挿話 ザラとリーゼロッテの送別会をするために その三(終)
騎士舎の前に、リーゼロッテがいた。
すでに騎士ではないリーゼロッテは、特別な許可を貰って騎士舎にやってきたようだ。
今日は貴族令嬢らしく、ドレス姿である。
ちなみに、リーゼロッテはザラさんの昇進祝賀会があると言って呼び出したらしい。
「わ~~、そのドレス、リーゼロッテ、素敵です」
「そう? 三時間も身支度に時間がかかったから、褒めてくれる人がいてよかったわ」
本当に綺麗なのだけれど……なんだかリーゼロッテが遠い存在になったようで、寂しい。しょんぼりしていたら、頬を指先で突かれた。
「うっ、な、なんですか?」
「だって、わたくしと目も合わせないから」
「リーゼロッテがあまりにも綺麗で、私が知っているリーゼロッテではないようで、寂しくなっていただけです」
「わたくしはわたくしよ。あなたと一緒に、泥だらけになって遠征任務に参加していたでしょう?」
「そう、でしたね」
「それに、わたくし達は家族でしょう? なんだったら、この先も侯爵邸で一緒に暮らす?」
「いや、それは悪いですよ」
社交期は侯爵邸にお世話になっていたが、そろそろエヴァハルト邸に帰ろうと思っている。
「そうよねえ、エヴァハルト家で、ザラ・エヴァハルトと、仲良く暮らすのよね?」
「!?」
そ、そうだった!! 今はザラさんが、エヴァハルト家の家主なのだ。
そもそも、私は引き続き住んでもいいのか? その辺も、あとでゆっくりと話さなければならない。
「噂をすれば、やってきたわ」
ザラさんが隊長と並んでやってくる。
みんなの前で結婚の意思を確認してしまったことを思いだし、照れてしまった。
「あら、リーゼロッテじゃない。久しぶりね」
「ええ。謹慎になっていなかったら、舞踏会の日に会えたはずなんだけれど」
「そうね。よかったわ。こうして会えて」
貴族の身となれば、元同僚であっても気軽に会えることはできないようだ。
「ザラ・エヴァハルト、昇進おめでとう。心から、祝福するわ」
「ありがとう」
ここで、私もハッとなる。そういえば、お祝いを言っていなかったのだ。
「あの、ザラさん、おめでとうございます! 王族の方に気に入られるなんて、すごいです」
「みんなのおかげよ。一年前に復職を望んでもらえなかったら、今も食堂で給仕をしていたわ」
ザラさんは、どこまでも謙虚な人だ。
もともと『猛き戦斧の貴公子』と呼ばれる有名な騎士だったのだ。私達以外にも、復職を望む声はあったに違いない。
「立ち話はそれくらいにして、休憩室に行くぞ」
隊長はザラさんの背中を叩き、休憩室に誘導する。
リーゼロッテは小声で「サプライズなのよね?」と聞いてきた。
頷くのと同時に、心の中で「リーゼロッテにとってもサプライズですよ」と返す。
ザラさんが扉を開いた瞬間、中にいたウルガスが叫んだ。
「アートさん、リヒテンベルガーさん! お疲れ様でした!」
「え、なんなのこれ!?」
「驚いたわ」
「お前達二人の、送別会だ」
休憩所は、隊長が飾り付けた。
床は赤い絨毯が敷かれている。カーテンはレースが美しい純白なものに替えられ、灯りはシャンデリアになっていた。テーブルには白いテーブルクロスがかけられ、花瓶には薔薇が生けられている。
高級レストランのような内装は、婚約者に相談したらしい。準備を手伝ったスラちゃんはテーブルの端で誇らしげな様子だった。
「ごちそうも、用意してくれたのね」
「はい! ガルさんと私で準備しました」
「この大きな海老って、もしかしてルビー海老かしら?」
さすがリーゼロッテ。すぐさま高級食材に気づいてくれた。
「ルビー海老も、ガルさんと獲りに行ったのですよ」
「よく、王都付近で獲れたわね」
「アルブムがルビー海老の生息地を把握していて、現場ではエスメラルダが発見してくれたのです」
パーティー用の三角形の帽子を被ったアルブムが、胸を張っていた。
一方、エスメラルダは「別になんてことなくってよ」という表情でいる。
「リーゼロッテは特等席ですよ」
「まあ!」
リーゼロッテの特等席とは、アメリアとステラに囲まれ、近くにある円卓にはエスメラルダが入った籠が置かれているという特等席だ。
リーゼロッテは頬を染めながら、席に着く。
他のみんなも、次々と座っていった。
私は、ザラさんの隣が空いている。なんだか、照れてしまったがお邪魔することにした。
「よし、全員揃ったな」
隊長はすぐさまお酒の瓶を手に取り、木製の栓を軽く捻る。ポン! と音が鳴って開けられ、栓が宙を舞った。
シュワシュワと発泡するお酒が、どんどん溢れてくる。
「クソ、高い酒なのに」
「隊長、お酒が付いた手を舐めないでください。小さい子じゃないんだから」
「子どもは酒が付いた手は舐めないだろうが」
「そういう意味じゃないんです」
お酒をグラスに注ぎ分け、乾杯する。
「おい、ウルガス、音頭を取れ」
「ええ~~」
「いいから」
「わかりました。え~~……う~~ん……」
ウルガスはグラスを掲げたまま、何を言おうか迷っている。
隊長がジロリと睨んだ瞬間、ベルリー副隊長が音頭を取った。
「ザラとリーゼロッテの素晴らしい門出に、乾杯!」
「乾杯!!」
ウルガスはベルリー副隊長のおかげで、助かったようだ。
お酒を飲んでいるのは隊長、ベルリー副隊長、ガルさんで、それ以外の人達は炭酸飲料である。
シュワシュワと弾ける甘い炭酸は、夢みたいにおいしい。
料理を取り分け、ザラさんに渡した。
「メルちゃん、ありがとう」
「いえいえ」
他の人達は、各々食べたい物をお皿に装っている。
「グラタンから、戴こうかしら」
「はい。自信作なんですよ」
ルビー海老料理は初めて作った。ドキドキしながら、ザラさんが食べる様子を見守る。
「まあ……すごい、身がプリップリ!」
口の中で、ぶりんと弾けたらしい。
「それに、ホワイトソースの味も濃厚で……! こんなにおいしい海老グラタンは、初めてよ」
「わ、私も、食べてみます」
ルビー海老をフォークに刺し、パクリと食べた。
ザラさんの言っていた通り、海老の食感がものすごい。ぷりぷりを通り越している。
海老の出汁も利いていて、とってもおいしい。
「これは……自分で作って言うのもなんですが、おいしいです」
「でしょう?」
他のみんなも、絶賛してくれた。
ガルさんと顔を見合わせ、微笑み合う。頑張ってよかった。
ベルリー副隊長が、隊員みんなからの贈り物を代表してザラさんとリーゼロッテに渡していた。
「気に入ってくれるといいのだが……」
ザラさんには、山猫を模した細工の瞳にエメラルドが付いたタイピンを。リーゼロッテには、銀細工の竜を模した胸飾りを用意したようだ。
「みんな、ありがとう」
「これ、本当に素敵だわ」
気に入ってくれたようで、何よりである。
最後に、ウルガスの出し物の時間となった。
「うう……本当にやるんですね」
「いいから、ちゃっちゃと始めろよ」
「隊長、協力してくれますか?」
「は?」
「扉の前に、立っているだけでいいので」
「なんだよ、それ」
「お願いします」
「わかったよ。立っているだけだからな」
「ありがとうございます!」
いったい何をするのか。ドキドキしながら見守る。
「これを、頭の上に置いてください」
「は?」
差し出されたのは、今が旬の森林檎である。
「お願いします」
「もしかして、お前──」
「男に二言はないですよね」
「く、くそが……」
隊長は拳大の森林檎を頭の上に乗せ、扉の前に立った。
「では、今から、ルードティンク隊長の頭の上にある森林檎を射ち貫きます」
これが、ウルガスの出し物だったようだ。
窓際に立ったウルガスは、矢を番えて弦をピンと引く。
いつもの、集中した時のウルガスの顔となった。
「行きます」
「ウルガス、あとで覚えていろよ」
これは、成功しても失敗しても大変なことになりそうな。
ウルガスが射った矢は、見事、森林檎を射貫いた。
「わっ、すごい!!」
「ジュン、カッコイイわ!」
みんなに大絶賛され、ウルガスは照れていた。
一方、隊長は額に青筋を浮かべていたが。
「ウルガス、この野郎!」
ウルガスは隊長に追いかけ回される。
お腹が痛くなるほど、笑った。
このようにして、楽しい時間はあっという間に終わった。
ザラさんが、ポツリと呟く。
「なんだか、寂しくなるわ」
「そうですね」
「また、こういうパーティーをしようかしら。エヴァハルト邸で」
「いいですね!」
ここで、リーゼロッテが口を挟む。
「パーティーをする時は、わたくしも呼びなさい」
「もちろんです」
会いたくなったら、会えばいいのだ。
私達にはきっと、目には見えない絆がある。縁という糸で、繋がっているのだ。
最後はしんみりしてしまったけれど、今日は本当に楽しかった。
精一杯、ザラさんとリーゼロッテの門出をお祝いできた気がする。
私も、前を向いて頑張らなければ。
そう、思ったのだった。




