新しい隊員 その六
アメリアは全員、無人島に運んでくれた。
ランスは高所恐怖症だったのか、青い表情のまま蹲っている。
ウルガスが心配そうに、覗き込んでいた。
「ハントさん、大丈夫ですか?」
「ランスでいい」
「だったらランスさん、と呼ばせていただきます。それで、その、平気ですか?」
「問題ない」
船酔いする隊長であるが、空の移動は問題ないようだ。
乗り物酔いする者同士、同情したのか私が以前あげた乗り物酔いを和らげる香り袋を手渡していた。
「うっ……森の匂いがする」
森の匂いではなく、乗り物酔いを緩和する薬草です。
しかし、苦しげな表情はだんだんと和らいでいた。
ガルさんが、砂地に無人島の地図を描いている。上空から、全体を把握したらしい。
さすが、ガルさんだ。
無人島はそこまで大きくない。一周回るのに、二時間もかからなそうだ。
「なるほどな。桟橋があるあたりに、密猟者の住処がある、と」
証拠品を押収するため、調査に行くようだ。
「二手に分かれますか?」
ベルリー副隊長の言葉に、隊長は首を横に振る。
「相手は、海兵部隊の船を近づけさせないため、霧を発生させたという報告があがっている。つまり──」
魔法使いがいる可能性があるのだ。
ランスが魔法使いの恐ろしさを教えてくれた。
「たしかに、相手が幻術使いであったら、形勢逆転は容易いからな」
「幻術使い、ですか?」
「ああ、そうだ。幻術は対象に幻を見せるもので、人の神経に干渉し、幻を見せる危険な魔法だ。たとえば、船が燃えているような幻術を見せたら、どうなる?」
「え~っと、自分に燃え移らないよう、船から跳び下ります」
「そうだ。実際に船は炎上していないのに、そうしなければいけないと思い込ませる力がある」
まだ、足止めする幻術はマシなほうで、仲間が魔物に見えるなど、自滅を促す幻術は大変危険だという。
「天候や気候を操る魔法は、大魔法だ。その辺にいる魔法使いが使えるわけがない。だから、密猟者の中にいる魔法使いは、幻術使いだろう」
「ほ~~!!」
ウルガスはランスの話を聞き、拍手していた。隊長やベルリー副隊長も、うんうんと頷いている。
「ランス・ハント。お前の魔法の知識は、大したものだ」
「!」
隊長が突然褒めたので、ランスはぽかんと口を開く。
頭をぽんぽんと叩かれると、頬に赤みが差していた。
ランスも案外、可愛いところがあるようだ。
「そんなわけだ。警戒は解かないように」
アメリアは空の上から、無人島を見張ってもらう。密漁者が戻って来たら、教えてくれるようだ。
私達は、海岸沿いを歩いていく。
海岸沿いは砂地が続いているわけではなく、途中から岩場になる。濡れているので、移動は要注意だ。
「どわっと!!」
危うく、滑りそうになった。
隊長がジロリと、私を睨む。
「リスリスが海に落ちたら危険だ。ガル、リスリスを縄で縛って、一緒に歩け」
ガルさんはスラちゃんを縄状に伸ばし、私のベルトに結んでくれる。
「ガルさん、スラちゃん、すみません」
二人共、「気にしないで~」と手を振ってくれる。なんて優しいのか。
ガルさんのおかげで、安全に岩場を進むことができた。
休憩時間に、アルブムが岩場である食材を発見した。
『パンケーキノ娘ェ! 岩鮑ヲ発見シタヨゥ!』
「ええ、岩鮑、ですか!?」
なんと、岩鮑が岩に張り付いていたようだ。
「なんだ、それは?」
隊長が鋭い目で、岩鮑を睨んでいる。一見して、岩の一部にしか見えない。
「これは、ナイフで剥ぐんですけれど」
ナイフを岩と岩鮑の間に入れると、ポロリと取れる。
私の手のひらよりも大きい、巨大岩鮑だ。
「なるほど、貝か」
「この辺では、食べないのですか?」
「食わないな。しかし、なぜエルフであるお前が、コレを知っているんだ?」
「フォレ・エルフの村では、乾燥させて漢方として取引されているのですよ」
一応、漁師だけが獲っていい食材でないか確認する。
王都には漁業組合があって、指定された魚介類を無断で獲ると密漁となって罰せられるのだ。
「それは──」
「違うな」
港町育ちのベルリー副隊長が、大丈夫だと教えてくれた。
「岩鮑は、おいしい。私も幼少期、おやつ代わりに食べていた」
「そうだったのですね」
フォレ・エルフの村では、滋養強壮のスープにして食べるのだ。これが、おいしいのなんのって。
祖父からこっそりもらって飲んでいたことを思い出す。
『パンケーキノ娘、ココニモ、アルヨ』
「おお!」
ここは岩鮑の宝庫だったようで、十個以上獲れた。
「よし、これで料理を作りましょう!」
『ワ~イ』
一品目は、スープを作る。
まず、身と殻を分けて、殻だけで出汁を取る。スープが白濁してきたら、塩と香辛料で軽く味付け。最後に、薄切りにした岩鮑をさっと火を通したら完成だ。
二品目は、岩鮑のバター炒め。分厚く切った岩鮑を、バターで炒める。
香ばしい匂いが、たまらない。
三品目は、岩鮑ステーキ。
岩鮑に切り目を入れ、じゅわっと炒める。ソースは薬草ニンニクと牡蠣ソース、唐辛子、隠し味に肝を絡めて作った。ピリカラ風味である。
最後は岩鮑の酒蒸しだ。料理用の酒を使い、ささっと蒸す。
「みなさん、準備ができましたよ~」
短時間で、いろいろ作れた。
調理を手伝ってくれたアルブムは、「フウ」と言って額を拭っている。
いや、妖精って汗はかかないけれど。
人間の仕草を真似したいお年頃らしい。
「よし、食べましょう」
手と手を合わせて、いただきます。
ベルリー副隊長は、岩鮑のピリカラステーキを食べていた。
「これは──おいしい。ピリッとしたソースが、柔らかな岩鮑とよく絡んで、磯の風味と合わさって極上の一品となっている」
「お口に合ったようで、何よりです」
私も食べてみる。
「んん、柔らかっ!!」
フォレ・エルフの村では、一度乾燥させたものを水で戻してから使っていた。
生の岩鮑がこんなにおいしいなんて……!
隊長は岩鮑のバター炒めを食べていた。
「酒が飲みたい」
「それしか言わないですね」
「クソ……任務中のこの身が憎い」
隊長の発言は聞かなかったことにした。
岩鮑のバター炒めは、コリコリとした食感が楽しい。
たしかに、お酒が飲みたくなるような、磯独特の濃い味わいがあった。
ランスは、岩鮑のスープを「なんだこれ……!」と言いながら飲んでいた。
「こんな濃くてうまいスープ、初めてだ」
「ランスの家では、岩鮑は食べなかったのですか?」
「岩鮑は、ジジイの食べ物だと言われていたからな」
「そ、そうですね」
私みたいに、盗み飲みはしていなかったようだ。
ガルさんとウルガスは、嬉しそうに岩鮑の酒蒸しを食べている。
「こんなにおいしい貝、食べたことないです!」
「そうですか? よかったです」
アルブムも、満足するまで食べたようで、ぷっくりと膨らんだお腹を上にして寝転がっている。
みんなの反応を見ていたら、岩鮑料理が名物のお店を開いたら繁盛しそうだなと思ってしまった。




