母を入れて、水を少しずつ加えながら練る。
生地がまとまってきたら溶かしバターを入れて、さらに捏ねる。生地がしっとりもちもちになったら、丸くまとめて濡れ布巾を被せ、一時間放置。発酵させる。
一時間後──生地はびっくりするほど大きく膨らんでいた。
生地に拳を入れてガス抜きを行う。そのあとは、生地を一口大に千切って丸めておく。
鉄板に生地を並べ、ここでもさらに発酵させるのだ。
三十分後、発酵が終わった生地の形を整えて、油でじゅわっと揚げる。
こんがり色づいたら、油を切って仕上げに粉砂糖をまぶすのだ。
『ふんわりドーナツ』の完成である。
忙しいフォレ・エルフの暮らしの中では絶対考えられない、生地を二回発酵させるというひと手間が加わっている。最初に食べた時は、本当に感動した。
ミルのために、たくさん作った。
材料の計量を手伝ってくれたアルブムにも、ドーナツを分けてあげる。
『ワ~イ、アリガト~!』
さっそく、かぶりついていた。
『ウワ~~、外側ハカリカリ、中ハフンワリ! スッゴクオイシイネエ!』
「それはよかったです」
口の周りに粉砂糖を付けながら、アルブムはパクパクと食べていた。
お気に召していただけたようで、何よりである。
ドーナツは籠の中に入れて、客間のテーブルに運ぶ。
そうこうしているうちに、さっそく森の仲間達がやってきたようだ。
玄関まで迎えに行くと、不服そうなミルとどこ吹く風なランスがいた。
「あ、お姉ちゃん!!」
ミルは出会いがしら、私に抱き着いてきた。
迎えの馬車に乗ってきたのだが、ランスがいたので驚いたのだろう。
「ねえ、なんでランスがいるの?」
「さあ?」
私にも、よくわからない。あっさりとフォレ・エルフの森の暮らしが捨てられるものだと思った。
ミルは私の腕にしがみつき、ランスをジロリと睨んでいる。
「なんだよ」
「なんだよじゃない! 騎士として、私が先輩なんだから、敬語を使ってよね」
「はあ? 今日は休みなのに、なんで敬語を使わなければならないんだよ」
「な、生意気な!」
「お前こそ、年上に敬語を使えとか、生意気だな」
ランスの言葉に、ミルは「キー!」と悔しそうな声を上げていた。
まあ、気持ちはよくわかるけれど。
客間に到着すると、ミルはすぐにドーナツを発見した。
「わ、おいしそう!」
「これ、ザラさんから習ったお菓子なんです。リオンさんを呼ぶ前に、食べてもいいですよ」
「やったー!」
ミルはさっそく、ドーナツへと手を伸ばす。ランスもお腹が空いていたのか、ドーナツを掴んでいた。
ドーナツを食べたミルの瞳が、キラリと輝く。
「ふわ~~! なにこれ! お空に浮かぶ雲を食べているみたいに、ふわっふわ!」
そうだろう、そうだろう。ザラさん特製の発酵ドーナツは、信じられないほどおいしい。
ザラさんの故郷は雪が深い地域だ。冬季は外で仕事ができないので、手の込んだお菓子を作ったりするらしい。すばらしい文化だろう。
ミルもアルブムと同じく、口の周りに粉砂糖を付けていたので、ナプキンで拭ってあげる。
「えへへ。お姉ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
一方、ランスは大口を開けて食べていたので、粉砂糖は付いていなかった。
「それにしても、ランスがいたからびっくりした」
「ミル、お前のことは村でも噂になっていたぜ。姉妹揃って変わりもんだとな」
「ランスも、その変りもんの仲間だよ~」
「ま、そうなるな。でも、別に変わりもんじゃねえって、ここに住み始めてからわかった」
「どうして?」
「王都で暮らし始めて、村の閉塞感に気づいたんだよ」
「うん、そうだね」
フォレ・エルフの森と比べて、王都は自由だ。変わっているのは、フォレ・エルフのほうだったのだ。それに、私達は気づいた。
しんみりしていると、リオンさんがやってくる。
「な、なんと、エルフが三名も!」
まさか、驚かれるとは。
ミルはミルで、「鎧のおじいちゃんが女性になった!」と驚いていた。
「いや、リオンさんはシエル様のお孫さんだから」
「そうだったんだ!」
その後、リオンさんとフォレ・エルフの森の大精霊について話し合う。
ランスやミルの情報と照らし合わせた結果、やはり、大精霊は邪龍で間違いないだろうという答えに至った。




