メル、社交界デビュー!? その九
お・も・て・な・し、だって!?
「あ、あの、おもてなしって、具体的にどういうことをするのですか?」
「別に、難しいことではない。楽器の演奏をしたり、歌を歌唱したり、演舞を見せたりするだけだ」
「ええ~~!?」
なんだそれは! と叫びそうになったのを、ぐぐっと呑み込んだ。
楽器の演奏とか、歌声や踊りとか、森の奥地で育った私ができるわけがない。
今から練習しようにも、幻獣パーティーは一週間後だ。私は仕事があるので、毎日練習なんてできるわけがない。
頼みは、リーゼロッテだ。ちらりと横目で見ていたら、顔色が真っ青になっていた。
「あ、あの、リーゼロッテ、さん、どうか、しましたか?」
私のほうを見たリーゼロッテは、涙目だった。
「メル、わたくし、楽器の演奏も、お歌も、踊りも、自信がないの!」
「ええ~~!?」
本日二回目の「ええ~~!?」を叫んでしまった。
「リーゼロッテ、その、おもてなしで、できそうなものはあります?」
「ないわ。わたくしが、他人を楽しませる芸事を真面目に習っていたように見えて?」
「た、たしかに……」
リーゼロッテは生まれた時から、幻獣一筋なのだと主張している。幻獣への愛や興味が溢れていたので、他の芸事をしている暇などなかったのだろう。
「ど、どうしましょう?」
「……」
私達二人ができることなんて、何もない。
侯爵様のほうを見たら、眉間に皺を寄せて腕を組んでいた。何もしないということは許さん、といった雰囲気である。
「メル、何をしたら、皆を楽しませることができると思う?」
「う~~ん」
興行というわけなので、心から楽しませるものでなくてもいいのだろう。
「心がこもっていて、参加者全員に楽しんでもらえるものですかね」
「ええ……」
何か、何かあるはずだ。しかし、しかしだ。まったく何も思い浮かばない。
『キュキュ……』
エスメラルダが、囁くような声で言った。それを聞いて、ハッとなる。
「あ! そ、それが、ありましたね!」
「メル、彼女はなんて言ったの?」
「料理です! 料理だったら、全員を同じようにおもてなしができます」
「そうだわ!」
そうだった。私にも、できることがあるのだ。
「エスメラルダ、ありがとうございます!」
『キュッフ!』
エスメラルダはツンと澄まし、「別に、大したことではなくってよ」と言っていた。
そんなエスメラルダを、ぎゅっと抱きしめて褒める。嫌がるかと思ったけれど、案外大人しくしていた。
「でも、メル。料理って、私、ぜんぜんできないわ」
「大丈夫ですよ。料理は、誰にでもできますので」
「そ、そう?」
材料を量ったり、野菜や果物を剥いたり。簡単なことから始めたらいいのだ。
「だったらお父様、メルと、料理を作ることにしてもいい?」
「参加者は三十名ほどだぞ。その人数分、たった二人で用意できるのか?」
「大鍋でスープを作ったらいいんですよ」
「なるほど。ならば、大丈夫なのだな?」
「はい!」
「だったら、任せよう」
侯爵様の言葉を聞き、リーゼロッテと手と手を取り合って喜ぶ。
おもてなしは、なんとかなりそうだ。
◇◇◇
そんなわけで、私とリーゼロッテは旧エヴァハルト邸に戻り、スープの試作作りを行う。
大きな鍋と食材は、リヒテンベルガー侯爵家にあった物を借りてきた。
旧エヴァハルト邸の厨房は、大鍋が使える火口がないので、リーゼロッテの炎魔法で加熱することにした。
まず、庭に魔法陣を描く。その中心に、鍋を置いた。
「これで……よしっと。あとは呪文を唱えたら、加熱が可能よ」
「へえ、便利ですね!」
これは火が熾るものではなく、鍋の中身だけを熱する魔法らしい。
火が出ないので、火事の心配もないようだ。
『パンケーキノ娘ェ、何ヲシテイルノ?』
さっそく、アルブムがやってくる。料理を始める場に、アルブムの姿あり、だ。
「幻獣パーティーで出す、スープの試作をするのですよ」
『ソウナンダ! アルブムチャンモ、手伝ウネ!』
「ありがとうございます」
アルブムの中で完全に、お手伝いをしたら料理をもらえるという方程式が完成しているらしい。まあ、間違いじゃないけれど。
人の食料を奪っていた時に比べたら、ずいぶんと成長しただろう。
「メル、それで、どんなスープを作るの?」
「小玉蕪と鶏肉のスープにしようかなと」
コインよりも小さい蕪で、今が旬だ。皮を剥かずとも、そのまま煮込んで食べられる。
皮を剥く手間が省けるだろう。
丸鶏はそのままの状態で鍋に入れる。三十人分なので、二羽だ。
続いて、小玉蕪をゴロゴロ投入した。
他に、干しキノコと香味野菜を入れる。あとは、ぐつぐつ煮込むだけだ。
「案外簡単なのね」
「そうなんですよ」
忙しい時は、小玉蕪のスープに限る。野菜を剥くのは、大変な手間なのだ。
「わっ、魔法で煮込むと、火の通りが早いですね!」
一時間ほどで、材料に火が通ったようだ。
丸鶏を鍋から上げ、ナイフで肉を削ぐ。
「骨は捨てて、肉は鍋に戻します」
それをさらに煮込み、塩コショウで味を調えたら『小玉蕪と鶏肉のスープ』の完成だ。
まずは、リーゼロッテに食べてもらう。蕪を匙で割ったら、ほろりと崩れた。
「この蕪、とても柔らかいわ。それに、とっても甘い!」
この時季の蕪はとってもおいしい。私も、食べてみる。
「んん~! 鶏肉とキノコの出汁が利いていて、とってもおいしい!」
鶏肉は驚くほど柔らかい。さすが、侯爵家御用達の高級肉だ。
アルブムは口の中を火傷しないよう、蕪にふうふうと息を吹きかけていた。
冷えたあと、パクリと食べる。
『ア~~、スープガ蕪ノ真ン中マデシミテル~~!』
お気に召していただけたようで、何よりだ。
試作スープは大成功!
あとは、幻獣パーティーの前日に作るだけだ。




