キャンプに行こう その六(終)
一時間ほど歩いたら、開けた場所に到着した。
本日は小さな家の形になるテントを張る。いつもは雨除けだけとか、何もないところで横になることとかもあったのでとても嬉しい。
ベルリー副隊長と私、リーゼロッテとスラちゃんで、テントを組み立てる。
風で飛ばないよう、杭を地面に埋め込んでテントの布地と繋げる。簡単な作りなので、あっという間に完成した。
男性陣は、二組に分かれるようだ。
隊長とガルさん、ウルガスとザラさん。
ウルガスは嬉しいのか、ニコニコしていた。きっと隊長と一緒ではなかったので、喜んでいるのだろう。
テントが完成したら、ゴロリと横になりたい。
けれど、しっかり歩いたので、少々小腹がすいてきた。
「リーゼロッテ、焚火を作ってもらえますか?」
「ええ、いいわよ」
氷の大精霊様より指導を受けたリーゼロッテは、魔法の制御ができるようになった。
最近は料理用の火も、任せられる。
野営地の中心に、魔法の火が点った。
ウルガスは寒かったのか、火にあたりにくる。
秋の夜は冷えるのだ。私も、冷え切っていた手を火にかざす。じんわりと、優しい温かさが伝わってきた。
「しかし、魔法は便利ですねえ」
ウルガスはしみじみ言う。薪はいらないし、後始末も楽だ。
「ウルガス、リーゼロッテの魔力が消費されたうえでの火ですからね」
「あ、ありがたく、ぞんじます……!」
「これくらいの火だったら、なんてことのない消費量よ」
「だったら、よかったです」
さてと。これからがお楽しみの時間だ。
鍋に先ほど採った森葡萄を入れ、ワインを注ぎ入れる。これを、火にかけるのだ。
アルコール分は沸騰させて飛ばす。
葡萄の甘い匂いが、ふわ~りと漂ってきた。
「ああ~~、リスリス衛生兵、この匂い、たまりません!」
「ですよね!」
葡萄がちょっぴりくたくたになったら、『スペシャルホット葡萄ジュース』の完成だ。
秋の味覚をふんだんに使った、特別な一杯といえよう。
「おい、リスリス、何を作っているんだ?」
「葡萄ジュースです」
甘い物が苦手な隊長は「ゲッ!」という表情となった。
「変な加工はしなくていいから、ワインをそのまま寄越せ」
「これ、安いワインなので、そのまま飲んでもきっとおいしくないですよ」
「む、そうなのか」
それに、このワインは私の私物ですので。
隊長やガルさん、ザラさんには、香辛料をたっぷり入れた『スパイシーホットワイン』を作ってみた。
リーゼロッテが魔法で作った焚火を囲んで、温かい飲み物を口にする。
「は~~~~!!」
長い溜息をついたのは、ウルガスだ。まるで、お風呂に入ったおじいちゃんのようである。
リーゼロッテは頬を赤く染めながら、葡萄ジュースを飲んでいる。
甘くて、風味豊かで、体の芯から温まる。
半分くらい飲んだら、匙で葡萄を掬って食べるのがまたおいしい。
「は~~~~~!!」
あまりのおいしさに、ウルガスみたいな溜息が出てしまった。
続いて、メインである。
鉄串に刺すのは、ソーセージ。これを、火で炙って食べるのだ。
「みなさん、鉄串は熱くなるので、注意してくださいね」
厚い革手袋をはめ、鉄串に刺したソーセージを火で炙る。これが、なかなか難しい。
「メル、なんか、焦げてきたわ」
「リーゼロッテ、火に近づけすぎです」
『アア、熱ッ!』
アルブムのソーセージの皮が破けて、肉汁が飛んできたようだ。気の毒としか言いようがない。
みんな、真剣にソーセージを焼いている。その光景は、ちょっと面白い。
ほどよい焼き色が付いたらそのまま齧るもよし、好みの味付けをしてもよし。
『アルブムチャンハ、辛子ニシヨウカナ!』
妖精のくせに、渋い選択をする。
私はシンプルに、コショウにした。
リーゼロッテは塩をかけるようだ。ベルリー副隊長は、唐辛子を振っている。
ガルさんは黒コショウ派。
ザラさんは、赤茄子ソースに絡めるようだ。
ウルガスは塩とコショウ、両方振っていた。
隊長は何も付けず、そのまま齧っていた。食べる様子が豪快だ。
ソーセージの皮はパリッパリ! 中から肉汁がじわりと溢れてくる。
肉はプリプリで、歯ごたえ抜群だ。とても、おいしいソーセージだった。
「酒が飲めたら、完璧だったな!」
「隊長、一応これ、任務ですので」
「わかっている」
酒を飲むキャンプは、ぜひともプライベートでお願いします。
隣に座るリーゼロッテが、そっとため息を吐いていた。
「リーゼロッテ、どうしたのですか?」
「え?」
「溜息を吐いていたので」
「あ、ごめんなさい。なんだか楽しくて……」
そう言っていたが、何か憂いを含んでいるように思えたのだ。
「具合が悪いのですか? それとも、何か心配事でも?」
「メルには、隠し事ができないのね」
「悩みがあるのですか?」
「ええ。ちょっとだけ。聞いてくれる?」
というか、全員がいるこの場で聞いてもいいのか。
「あとで、ゆっくりでもいいですよ?」
「いえ、いいわ」
リーゼロッテは居住まいを正し、まっすぐ前を向いて話し始める。
「──私、今回の社交期で、社交界デビューをするつもりなの」
「ええ!?」
幻獣マニアで、社交界に一度も顔を出さなかったリーゼロッテが、社交界デビューをすると!?
「このままではいけないと、思っていたの」
「このままとは?」
「自由気ままに、自分がしたいことだけをするということよ」
リーゼロッテはリヒテンベルガー侯爵家の跡取りだ。女性も爵位継承できる決まりがある以上、リーゼロッテは家を次代へ継ぐために結婚をしなければならない。
「幻獣の周知を目的に騎士隊に入ったけれど、十分目的は達成したと思うの。すごいと思わない? 幻獣が、騎士隊の一員として認められているのよ?」
アメリアとステラは、任務の活躍が認められ、正式に騎士隊の幻獣となっている。
幻獣保護局が騎士隊の上層部にかけあった成果でもある。
「お父様だって、ずっと生きているわけではないし、幻獣保護局の仕事だって、引き継がなきゃいけないし」
「そう、ですね」
「でもわたくし、騎士隊の仕事もやりがいがあって、みんなのことも、大好きだから……少し、寂しくて」
リーゼロッテの声が震える。
いつも素直じゃないリーゼロッテが、本心を語ってくれるなんてとても嬉しいことだ。
「リーゼロッテ……」
リーゼロッテを抱きしめ、背中を撫でる。
本当に、頑張った。世間知らずのお嬢様だったけれど、泥にまみれ、たくさん擦り傷も作って、立派に戦った。
リーゼロッテは負けず嫌いだった。しかしそれが、彼女の強みだっただろう。
不屈の精神で、何事も乗り越えてきたのだ。
「わたくしを、受け入れてくれて、ありがとう」
リーゼロッテが泣くより早く、私の眦から涙が……。
ウルガスも涙をポロポロ流していた。
ガルさんは耳を伏せ、しょんぼりとしている。スラちゃんはウルガスにハンカチを差し出していた。
ザラさんとベルリー副隊長は、残念そうに肩を竦めている。
アルブムは食べかけのソーセージを手にしたまま、目を丸くしていた。
隊長はホットワインを一気に飲み干して言った。
「お前は、立派な騎士だ。最後の日まで、騎士の名に恥じない働きをするように」
リーゼロッテは涙を流し、「了解」と返した。
◇◇◇
そんな感じで、一日目はしんみりと終わったが、二日目はみんな明るく楽しく過ごした。
あっという間に、時間は過ぎて行く。
キャンプ地は魔物もいないし、大型の野生動物もいない。
きっと、他の人達も充実した休日を過ごせるだろう。




