不味い干し肉
二日ぶりに騎士隊の寮に帰ってきた。土や泥で汚れているので、一刻も早くお風呂に入りたい。
隊長は騎士隊の門の前で解散と言ってくれた。
ベルリー副隊長に続いて女性専用の寮に戻ろうとすれば、隊長に呼ばれる。
「おい、野ウサギ」
「はい?」
間違って返事をしてしまった。私は野ウサギではなく、メル・リスリスです。
「何か不調はないか?」
「隊長が私の名前を間違え、首なしの野鳥を見て驚いたくらいですが。あ、あと、耳を弾かれました。大変不快でした」
「そ、それは……!」
消え入りそうな声で「すまなかった」と言ってくれる。
私は大変寛大なので、許してあげた。
それにしても、心配してくれるなんて意外だ。
私も心の中で「山賊のお頭」と呼んでいたことを心の中で謝った。
ここでやっと解散となる。
お風呂は寮のお手伝いさんが沸かしてくれた。
大きな桶に湯がたっぷり。なんて贅沢なのか。
村では鍋に湯を滾らせて、水を入れながら使っていた。お風呂に浸かるなんて、月に一度か二度ある程度だったのだ。
水は森の湖から汲んでくる。なので、お風呂にあまり使えないのだ。
体を洗ってから、湯船に浸かる。はあ、天国天国。
勇気を出して王都にやって来たけれど、いろいろと勉強になるし、よかったのかもしれない。森での暮らしは、私には窮屈過ぎた。
結婚できないのならば、どこにいても同じ。
ならば、後ろ指を指されないところで、悠々自適に暮らしたい。
家族がいなくて、寂しくはあるけれど。
孤独を思い出し、はあと溜息。
給料が出たら、街に出かけてお菓子でも買って、弟や妹達に送ってあげようと思った。
翌日。
日の出前に目を覚ます。
服を着替え、髪を三つ編みにして、顔を洗う。
朝食は食堂で食べられる。給料天引きなので、入り口で署名をしてからいただくのだ。
本日のメニューは――野菜のスープ、丸パン、ソーセージ、茹で卵。
お盆に載った皿に、給仕係のおばちゃんが山のように盛り付けてくれる。
パンは食べ放題、ジャムとバターは使い放題という楽園のような場所なのだ。
「リスリスさん、パンはまだ食べるかい?」
「いえ、十分戴きました。ありがとうございます!」
手のひらくらいの大きな丸パンを三つも盛り付けてくれたのだ。満腹にならないわけがない。
今まで、自分のことを大食いだと思っていたけれど、周囲の女性騎士さんはさらに食べる。
私も鍛錬をすれば、筋肉もムキムキになれるのか。
いや、衛生兵なので、鍛えることはしなくてもいいんだけど。
朝食を終えれば、第二遠征部隊の騎士舎に移動する。女性騎士の寮から徒歩五分といったところだ。
背負った鞄の中にはお弁当がある。なんと、毎日食堂のおばちゃんが、女性騎士のためにお弁当を作ってくれるのだ。
しかし、騎士団は圧倒的に男性が多い。寮では女性騎士だらけだったけれど、一歩外を出れば、まったく見当たらない。
渡り廊下を歩いていれば、チラチラと見られていた。きっと、フォレ・エルフが珍しいのだろう。
騎士服の外に着ている上着の頭巾を被ろうとすれば、背後より声を掛けられる。
「あれ~、フォレ・エルフじゃん」
振り返れば、若くて細身の騎士がいた。見覚えは、当然ながらない。
「どうしたの? 森から迷ったの?」
本当に耳が長くて尖っていると、勝手に覗き込んでくる。
初対面の女性に失礼ではないかと思った。
「君、どこの部隊? 名前は?」
知らない人に名前を名乗ってはいけません。母親の教えである。
口をぎゅっと結び、質問は無視した。
それにしても、この男驚きの軽さだ。
腰までの茶褐色の髪を一つに結び、耳にはピアスが光っている。女遊びが好きそうな、派手な外見だった。
「おやおや、森の決まりで挨拶もできないのかな?」
その通り! この場で叫んでやろうと思っていたら、急にふわりと体が浮く。
目の前に飛び込んできたのは、髭面で大柄な男の姿。
「さ、山賊だ~~!!」
驚いてそう叫んでしまったが、よくよく見れば、うちの隊長だった。
私の体を持ち上げ、荷物のように肩に担いでいる。な、なぜ?
「おい、キノン、うちの衛生兵に何か用事か?」
「い、いえ~、なんか、困っているように見えたので」
まったく、欠片も、困っていませんでした。
好きなように解釈をしてくれたものである。
「これはうちのだ。勝手なことをするのは許さない」
「で、ですよね~~」
そんな言葉を残し、男は走り去って行った。
これにて解決! と思ったけれど、遠くからバタバタと騎士達がやって来る。
足音は隊長の前で止まる。
「どうした?」
「いえ、たった今、山賊が来たという叫びが聞こえたのですが」
「……」
すみません、山賊は隊長のことでした。
私は体を持ち上げられて、騎士様達にお尻を向けたままの姿勢で、集まった騎士様達に謝罪をすることになった。
その後、隊長は私を下ろしてくれなかった。
荷物を担ぐように、運ばれたのだ。
「もう大丈夫なので、降ろしてください」
「ちまちま歩いているから、あんなしようもない奴に捕まる」
「どうもすみませんでした」
「それはそうと、お前、きちんと食事は取っているのか?」
「はい、たくさんいただいておりますが」
体重が羽根のように軽いと言われてしまった。そんなことはないはずだが。
朝、パンの数を増やす……? いや、無理無理。
「衛生兵なので、体づくりは必要ないと思います」
「体力がないと、遠征についてこられないだろう」
「それはそうですが」
まあ、その辺はゆっくりと生活環境に慣れつつ、行っていきたいと思った。
そんな話をしているうちに、第二遠征部隊の騎士舎に到着する。
独立した建物で、木造平屋に道具入れの小屋が三つ、それから厩がある。
隊長の執務室で朝礼をして、各々仕事を振られる。
副隊長のベルリーさんはガルさんと鍛錬、ウルガス青年は私に仕事を教えてくれるらしい。
五分ほどで朝礼は終わり、解散となった。
「下っ端の仕事って、たくさんあるんですよね~」
まずは騎士舎の掃除。
「いや、なんていうか、普通に汚いですよね」
「すみません、掃除って、どうも苦手で」
騎士舎の掃除も騎士のお仕事らしい。
廊下は埃っぽくて、部屋は雑多な雰囲気、簡易台所は洗い物が溜まっている。
「お掃除の頻度は?」
「一週間……いや、二週間?」
卒倒するかと思った。不衛生過ぎる。
「掃除は毎日行わなければなりません」
「いや、そんなの無理――」
「やるのです!」
私達は手分けをして、掃除をすることになった。
「ウルガス、そんなやり方ではダメです! もっと腰を入れて――」
基本的な掃除のやり方が間違っていたので、指導させていただく。
どちらが先輩だかわからなくなった。
お昼までかかって、騎士舎の掃除を行った。
途中、隊長が会議でいなくなったので、特に汚かった執務室も空気を入れ替え、綺麗にさせてもらう。
「ほら、部屋が綺麗ならば、気持ちもいいでしょう?」
「で、ですね」
たった半日のお掃除で、ウルガスは遠征に行った帰りよりもくたびれていた。
修行が足りない。
昼食を食べ、お昼からは外の小屋に案内される。
三つあるうちの一つは武器庫、一つは用具入れ、もう一つは――
「保存食工房になっています」
出た! あの硬くて不味い保存食!
なんでも、遠征に持って行く保存食は予算が振り分けられ、自分達で買うようになっているらしい。
「でも、完成品の保存食ではとても足りなくて――」
隊長の持って来た本を元に、自分達で干し肉や乾燥パンなどを作るようになったとか。
確かに、食事の量は多かったが、残念な仕様だった。
キイと扉を開けば、肉の臭みに襲われる。
「ウッ!」
「すみませんね……」
内部は紐に吊るされたお肉と、乾燥中のパンが並べられていた。
「なんか、肉の傷んだような臭いが……!」
「あっ、一昨日買ってきていた肉、そのまま忘れていました」
「なんですと〜〜」
臭いの原因は放置された生肉だった。
急に出動命令が出たので、加工をする余裕がなかったらしい。
「加工って、ウルガスが干し肉を?」
「はい、保存食作りも下っ端の仕事です」
「なるほど」
この肉は、いったいどういう工程を経て、作られているのか。
恐る恐る質問してみる。
「えっとですね~、まず、市場で肉の塊を買って、薄く切り分けて、焼いて、煮て、最後に干すんです」
「……あ、はい」
根本的に作り方から間違っていた。
火を通していただけマシというか。
塩も振らずに生のまま干しているとかだったら、確実に遠征先で死んでいるなと思った。
私は勇気を出して、思っていたことを口にする。
「この干し肉とパンは、大変硬くて、酸っぱかったり、味がなかったりして、とても食べにくいです」
「最初は俺達もそう思っていたのですが、慣れというものは怖くて……」
こんな物、我慢して食べなくても、美味しい干し肉の作り方があるのだ。
なんでも、任務はいつも突然で、荷造りしている時間はないらしい。なので、食事はすぐに準備可能な保存食が選ばれる。
けれど、なんでこんなにも不味いのか。
早急に解決しなければならない問題だと思った。
「ウルガス、市場に行きましょう」
私は下っ端同盟に、美味しい干し肉を作ろうと、提案したのだった。