新しい隊員 その八(終)
ガサガサと、草むらから音が鳴る。
「ん、なんだ?」
「野ウサギかなんかじゃないのか?」
「お、今夜はウサギ鍋にするか?」
「貝も魚も、食べ飽きたよなあ」
そう言って、密猟者達は草の中を覗き込む。
「んん?」
「なんだあ?」
そこにいたのは、真っ白な白イタチだった。
『ア、ドウモ』
片手を上げて挨拶するので、ギョッとしていた。そこに、ランスが飛び出す。
「大人しくしろ、騎士隊エノクだ!」
口ではそんなことを言っていたが、ランスは魔法使いらしき密猟者に飛びかかって馬乗りの姿勢となった。
普通、こういう言葉を言う時は、「動くな」と言って制止させ、説得を試みるのだが……。
騎士隊を名乗り、飛びかかる人は初めて見た。
そんなランスは魔法使いの頬を左右から引っ張り、詠唱できないようにする。
続けて、隊長、ガルさん、ベルリー副隊長が武器を手にした状態で出てきた。
武装した騎士を見て、密猟者達は驚いている。
頼みの綱となる魔法使いが拘束されているので、反抗しようという気はでないようだ。
あっさりと、密猟者達は捕獲された。
アルブム囮大作戦は成功である。
ランスと密猟者達の魔法使いとの魔法の撃ち合いが想定されていたが、幸いというべきなのか、そういう流れにはならなかった。
花火を打ち上げ、無人島に海兵部隊を呼ぶ。
船で待っていたステラとも合流して、ひと休みした。
一時間後──海兵部隊がやってきて、調査を行う。
小屋には地下部屋もあって、大量の貝の加工品が出てきたらしい。
密猟者達は、冬の味覚である貝を独り占めしていたようだ。
ランスは密猟者達に事情聴取をしていたようだが、睨みを利かせることを繰り返し、いろいろと情報を吐かせることに成功しているとのこと。相手がどんな人でも怯まないので、こういう仕事は向いているのかもしれない。
密猟者達の前にも、堂々と出て行ったし。
事情聴取をするランスを見つめる人が、私以外にもう一人いた。隊長だ。
「あの、隊長、ランス、上手く騎士隊でやっていけますか?」
「まあ、なんとかなるだろう。職務や役割が、その者をふさわしくすることもあるだろうし」
「そうですね」
思い返したら、私もそうだった。騎士なんて、遠征なんて絶対に無理、と思っていたが、一年経った今、私は騎士として任務に就いている。
ランスもきっと、一年後には立派な騎士になっているだろう。
「ちょうどよかった。一人、喧嘩っ早いのがほしかったんだ」
「え、いります?」
「必要だ。さっき、密猟者達の前に出て行っていただろう? あいつはきっと、魔物相手でも臆することなく、出て行くことができる奴だ」
「それは、そうかもしれませんが」
具体的に、どのような時に必要なのか。詳しい話を聞いてみる。
「今まで、その役割は俺が担っていた。しかし、隊長自身がするのは、あまり褒められたことではない」
「ああ確かに、言われてみたらそうですね」
隊長は隊員に指示を出さなければならないので、先頭を切って戦うべきではないのだろう。
これからは、ランスが担ってくれるのかもしれない。
彼自身性格や価値観に心配なところがあるが、優しく見守っていきたい。
このようにして、私達は新しい一歩を踏み出した。
◇◇◇
遠征から戻ると、ザラさんが出迎えてくれた。
「メルちゃん、おかえりなさい!」
「はい、ただいま戻りました」
「怪我はない? 体に違和感は?」
「ないです。大丈夫です」
「そう、よかった」
会話が途切れたあと、ザラさんはどことなくソワソワしだす。
なんとなく、再会の抱擁をしたいのでは? と感じていたけれど、周囲に使用人の目があるのでできないのだろう。
初対面の時は思いっきりしていたのだが。
今すぐ抱き着きたいのは山々だ。しかし、しかしだ。私は遠征帰りなので、小汚い。
綺麗なザラさんに抱き着くのは、どうかと思える。
「あ、メルちゃん、お風呂にする? それともごはん?」
「お風呂がいいですね」
「じゃあ、頼んでくるわね」
「ありがとうございます」
頼んだあとで、屋敷の主になんてことをさせているのではと気づいてしまった。
しかし、もう遅い。ザラさんは風のように走り去ってしまった。
ふと、柱の陰にエスメラルダがいるのを発見した。目が合うと、サッと姿を隠す。
だいたい優雅に寝台の上で待っていたけれど、私が気づいていなかっただけでいつも迎えにきてくれていたのか。
素直じゃない奴め。
「エスメラルダ、今、帰りました!」
『キュッフー!!』
「……」
エスメラルダをぎゅっとしようと手を伸ばしたら、「触るのは手洗いうがいをしてからにして!」と激しめに怒られてしまった。
そんなに過剰に反応するほど、汚れた状態ではないのだけれど。数時間、無人島にいただけだし。
『クエ、クエ……』
『クウ……』
アメリアとステラが、「私達は手洗いうがいしなくても触っていいからね」と言ってくれた。
なんて優しい子達なのか。
『アルブムチャンモ、触ッテイイヨウ』
「……」
アルブムは、侍女さんにもらったキャラメルで手と口回りをベタベタにした状態でそんなことを言ってくる。
「アルブム……手洗いうがいをしたら、撫でてあげますよ」
『ヒ、酷イ!』
エスメラルダの気持ちが、よくよくわかってしまった瞬間であった。




