メル、社交界デビュー!? その四
シエル様がキャンプで作った温かい葡萄酒を飲みたいというので、作ってみる。
カップに分けているところで、ザラさんが帰ってきた。
シエル様とアリタは、カップを持ったままどこかへ行こうとする。
「あれ、二人共、どこに行くのですか?」
「しばし、散歩だ」
「カップを持って、ですか?」
「ああ、そうだ。しばし、火の番を頼むぞ」
「はあ、いいですけれど……」
歩きながら飲むなんて、難しいような気もするけれど。
シエル様はアルブムも掴んで、歩きだす。
『エ、アルブムチャン、パンケーキノ娘ト、離レタクナイン、デスケレド!』
「いいから、付き合え」
『ヤダ~』
『イタチ妖精君、お菓子あるよ』
『エ? ア、ワ~イ、食ベル~!』
なんというか、アルブム……単純なヤツ。
そんなことはいいとして。
「ザラさん、おかえりなさい!」
「ただいま、メルちゃん。隣、いい?」
「はい、どうぞ!」
アルブムが今まで座っていた麻の干し草座布団を勧める。
腰かけたザラさんに、温めた葡萄酒を手渡した。
「温かいわ」
「できたてで熱いので、ふうふうしてくださいね」
「ありがとう」
秋とはいえ、夜は冷える。私もふうふうしてから、葡萄酒を飲んだ。
体の内側から、ポカポカしだしたような気がした。
「ザラさん、今日はどちらへ?」
「……」
「あ、ごめんなさい。言いたくなかったら、答えなくてもいいです。すみません」
「いえ、いいの。言えるわ」
そう答えたのに、ザラさんは苦しげな表情を浮かべたまま、押し黙る。
なんとなく、異動や貴族への養子関連な気がした。
聞いてはいけないことを、聞いてしまったようだ。
すぐさま、話を逸らす。
「ザラさん、見てください。あの星、導きの星ですよ」
「導きの、星?」
「ええ。旅人が道に迷ったら、あの星を見て正しい道に戻るのです」
「正しい、道……」
「知りませんか? 『緑の外套の旅人』っていう物語を」
「知らないわ」
有名な物語かと思っていたが、そうではないらしい。
緑の外套の旅人というのは、流行り病で困窮した一族を救うため、代々伝わる宝である緑の宝石を都へ売りに行く旅人の話だ。
旅人は何度も、騙されそうになったり、宝石をなくしたりする。
そのたびに、旅人は父親に聞いた言葉──「道に迷ったり、困ったりしたら、導きの星を見上るといい。きっと、正しい答えへと導いてくれる」──を思い出す。
旅人は導きの星の不思議な力で、困難を打開するのだ。
「でも、導きの星は不思議な力なんてなくて、問題を解決したのは、旅をすることによって経験を重ね、強かになった旅人の力だったのですが、驕らず最後まで信じていたのですよ」
まっすぐに前を見据え、信じていた者は救われる。そんな話だ。
「現実は、物語のように上手くいきません。けれど、信じるものがある人は、強くなるんだと私は思っています」
「メルちゃん……」
葡萄酒を一口飲む。話し込んでしまったので、すっかり冷えてしまった。
「あの、これ、温めなおしますか?」
「いいえ、大丈夫。それよりも、話を聞いてくれる?」
「あ──はい」
ふっきれたのか、ザラさんはいろいろと事情を話してくれた。
「養子の話なんだけど、申し出てくれたのはエヴァハルト家の大奥様なの」
「ああ、そうだったのですね」
ザラさんと繋がりのある貴族なんて、リヒテンベルガー侯爵しか思いつかなかった。
地方で療養しているエヴァハルト夫人が、養子縁組を望んでいたようだ。
そういえば、エヴァハルト夫人はザラさんを気に入っていたような気がする。
「エヴァハルトの大奥様の幻獣、ノワールと私が正式に契約を交わすのと同時に、養子縁組をしたいと申し出てきたようなの」
エヴァハルト夫人は資金を工面し、この旧エヴァハルト邸をリヒテンベルガー侯爵から買い戻すらしい。そして、屋敷をザラさんに相続したいと考えているようだ。
「大奥様のご子息も、私が窓口になってくれるなら、賛成だと言っていて」
「そういえば、親子喧嘩をしていましたね」
「ええ。長い間、どうしようか迷っていたのだけれど……」
この話は、けっこう前からあったらしい。けれどザラさんは、ずっと迷っていたようだ。
「こんな大きな屋敷、私に管理できるのかとか、貴族の付き合いとかも、不安で」
その気持ちは、よくわかる。私なんて、夜会に招かれただけで呼吸困難になったのだ。
ザラさんの不安は、それ以上だろう。
「でも、メルちゃんの緑の外套の旅人の話を聞いて、決心がついたわ。私、今回の話を、すべて受けようと思うの」
「ザラさん……」
全部ということは、騎士隊の異動も含んでいるのだろう。
なんだか、ザラさんが遠い存在になったようで寂しい。
けれど、ザラさんの頑張りは応援したい。
「それで、メルちゃん」
「はい?」
「お願いがあるの」
「なんなりと!」
ザラさんは真剣な眼差しで、じっと私を見る。
頑張れと手を握ったら、驚いた顔をされた。
「私は、いつだってザラさんの味方です。応援しています」
「だったら、私の導きの星に、なってくれる?」
「もちろんです!」
答えてから、ふと我に返る。導きの星とは、どんなお仕事なのかと。
しかし、ザラさんが満面の笑みを浮かべたので、まあいいかと思うことにした。




