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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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メル、社交界デビュー!? その六

 今日は朝から一人会議室に向かう。

 こういうことは初めてなので、ドキドキしていた。


『パンケーキノ娘ェ、待ッテ!』


 一人で行く決心を固めたら、アルブムがあとからついてくる。

 仕方がないので、首に巻いて連れて行ってあげることにした。


『今日ハ、何ヲシニイクノ?』

「兵糧食の改良会議です」


 遠征部隊の兵糧食がマズすぎて、騎士達の士気が下がっているらしい。そこで、新しい兵糧食を開発しようと、私に声がかかったのだとか。

 今まで、専属の工房に注文していたようだ。

 なんと、二世紀近く兵糧食のレシピが変わっていないらしい。

 なぜ、今まで改良しなかったのか。

 たぶん、兵糧食はマズくて当たり前、という諦めの感情があったのかもしれない。


 それにしても、緊張する。

 会議に参加しているのは、各部隊の副隊長クラスだと聞いている。私みたいな平隊員が参加してもいいものか。

 と、不安を募らせているところで、視界の端でクッキーを食べるアルブムが映った。


「あ、アルブム! 私の肩で、クッキーを食べないでください。クッキーのクズが落ちるでしょう」

『クッキーノクズハ、アトデ拾ッテ食ベルカラ平気!』

「そういう問題ではありません!」


 なんか、アルブムと話をしていたら脱力してしまった。

 緊張も解れたような気がする。


「よし!」


 気合を入れて、会議室の中へと入った。


 ◇◇◇


「こちらが、今回兵糧食改良プロジェクトのサポートをしてくれる、メル・リスリスだ」


 遠征部隊の総隊長が、丁寧に紹介してくれた。

 目の前には、遠征部隊の副隊長達が円卓を囲んで座っている。

 年齢は三十代半ばから、四十代くらいだろうか。

 年功序列の騎士隊で、副隊長といったらこれくらいの年齢なのだろう。

 第二遠征部隊は隊長が二十歳と若いので、あまり年の離れていないベルリー副隊長が抜擢されたのかもしれない。


 紹介が終わると、私は引きつっているであろう笑顔を浮かべ、「どうぞよろしくお願いいたします」と言って頭を下げた。

 席に着こうとしたら、アルブムが手を上げて勝手に自己紹介を始めた。


『アルブムチャンダヨ!』


 騎士隊のおじさま達は、初めて見るであろう妖精に驚く者もいたり、生真面目に会釈する者もいたりと、反応はいろいろだった。


 アルブムのおかげで、会議室の張りつめた空気は多少和らいだような気がした。


「では、始めるとしよう」


 円卓に置かれたのは、現在採用されている兵糧食だ。

 まずは、歯が欠けそうなほど硬いカタパン。試食用に開封される。

 口に含んでみたが、とても噛み砕けそうにない。石のようだ。


『パンケーキノ娘ェ、コレ、食ベ物ジャナイヨオ』


 アルブムから、食材ではない扱いをされている。

 私とアルブム以外、誰もカタパンに触れようとする者はいなかった。


 続いて出されたのは、粉末ジュース。森林檎味と、木苺味があるようだ。

 ためしに、水に溶かしてみる。


「……んん?」


 水を匙でぐるぐる混ぜているが、いつまで経っても粉が溶けない。


「あの、これ、お湯で溶かすわけではないですよね」

「ああ。一応、水で溶けるように作っているはずだ」

「な、なるほど」


 最後まで、粉が完全に溶けることはなかった。

 飲んでみたが、薄いしちょっと薬みたいな味がする。

 アルブムも一口飲んでいたが、『粉ッポイ!!』と叫び、険しい表情を浮かべていた。


 三品目はチーズ。これも、カタパン同様石のように硬い。

 ナイフで切り分け、食べてみる。


「……なんか、砂っぽいジャリジャリ感が気になります」

『オイシクナ~イ』


 他に、煉瓦のようなチョコレートに、タオルを噛んでいるような干し肉、油でギトギトな魚のオリヴィエ油漬けに、カピカピのソーセージと、残念過ぎる兵糧食の試食が続いた。


 ──ぜんぶ、マズイ。


 他の遠征部隊は、任務中はこれらを食べていたなんて。気の毒過ぎる。


「あの、これ、保存期間はどれくらいですか?」

「一ヵ月ほどだ」


 こんなにマズイのに、一ヵ月しか保たないなんて。

 兵糧食を前にした騎士達は、切なそうにしていた。きっと、これらを食していた時の思い出が、走馬灯のように甦ってきているのだろう。


「えっと、私が遠征に持って行っていた兵糧食を持ってきました」


 特製干し肉に、干し野菜、二枚貝のオリヴィエ油漬け、ふわふわ天然酵母パンに、米で作ったあられ、クラッカー、キャラメル、栗の甘露煮などなど。


 ズラリと円卓に並べ、試食してもらった。


 一口大にカットしたパンに二枚貝のオリヴィエ油漬けを載せ、総隊長に差し出す。


「どうぞ」

「うむ」


 パクリと、一口で食べてしまう。ドキドキしながら見つめていたら、総隊長の口元に笑みが浮かんだ。


「これは──うまい!! 二枚貝の身はプリプリで、パンは香ばしい。これが、本当に兵糧食なのか?」

「はい。どれも、三ヵ月ほど保存可能ですよ」

「なんと!」


 レシピも作ってきたので、総隊長に手渡す。


「ふむ……どれも、素晴らしい。本当に、これらを騎士隊で採用してもいいのか? もちろん、無償ではないが」


 なんと、私のレシピに報酬が出るようだ。


「レシピ一品につき、金貨一枚支払おう」

「え!?」


 金貨一枚といったら、私の半月分の給料だ。

 そんなにもらっていいものか。戸惑ってしまったが、総隊長は私に諭すように言う。


「お前が拒否すれば、もしも次回、兵糧食の改良をするさい、考えた者は報酬を貰えなくなる。報酬を与えたという実績は、大事なのだ」

「あ……そう、ですよね。わかりました」

「感謝するぞ」


 試食で持ってきた兵糧食はどれも好評だった。なぜか、アルブムまで試食に参加していたけれど。

 あとは、レシピは工房に渡り、商品開発のための試作が行われるという。

 大量生産するために多少のアレンジが入るらしい。

 どんな兵糧食が生まれるのか、楽しみだ。


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