キャンプに行こう その二
ガタンゴトンと馬車は揺れる。
車体は上下左右に激しく動いていた。それはまるで巨人が馬車を掴み、振っているような振動である。
昔、仕事をせずに妹達と遊んでいたら、母にお尻を叩かれたことがあった。
その当時を彷彿とさせる乗り心地である。
アルブムはこういう時だけニクスの中に入り込み、難を逃れている。こういう強かさが、大事なのかもしれない。
リーゼロッテは歯を食いしばり、衝撃に耐えている。
可哀想に、お嬢様なのにこんな馬車に乗せられて……。
「リーゼロッテ、大丈夫ですか?」
「え、ええ。ぜんぜん、平気……きゃあ!」
馬車の車輪が石に乗り上げたようで、車体が大きく揺れた。
私やリーゼロッテは、軽く浮き上がったような気がする。
リーゼロッテは倒れ、私は馬車の中を転がる。
ゴロゴロゴロと勢いよく転がり、扉にぶつかりそうになった。
目を閉じて、衝撃に備えたが──ぶつかる寸前で体が停止する。
「え!?」
なんと、スラちゃんが私の腰に巻き付き、助けてくれたのだ。
「ス、スラちゃん……ありがとうございます!」
私が手を振ると、ひも状になったスラちゃんはぶんぶんと振り返してくれた。
振り返ると、スラちゃんを巻き付けた槍を持つガルさんが。
どうやら、私は二人に助けられたらしい。
「ガルさんも、ありがとうございます!」
「おい、リスリス。お前は危ないから、そのままぐるぐる巻きになっておけ」
「え~っと、ガルさんとスラちゃんが構わないのであれば、ぜひ」
ガルさんはコクコクと頷き、スラちゃんは丸を作ってくれた。
「ありがとうございます。助かります」
ガルさんの隣に座ろうとしたら、さっと尻尾を出してくれた。
「え、ガルさん、尻尾に座ってもいいってことですか?」
ガルさんは深々と頷く。
リーゼロッテも手招いて、座ってもいいと勧めてくれた。
「私達が座ったら、重たくないですか?」
ガルさんは首を横に振り、問題ないという。
「では、ご厚意に甘えて」
リーゼロッテを呼んで、ガルさんの尻尾に座らせてもらった。
なんていうか、ガルさんの尻尾ふわふわ……。
夢心地だ。
衝撃はだいぶ和らいだ。
再び大きく車体が揺れたが、軽く跳び上がった程度だ。転がりまわるほどの衝撃はない。
しかし、今度はウルガスが派手に転んでいた。
「へぶし!!」
床におでこを打ち付け、涙目である。可哀想に。
そんなウルガスに、隊長が助言する。
「ウルガス、尻をふんばっとけ!!」
「どうやって、尻をふんばるのですか?」
「気合いだ!」
「ええ~~……」
お尻をふんばるとはいったい……?
私やウルガスのような普通の人には、できない芸当なのかもしれない。
◇◇◇
一時間ほどで到着した。
森の入り口にはちょっとした小屋があって、開放していた時は杖や雨具などを貸出ししていたらしい。今は扉に板が打ち付けられている。
「ここだな」
「みたいですね」
私達をここまで運んでくれた御者役の騎士は、手を振って戻っていった。二日後に、迎えに来てくれるようだ。
一見して、その辺にある森の入り口と変わらない。
しかし、一歩足を踏み入れると、違うことがわかる。
森の中に木の板で作った歩道があった。そこは、大人二人が並んで歩けるくらいの広さだ。
木々は空に覆い被さるように生え、木漏れ日が差し込んでいる。
人間が快適に歩けるように作られた道なので、幻獣であるアメリアやステラは狭くて通りにくいだろう。
放置されていたので、ところどころ木の板に打ち込まれた釘が出ている。
「足元気を付けろよ。ベルリーは危険なところを記録しておけ」
「了解」
隊長を先頭に、森の中を歩いていく。
「わっ! 大傘茸!」
手のひらよりも大きいキノコが、たくさん生えている。
「これ、バターで炒めて、キノコステーキにしたら美味しいんですよ」
大傘茸を人数分籠に入れて行く。
今日は森で採れる植物の調査も任務の一つなので、秋の味覚が採取し放題なのだ。
「こんなもんですか──ヒッ!」
振り返った先にいた隊長の顔が怖すぎて、悲鳴を呑み込んでしまった。
「た、隊長、採取、してもいいんですよね?」
「ああ、好きにしろよ。待っているから」
「……」
絶対、待つのが嫌な人の表情だ。短気なんだから。
私は鋼の心を発動させ、食料を採っていく。
「リスリス衛生兵、真っ赤なキノコがありますよ!」
「ウルガス、アレは毒キノコです」
「ええ~~!」
この時季、かならず毒キノコを食べて魔術医の先生のお世話になる人がいた。
「森育ちのエルフでも、キノコの種類を間違うんですね」
「ええ。見た目は食用のキノコとほぼ同じ毒キノコとかありますから」
「恐ろしいです」
たとえば、さっきの大傘茸も、似た毒キノコがある。
「ほら、これ。大傘茸に見えますが、毒キノコですよ」
「ええ~~。まったく同じに見えます」
「裏返したら、違いがわかります」
毒があるほうは、笠の裏側が真っ黒なのだ。
「あ、本当っすね」
「私から見たら、キノコの形も違いますけれど」
「リスリス衛生兵にはわかるのですね~」
説明したあと、ウルガスと同時に振り返る。
そこには腕組し、険しい表情をした隊長がいて、二人揃って悲鳴を上げてしまった。
「「ヒエエエエエエ!!」」
「なんの悲鳴だ!」
あまりにも、顔が怖かったので。
ウルガスと共に、すみませんと平謝りした。




