謎の客人 その二
竜に跨った謎の訪問者に会いに、私たちは庭先に出る。
寒いので、侍女さんが用意してくれた外套を着こんだ。
アルブムを首に巻き、エスメラルダを胸に抱き、左右にアメリアとステラを従える。
背後よりついてくるのは、山猫のブランシュとノワール。
以上の幻獣・妖精組とで来客を迎える。
小走りで向かっていった。
竜に騎乗しているのは、黒い全身鎧に真っ赤なマントを翻した人物。
顔が見えないので、性別や年齢は不明だ。
私の存在に気づくと、竜から飛び下りてくる。
「ぎゃっ!」
竜の背中から地上まで三メトルはありそうなので、ぎょっとする。
しかし、私の動揺をよそに、綺麗な着地を見せていた。
ただし、着地音はドゴオ! という、ありえないものだったけれど。
さらにありえないことに、全身鎧の人物はなぜか一メトル半ほどの巨大魚を背負っていた。
あれは、ダイヤモンドのような美しい鱗に、宝石のようなルビーの瞳を持つ宝石魚と呼ばれる魚ではないのか。
美しい見た目で、鱗や瞳には高値が付く。美しいだけではなく、身も脂が乗っていておいしいらしい。
幻の食材を背に、いったい何をしにきたというのか。
全身鎧の人物は、魚を背負ったまま、すぐに立ち上がってこちらへと歩いてきた。
開口一番、思いがけないことを口にしてくる。
「私は──怪しい者ではない」
幻の魚を背負った全身鎧の人物。しかも、竜に乗ってやってきた。
むちゃくちゃ怪しいのですが……。
それよりも、若い女性の声だったので驚いた。
背はすらりと高く、ザラさんくらいありそうだ。
全身鎧なので、これ以上の見た目の情報はまったくない。
「貴殿がここの館の主か?」
「いえ、私は居候の身です。ここはエヴァハルト邸、ザラさんの屋敷です」
「エヴァハルト家の屋敷であったか」
なんだろうか。妙に落ち着いた態度といい、尊大な口ぶりといい、激しく既視感がある。
「これは、土産だ。おいしい魚だ。ご家族で、食べてほしい」
「あ、はい。ありがとうございます」
気持ちは嬉しいが、私の身長よりも大きな魚を差し出されても困ってしまう。
代わりにアメリアが前に出て、嘴で巨大魚を受け取ってくれた。
魚は食べないので、かなり嫌そうな表情を浮かべている。
ステラも、巨大魚運びを手伝ってくれるようだ。二人共、果物しか食べないのに協力してくれてありがたい。
「それにしても、驚いた。エルフがいたうえに、こんなにも幻獣がいるとは」
「いろいろとありまして」
「そうだろうな。ああ、申し遅れた。私はアイスコレッタ家のリオン」
「ア、アイスコレッタ家……!」
やはり、シエル様の血縁者だったようだ。
全身鎧といい、竜といい、尊大な喋りといい、そうではないかと思っていたのだ。
「私はメル・リスリスです」
「メル嬢、よろしくたのむ」
「は、はあ」
とりあえず、立話もなんだ。家の中へと案内する。
「え~と、では、家の中へどうぞ。あ、竜は──」
「放っておいても平気だ」
「わかりました」
巨大な竜は目を閉じて眠っている。
ここはもともと噴水があった場所だが、侯爵様が「もしかしたら竜が降り立つかもしれないから」と、噴水を埋めて広場にしたのだ。
まさか本当に、竜が降りてくるとは……。
エヴァハルト邸で働く幻獣保護局の面々は、まさかの竜の登場に頬を赤く染めていた。
侯爵様やリーゼロッテが見たら、どんなに喜ぶことか。
アメリアとステラは、巨大魚を厨房まで運んでくれた。
私はリオンさんを客間まで案内する。
お茶が運ばれてきたあと、本題へと移った。
「あの、それで、こちらへはどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」
たぶん、シエル様絡みだろうけれど、念のために質問してみた。
「この国にいる邪龍の気配が強くなったから、国一番の騎士であるこの私がやってきたのだ」
リオンさんの目的は、シエル様に会うことではなかった。
真なる目的、邪龍。
それはきっと、フォレ・エルフの森に封印された存在だろう。
フォレ・エルフは邪な存在だと知らずに、精霊として崇めているのだ。
「何やら結界のようなものに守られていて、場所がはっきりとわからぬのだ。まずは、調査をしなければならない」
「……」
「メル嬢、どうかしたのか?」
邪龍について話していいのか悪いのか。私だけでは判断できない。
今日のところは、とりあえず誤魔化しておく。
「あ、いや、その、邪龍というのは、どのような存在なのかな、と。幻獣の竜とは、違うんですよね?」
以前、リーゼロッテに同じことを質問したことがある。
彼女は強い口調で、「まったく違う!」と答えた。
一方で、リオンさんの答えは──。
「竜と龍はほとんど同じ存在だろう。ただ、体内にあるものが、魔鉱石か、魔宝石かの違いだろうな」
「魔鉱石は聞いたことがありますが、魔宝石は初めて聞きました」
魔鉱石は魔物の体内にある核──心臓のようなものだ。魔鉱石は魔力を吸収し、活動力へと変換する。そのため、魔物は人が持つ魔力を求めて襲い掛かってくるのだ。
ちなみに魔鉱石を浄化し加工したら、魔石になる。
「これが、魔宝石だ」
そう言ってリオンさんが取り出したのは、七色に光る宝石だった。ペンダント状になっていて、鎧の下にかけていたようだ。
「きれい……!」
「これは、幻獣と呼ばれる竜の中にある。最高クラスの魔力を持ち、これを魔法の媒介として使えば、大陸一つ吹き飛ばすことも可能だろう」
「そ、そんなにすごいものなのですね」
ドラゴンオーブとも呼ばれる魔宝石は、大変貴重な物らしい。
それを、リオンさんは私に見せてくれたのだ。
「ここに祖父シエルがいると聞いていたのだが」
「数日前までいたのですが、今はでかけています。いつ戻るかはわからないのですが」
「む、そうか」
居住まいを正したリオンさんが、私に向かってとんでもないお願いをしてきた。
「邪龍退治は一刻も早いほうがいい。そこで、だ。幻獣を多く従えるメル嬢の実力を見込んで願いがある。邪龍退治に同行してくれないか?」
「ええっ!?」




