謎の客人 その三
幻獣と妖精を引き連れていることを見込まれて、邪龍退治に誘われてしまった。
しかし、しかしだ。
うちの子達は、戦闘員ではない。
「あ、あの、大変申し訳ないのですが、ここにいる幻獣は戦闘能力を持ちません」
「は? そこにいるのは、鷹獅子と黒銀狼だろう? 高い戦闘能力を持つ、最強クラスの幻獣ではないか」
「一般的にはそのような認識かもしれませんが、ここにいる幻獣は、のんびり楽しく暮らしているような子ばかりで……」
アメリアはしっかり者で、オシャレ好きだ。お姉さんらしく、みんなの面倒を見てくれる。
ステラは妹気質だけれど、芯は強い。そして、アメリアを姉のように慕っている。
エスメラルダは女王様気質で、出かけることを嫌う。そして、潔癖症だ。
ブランシュとノワールは完全に、ただの大きいだけの家猫である。
アルブムは食いしん坊妖精。自称高位妖精だけれど、その能力は食べ物関係でしか発揮されない。
唯一、旅で活躍できる存在と言ったら、妖精鞄のニクスくらいだろう。
「ニクスは、無限の収納能力を持っています」
「なぜ、妖精をわざわざ鞄にしている?」
「えっと、その、悪徳業者に鞄にされてしまったようで……」
もとの姿に戻す方法も模索したが、結局、ニクスが鞄の姿が楽だと言って頓挫状態である。
「鞄の姿が楽、だと?」
『楽ダヨ~ン』
「……」
リオンさんは信じがたい、という表情でこちらを見ていた。
きっと、幻獣や妖精を取り巻く状況に驚いているのだろう。
「ちなみに、私は魔法が使えないエルフです」
「な、なんだと!?」
「すみません。その件は、邪龍に関係しているかもしれないので、詳しくお話しますね」
「あ、ああ」
私達──フォレ・エルフの森には、大古の昔から崇める大精霊がいる。
それは、荒ぶるもので、歴代の神子や巫女が祈禱祭を行って鎮めてきた。
「その、大精霊が邪龍ではないかと、思っているのですが」
ランスも、村からおかしな気配がしていると言っていた。
おそらく、邪龍が目覚めようとしているのだろう。
ミルは、あと五十年は大丈夫だと言っていたけれど……。
いったい、フォレ・エルフの村に何が起こっているのだろうか。
「大精霊だと伝わっているらしいが、邪龍で間違いないだろう。本当の大精霊だったら、生贄を捧げるなんてことはしないはずだ」
「で、ですよね」
「やはり、メル嬢と共にゆかなければいけないようだ」
「え、ええ」
「国へは、私が話そう。邪龍が復活したら、大変だ。邪龍退治は初めてだが、心配いらない。私はセレディンティア大国最強の騎士だから」
カ、カッコイイ……!
思わず、そんな呟きをもらしてしまう。
「邪龍退治の経験がある祖父がいればよかったのだが……」
「シエル様、一週間以内には戻ってくると思いますが」
「いや、そんなに長くは待てないな。とにかく、先に国のほうへ報告に行こう。ゆくぞ」
その前に、リオンさんがぐ~~っとお腹を鳴らす。
「むう。そういえば、食事をしていなかった」
「では、先ほどいただいた宝石魚で料理をしますね!」
「メル嬢が料理をするのか?」
「はい。あ、えっと、エヴァハルト家の料理人もおりますが……」
「いいや、メル嬢に作っていただこう。フォレ・エルフの手料理が食べられるなんて、貴重だ」
「たいしたものではありませんが」
「気負うことはない。いつも通りの料理を作られよ」
「はい」
なんていうか、リオンさんはシエル様のお孫さんなんだなと。この堂々たる態度とか、寛大さとか、血の繋がりをビシバシ感じた。
台所に移動し、早速調理を開始する。
巨大な宝石魚は、エヴァハルト家の料理人がさばいてくれていた。
ここで、首に巻いていたアルブムが目覚める。
『ハッ、パンケーキノ娘ェ、料理スルノ!?』
「アルブム、もしかして、今目覚めたのですか?」
『ウン』
「危ないので、下ろしますね」
アルブムは床に置いてから、エプロンをかける。
『パンケーキノ娘ェ、何ヲ作ルノ?』
「とっておきの、魚料理です」
『ワ~~!』
まず、ジャガイモを茹でる。
続いて魚を切り分け、塩コショウで下味を付け、次にしっかり焼く。
『ウワ~~、オイシソウ!』
「ええ。脂が乗っていますね」
このまま食べても十分おいしいだろう。しかし、もうひと手間加える。
茹でたジャガイモを潰し、そこに焼いた宝石魚の身を入れて混ぜた。
途中で、溶かしたバター、片栗粉も加える。
ここで、チーズが登場。角切りにしておく。
ジャガイモと宝石魚を混ぜた生地の中心にチーズを入れて、ころころ回して丸くする。
それに、溶き卵を付け、パン粉をまぶす。
「これを、油でじゅわっと揚げます」
『オオオオオ~~!』
こんがりなるまで揚げたら、『宝石魚のクロケット』の完成である。
ソースは、庭で摘んだ野草ソースをかけた。
同時進行で作った宝石魚のミルクスープを添えたら、食事の完成である。
まずは、アルブムに試食させる。
『ア~~アアアア、熱イ!!』
「舌を火傷するので、冷やしてから食べてください」
『ウ、ウン』
アルブムはフーフーと冷やしてから、二口目を頬張る。
『ア~~、チーズガ、ミョ~ント、伸ビテ、表面ハサクサク、中ハホッコリ。オイシイヨオ!』
「よかったです」
問題ないようなので、リオンさんに持って行く。
「お待たせしました」
「早かったな」
「家庭料理は早さが命ですので」
忙しい合間を縫って料理を作るのだ。貴族が食べている料理のように、丁寧に作る時間などない。
「では、いただこう」
「ええ、どうぞ」
ドキドキしながら、リオンさんの様子を窺う。
もっとも気になるのは、どうやって食べるか、だ。
シエル様は、兜の口元だけを開いて器用に食べていたが──。
なんと、リオンさんは兜を外した。
中から、紫色の美しい髪を持つ美女の姿が現れる。年頃は三十前後くらいか。
切れ長の目に、スッと通った鼻筋、三日月のように弧を描く唇は酷く魅力的だ。
リオンさんは、見たこともないような色っぽいお姉さまだった。
「ふう。兜は窮屈だな」
「な、ななな……」
「どうした?」
「兜を、は、外したので」
「普通、食事の時は外すだろうが」
「でも、シエル様は、兜を被ったままで召し上がっていました」
「祖父は一族の中でも変わり者なのだ」
「さ、さようで」
そんな話をしながら、リオンさんは宝石魚のクロケットを食べる。
「むむっ! これは──」
「お、お口に合いましたでしょうか?」
「うまいぞ!」
うまいぞ! の言い方が、シエル様そっくりで笑いそうになってしまった。
「皮はサクサクカリカリで、中の具は魚の旨みを吸い取ったジャガイモが非常に美味だ。宝石魚の白身は塩気がほどよくきいておる。驚いたのは、チーズだ。こんなにも、伸びるとは! おいしい上に、驚きがあるとは、素晴らしい料理であるぞ!」
どうやら、お口に合ったようで。ホッと胸を撫でおろす。
「この、ソースもうまいな。なんのソースだ?」
「に、庭の、野草です」
「え?」
「庭に自生していた、野草です」
「野草の、ソースだと?」
リオンさんは無表情となる。
いくらおいしいからと言って高貴な人に、食べさせていいものではなかったのかもしれない。
「あ、あの、申し訳ありませんで──」
「素晴らしい!」
「え?」
「自然の素材で料理を作る、これがフォレ・エルフの手料理! 見事であるぞ!」
なんかよくわからないけれど、問題ないようでよかった。




