メル、社交界デビュー!? その十三
「メルお嬢様、お手紙が届いております」
「あ、ありがとうございます」
誰からだろうか?
父か母か、はたまた妹か。
銀盆に載せられた手紙を手に取り、差出人を見た。
「ザラさんからだ!」
ニヤニヤしそうなので私室に戻り、寝台の上で正座して手紙を開封する。
封を切ると、ふわりと良い香りがした。
「──あ! これは、お花の香り」
中に便箋が三枚と、黄色い押し花が入っていた。行きに摘んで、本に挟んで押し花にしてくれたようだ。
今の時季の花は貴重だ。とても、嬉しい!
カードに貼られた小花の香りをめいっぱい吸い込んだ。
そして、ドキドキしながら手紙を読む。
「なになに……メルちゃんへ!」
──まだ一週間しか経っていないのに、ずいぶんと会っていない気がします。
エヴァハルト夫人の療養地は慣れない土地だけれど、自然豊かでメルちゃんも好きだと思います。いつか、二人で行けたらいいですね。
二人で旅行という言葉に、照れてしまう。
ザラさんとは遠征でいろんな土地に行っているけれど、二人きりでということはない。
いまだに、ザラさんが私に結婚を申し込んでくれたことが驚きだ。
けれど、リーゼロッテがそうだと言うので、間違いないのだろう。
なんだか恥ずかしくなって、布団に転がりながら続きを読む。
──今、養子縁組を結ぶため、書類を用意したり、役所に行ったり、エヴァハルト家の親戚にお会いしたり。いろいろ大変で。
きっと、この手紙が届いているころには、王都に戻れていると思います。
しかし、王都に戻っても、まずエヴァハルト家に行かなければならないから、しばらく会えないかもしれません。
早く、メルちゃんに逢いたいです。
ザラ・アート
一度起き上がり、手紙を丁寧に折り曲げ、封筒の中へと仕舞う。
そして、枕の下に忍ばせ──盛大に照れた。
これは、甘い。甘すぎる。
顔が火照ってしまい、水差しの水を注ぎ、一気飲みしてしまった。
それでも、熱が引かない。
『クエクエ?』
『クウ?』
アメリアとステラが、心配そうに覗き込んできた。
熱でもあるのではないのかと、アメリアが私のおでこにごっつんこしてくる。
『クエクエ!』
アメリアは平熱! と叫んだ。
熱も測れるなんて、最強の鷹獅子だ。
『クウクウ?』
ステラが大丈夫なのか、聞いてきた。
「いえ、あの、別に、熱があるわけじゃなくて……ザラさんから、お手紙が届いて、読んでいたら照れてしまっただけです」
『クエクエ~』
『クウ』
アメリアは「はい、解散」と言って、この場から去っていく。話が分かる子で、よかった。
◇◇◇
翌日、隊長からザラさんが王都に戻っていることを聞いた。
「今日は親衛隊のほうに呼び出されて、こっちには来れないかもな」
「大変なんですね」
ダメだ。ザラさんの名前を聞いただけで、ドキドキしてしまう。
まだ、心の準備ができていないので、会わないほうがいい。
「リスリス、このザラの書類、親衛隊に持って行くか?」
「え!?」
「ザラと、話でもあるんじゃないのか?」
「ど、どうしてですか?」
「いや、ザラの話をしだした途端、ソワソワしていたから」
「い、急ぎの話ではありませんので」
「そうか?」
「それに、慣れない場所で話すことではないですし」
「わかった」
心臓に悪いことを聞いてくれる。
そんなこんなで、ザラさんは王都に帰ってきたけれど、会えないまま一日が終わろうとしていた。
アメリア、ステラと共に、帰宅する。
ちなみに、エスメラルダは朝「眠いから」と言ってついてこなかった。
アルブムは不明。神出鬼没なのだ。
「もしかしたら、ザラさんが帰って来るかもしれないので、何かお菓子でも作りましょうか」
『クエ~』
『クウ!』
市場で何か果物を買って帰りたい。
「今はやっぱり、森林檎が旬ですから」
森林檎をたっぷり使ったタルトと、焼き森林檎でも作ろうか。
そんなことを話していると、街中で名前を呼ばれた。
「おい、メル!!」
「ん?」
王都で私を呼び捨てにする人なんて、心当たりはない。いったい、誰なのか。
振り返った先にいたのは──まさかの人物だった。
「へ? な、なんで?」
絹のような銀色の長い髪を一つに結び、強気なつり目に、恐ろしく整った顔立ちの生意気そうな雰囲気の青年──彼は、私と同じとんがった耳をしていた。
紛うかたなき、フォレ・エルフである。
「お前、いつまでこんなところにいるんだよ、バカ!!」
「え、ええ、ラ、ランスこそ、どうしてここにいるのですか!?」
「どうしてって、お前が戻らないから、様子を見にきたんだよ!」
「いまさら!?」
彼の名前はランス・ハント。私の元婚約者だ。
魔力なし、器量なし、財産なしだからと、婚約破棄した張本人である。
服は王都で買ったのか、詰襟の上着に黒いズボン、それから革の外套をまとっていた。
「ちょ、ちょっと待って、ランス、落ち着いてください!」
「落ち着くのは、お前のほうだろうが!」
「いやいや、わ、私は、冷静です!」
ここで、アメリアとステラが、私とランスの間に割って入ってきた。
『クエクエ』
『クウクウ』
「な、なんだ、こいつら!」
「私と契約している幻獣です」
「は!? おまっ、なんで、勝手に幻獣なんかと契約してんだよ」
「……」
なんだろう。この人は、まるで私は今も婚約者であるかのように、話しをしてくる。
いったん、落ち着いたほうがいい。
そう思い、個室のある食堂へ行くことにした。




