メル、社交界デビュー!? その十四
「ランス、食事にしましょう。お腹いっぱいになったら、イライラも治まるはずです」
「お前はまた、わけのわからないことを言って!」
「いや、本当なんですよ。お腹が空いているから、イライラするんです」
「知るか! そもそも、お前の思考は斜め上なんだよ!」
「どこがですか? 私はごくごく普通のフォレ・エルフです!」
「は!?」
ずいぶんとドスの利いた「は!?」だった。
「王都に出稼ぎに行こうと考え、実行するフォレ・エルフの、どこが普通なんだよ! 保守的な民族性は母親の腹に置いてきたのか!?」
「だ、だって、だって……」
ずっと心の中にあったモヤモヤを、ここで爆発させる。
「ランスが、突然婚約を破棄するから、わ、私は、一人で生きていかなければならない事態になったのですよ!」
シ~~ンと、静まり返る。
周囲の注目も浴びている気がした。騎士隊の門の前で、私は何をしているのか。しかし、我慢できなかったのだ。
このまま逃げようと思っていたら、ランスから腕を掴まれる。
「は、放してください! もう、何も話すことはありません! 私、忙しいんです。帰ってから、山栗のケーキを作る予定で」
「は!?」
本日二回目の「は!?」は、一回目よりも声が低く迫力があってドスが利いていた。
「お前……また、それかよ」
「な、何が、ですか?」
「気づいていないみたいだから、言っておくけれど、お前、俺が結婚の話を進めようとした時、いつもそうやって、用事があるからあとでって、どっかに走って行って」
「……?」
「そもそも、結婚の話も、親同士で詳細を話し合わなければならないのに、お前んちの両親、一年中忙しそうにして、ぜんぜん捕まらなくて」
「それは、家族が多いので……」
「だから、俺は直接お前と決めようと、何度も話しに行ったんだ。それなのに……」
──メル、結婚の話だが……。
──あ、ごめんなさい、今日は、森に木苺摘みに行く日なんで、あとで!!
──おい、そろそろ、結婚の話を……。
──あ~、すみません、今から川に洗濯に行くんです!
──なあ、俺達、もうすぐ結婚するだろう……?
──あとにしてもらえます? 下の妹が、風邪を引いていて、忙しいんです。
「こんなふうに、いっつも、いっつも、お前は俺の話を聞かなくて!!」
「え、そうでした?」
「そうだっただろうが!!」
たしかに、ランスは村にいた時、何度も話しかけてくれたようだ。
しかし、たいてい忙しい時に声をかけてくるので、「あとで」と返していたのかもしれない。
「あまりにも、お前が俺の話を聞かないから………………その、婚約破棄すると言ったら、縋って、俺のことしか考えないと思ったんだ」
「ええ~……」
「それなのに、お前は、あっさり『わかりました』って!! なんじゃそりゃ!!」
渾身のツッコミを、額に青筋を立てながらランスはしていた。
「なんだよ、お前! 俺と結婚したくなかったから、わざとそんな態度をしていたのか?」
「いえ、そんなわけないです! 本当に、忙しかったんですよ!」
そもそもだ。私とランスの結婚は、生まれた時から決まっていた。
ランスは魔力があって、実家もそこそこ裕福で、美貌のエルフの中でも群を抜いて容姿が優れていた。
一方の私は、当時は魔力がないと後ろ指を指され、実家は貧乏で、美貌のエルフの中でもパッとしなかった。
つり合っていない二人だと、ずっと言われていたのを知っていたので婚約破棄を受け入れたのだ。
「は、つり合っていない? どこのどいつが決めたんだ? ぶっ飛ばす」
「し、知りません。誰かが立ち話しているのを、聞いただけで」
「なんだよ、それ……」
がっくり項垂れるランスに、恐る恐る質問してみた。
「あの、もしかして、ランスは、私との結婚は、嫌じゃなかったのですか?」
「は? 親同士が決めた結婚に、嫌とか嬉しいとか、そういう感情はないだろ」
「で、ですよね」
一瞬、ランスって私のことが好きだった? なんて思ったが、勘違いだったようだ。
きっと、決まっていた結婚ができないので、意地になっても連れて帰る、といった感じなのだろう。
「でも、わざわざ王都まで来なくても……」
「王都に行くと聞いた時、すぐに帰って来ると思ったんだ。なのに、気がつきゃ一年も経った」
「で、ですね」
「もう、待てねえって思って。しかも今、村は不安定だ。話は、聞いているな?」
「あ──はい」
妹ミルが話していた、邪竜封印の結界についてだろう。
「なんか、ヤバそうだから、村を出てきた」
「は?」
「お前を連れ戻しにきたが……、気が変わった。俺も、騎士になる」
「な、なんですって!?」
「お前みたいなちんちくりんが勤まるんだから、俺は楽勝だろう」
「そ、そんなわけないです! 騎士は、軽い気持ちでできる仕事じゃないんですよ!」
「軽い気持ちじゃねえよ。王都に出てくるのが、どれだけの大英断だったか」
「いやいやいや!」
思わず、「森へ帰れ!!」と言いそうになった。
「よし。言いたいこと言ったから、腹減った。おい、メル。なんか、うまい料理を出す店を紹介しろ」
ランスは私の腕を引いて、歩きだす。
私はその場に踏ん張って、拒否した。
「ぐぬぬぬぬ!」
「お前、さっきは食事に行こうと言ったくせに、なんで嫌がるんだよ!」
「乙女の気持ちは、変わりやすいんです!」
アメリアとステラが止めようとしたら、ランスは短い呪文で魔法を展開させる。
『クエ!?』
『クウ!?』
アメリアとステラの前に、目には見えない結界のような物ができて、ぶつかってしまった。
ランスは村で一、二を争う魔法の遣い手なのだ。
「いいから、来い!」
「嫌、です!!」
全力で抵抗していたが、男性の腕力に勝てるわけもなく──。
私はあっさりと担がれてしまった。
もうダメだ、と思った瞬間、ランスの足元に炎が舞い上がった。
「あ、熱っ、な、なんだ!?」
振り向くとそこにいたのは、親衛隊の白い騎士服に身を包んだザラさんだった。




