バナナのキャラメル焼き
食後、隊長が合図の花火を上げる。
流れ星のように上空へとすうっと流れて行ったかと思えば、花が咲いたように閃光が広がった。
これで、翌日に迎えにきてくれるらしい。
「綺麗ですね。花火なんて、初めて見ました」
「王都のお祭りの最終日は、いつも花火があがるの」
「へえ、そうなんですね」
花火は金属の炎色反応で、さまざまな色を放出するらしい。
王都には花火職人がいて、お祭りのたびに夜空を彩る花を咲かせるのだとか。
「王都のお祭り、騎士隊は見回りと聞きました」
「そうなのよ。花火どころじゃなくって」
出店とか、たくさんあって楽しそうだ。でも、任務かあ。
「運が良かったら、昼間が見回りで夜が半休みたいになるかも」
「だったらいいですね」
「ええ。そういう勤務だったら、一緒に花火見物に行きましょう」
「はい!」
花火、楽しみだな。王都にいるうちに、一度は見てみたい。
そこで、はたと気付く。
私はいつまで王都にいるのだろうかと。
「メルちゃん、どうかしたの?」
「いえ、妹の嫁入り資金はどれくらいで貯まるのか、ちょっと考えてしまって」
先月働いた分は送った。母には仕送りではなく、妹の結婚資金だと言ってある。
「妹さんは何人いるの?」
「三人です」
「結婚資金はどれくらい必要?」
「一人当たり、金貨七枚もあればいいかと」
ちなみに、私の一ヶ月の給料は金貨一枚くらい。実家には半分送っている。食堂の利用、寮費が無償なので、できることなのだ。
一年働いて、やっと妹一人分。三年で完了する。
妹の年齢は上からが十五、十四、十ニ。結婚適齢期は十八くらいなので、余裕はあるのだ。
「しかし、難儀な話よねえ。結婚に条件があるなんて」
「そうなんですよ。古いしきたりなので、誰も逆らえないんです」
考えていたら、切なくなった。なんとなく、婚約解消を言い渡された日を思い出す。
言われた時はそこまで衝撃を感じなかったけれど、じわじわと尾を引いていた。
落ち込むなんてらしくない。
「あ、あのね、メルちゃんさえ良ければ……」
「大丈夫です! 私、頑張ります!」
とりあえず、妹の結婚資金を貯めることを目標にして、そのあとはその時になったら考えよう。
励ましてくれようとしたザラさんにお礼を言う。
「ありがとうございます」
ザラさんにはお世話になってばかりだ。今度、何かお礼をすると言ったら、微妙な顔をされた。
はて、私は何か間違えたのだろうか?
あとで、ベルリー副隊長に聞かなければ。
◇◇◇
いつもの遠征同様、交代で見張り番をする。私は明け方担当だ。
砂浜に敷物を広げ、鞄を枕に眠る。
隣にはベルリー副隊長がいた。寝付きが良いのか、すでに寝ているように見えた。
私も眠らなければ。
鷹獅子は頭上にいる。ぴゅうぴゅうという寝息が聞こえていた。
敷物に寝転がれば、満天の星空が視界いっぱいに広がった。キラリと、流れ星も見える。
村にいたころ、夜は外に出てはいけないと言われていたので、こういう光景は見ることはできなかった。
今は自由で、こうして星の下で眠っている。波の音とか、虫の鳴き声とかちょっと気になる点はあるけれど。それもまた一興だろう。
騎士団にきてから、いろんな体験ができて、充実した毎日を過ごしている。
目を閉じて、考えた。
これから、どんなことがあるのか。楽しみでたまらない。
それから意識が遠のき、眠りについていたが――
『クエ~~!』
「うわ~~!」
頭上より聞こえた鳴き声にびっくりして飛び起きる。
眠っていたはずの鷹獅子の子どもが、爛々とした目で私を見ていた。
お腹が空いたのか。それとも尿意があるのか。
まだ子どもなので、自分で排尿ができないのだ。お尻を濡れた布巾などで刺激してやらなければならない。
『クエ~クエッ』
「はいはいっと」
むくりと起き上がり、這いつくばって鷹獅子のほうへ向かう。
騒がしく鳴いていたようだが、ベルリー副隊長は目を覚ましていないようでホッ。
布巾を濡らし、鷹獅子をそっと抱き上げる。
『クエエ~~』
「あれ、尿意じゃないんですか」
お尻を布で刺激すれば、ジト目で私を見上げる鷹獅子。ごめんなさいねと謝っておく。
水かなと思って差しだしても、ぷいっとされた。
最後は果物か。毛むくじゃらの果物の皮を剥き、差し出した。
『クエ~~!』
どうやら正解のようだ。美味しそうに果物を突いていた。
お腹いっぱいになったら眠ってくれるかと思ったけれど、頭上でクエクエ鳴いていた。
「君はもう寝たまえ」と言っても聞かない。
時計を見たら、二時間ほど寝て、起こされたようだ。
昼間、たっぷり眠っていたので眠れないとか?
仕方がないので、抱き上げて焚火のほうへ近付く。今は隊長が見張り番をしていた。
「どうしたんだ?」
「鷹獅子が寝ないんです。ベルリー副隊長を起こしたらいけないので」
見張り番を代わるかと聞かれたが、もうすぐ交代の時間だ。終了間際の隊長に頼むのも悪いと思い、大丈夫だと言ってお断りする。
「なんか、小腹が空きましたね」
「俺は別に」
「そうですか。……あの、甘い物を作ってもいいですか?」
「好きにしろ」
許可が下りたので、簡易かまどのある焚火に鍋を置き、熱する。
使う材料は、ガルさんが採ってくれた芭蕉実。王都では高級品として流通しているらしい、黄色くて細長い南国果物である。
それをナイフで縦に割る。
鞄より取り出したのはざらめ糖。南国果物料理を教えてくれた食堂の隊員からもらったのだ。
ざらめ糖を芭蕉実の形に鍋に落としていく。ざらめ糖が溶けて、ふつふつとしてきたら、切り目を下にして焼いていくのだ。
溶けたざらめ糖がキャラメル色になったら、皿――その辺で拾った葉っぱに盛り付ける。
芭蕉実のキャラメル焼きの完成だ。
「隊長も食べます?」
隣から視線を感じたので聞いてみれば、匂いだけで胸やけしそうだと言われてしまった。
隊長のことは気にせずに、芭蕉実のキャラメル焼きをいただく。
表面は飴のようになっていて、とても香ばしい。実の部分は濃厚で、甘酸っぱかった。
今までの南国果物と違い、水分はすくなく、どちらかと言えばほっくりとした食感をしている。熱することにより甘味も豊かになっているようだった。
『クエクエ~~』
鷹獅子も芭蕉実を食べたがった。キャラメル付きは体に悪そうなので、皮を剥いた物を与える。
喜んでがっつく鷹獅子。
「しかし、この子こんなに食べて大丈夫なんでしょうか?」
「まあ、何も食わないよりはいいだろう」
「そうですね」
「それよりも、お前にだけ懐いているのが気になる」
「う……はい」
別に、特別に愛情を注いでいるわけじゃない。業務の一環として接しているだけだ。
なのに、私以外には触れさせないし、食べ物も受け取ってくれない。
思わず、心配事を口にする。
「これ、帰ったら鷹獅子の飼育係に任命されていたりしないですよね?」
目が合った隊長は、ふいっと逸らす。
「そんな、否定してくださいよ!」
自分の生活だけでもいっぱいいっぱいなのに、生き物のお世話なんてできるわけがない。
それに、夜泣き(?)をするので、周囲の人に迷惑がかかる。寮でお世話は無理だろう。
「まあ、あれだ。ザラの家に行けばいいのでは?」
「ザラさんの家は山猫がいます」
「そうだったな」
山猫と鷹獅子の相性はどうなのか。
あまりよくはないだろう。
「とにかく、王都に連れて帰るまで、お世話はしますが、以降は専門家にお任せします」
「わかっている」
そんな話をしているうちに、鷹獅子は眠ってしまったようだ。
「どうしましょう。動かしたら起きるでしょうか?」
「こんな所に置いておいて、朝方焼き鳥にでもなっていたら大変だろう」
「縁起の悪いことを言わないでください!」
でも、本当に焼き鳥になっていたら困るので、そっと抱き上げる。
鷹獅子の子どもは幸せそうな寝顔を浮かべていた。ぐっすり眠っている模様。どうか、朝まで起きませんようにと願ったけれど、残念なことに叶わなかった。
その後、排尿、水、食事と三回に渡って起こしてくれた。
本当に、ありがとうございますと言いたい。
ああ、朝日が綺麗だ。(現実逃避)




