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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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挿話 ジュン・ウルガスの騎士隊奮闘記録

 朝、ルードティンク隊長より、新しい隊員を迎えに行くように命じられる。

 聞けば、衛生兵とのこと。

 やっと来てくれたのかと、深い安堵感を覚える。

 これまでの日々を思い出し、目を細めた。辛かった記憶が、走馬燈のように蘇ってくる。


 ◇◇◇


 ――今からちょうど三ヶ月半前、ルードティンク隊長はマノン衛生兵と大喧嘩した。


 イルギス・マノンは第十五遠征部隊にいた第一衛生兵。なぜ、優秀な衛生兵がうちの部隊にいたのか謎だったけれど、理由はすぐに判明した。

 マノン衛生兵は三十代後半くらいのおじさんで、慇懃無礼な態度に加えて、俺達のことを大いに見下していたのだ。思い出しただけで、身震いしてしまった。

 遠征先で何時に寝ろとか、パンと干し肉、交互に食えとかは可愛いもの。

 健康のために食べ物は五十回以上噛めとか、現地で見つけた木の実を食べるなとか、行動の一つ一つに口を出してくるのがとにかく鬱陶しかった。

 ルードティンク隊長は、よく我慢していたと思う。上位職の資格を持つ、マノン衛生兵に敬意を払っていた。

 けれど、ある日キレた。

 遠征四日目、魔物退治で疲れ切った朝、髭を剃るのを忘れていたら、汚い顔だ、隊長として相応しくないと言われてしまったのだ。

 ルードティンク隊長は、マノン衛生兵より手渡された新品のカミソリ片手に、ご乱心となった。

 この事件がきっかけで、髭を剃らなくなったのだ。顔が怖くなるし老けて見えるので、髭はないほうがいいけれど、誰も言えないでいる。

 その後、大変な口論となり、マノン衛生兵は第二部隊から転属した。

 やった~と喜んでいたけれど、思いがけない事態になる。ルードティンク隊長に、衛生兵を兼任するように命じられてしまったのだ。

 なんと、ルードティンク隊長は人事部とも大喧嘩をしたようで、マノン衛生兵に代わる人材はしばらく配属されないと言う。

 なんでも、人事部との喧嘩の原因はマノン衛生兵にあるらしい。あることないこと吹き込んでいたとか。酷いこともあるものだ。

 でもまあ、大人げなく喧嘩をするルードティンク隊長も悪いけれど。

 元々、周囲の人によく思われていないのだ。

 大貴族の生まれで、いきなりの隊長格への大抜擢。年功序列の騎士隊で、大きな反感を買っていた。そのことをルードティンク隊長もよくわかっていて、振る舞いには気を遣っていたようだけど、長年の鬱憤が、マノン衛生兵の一言で爆発してしまったのだろう。

 そんなことはさて置いて。

 衛生兵の座学会に行くように言われ、試験を受ければ一発合格。点数はギリギリだったけれど。見事、第三衛生士の資格を得てしまった。

 それから、目が回るような毎日だった。

 遠征任務が入れば、自分の荷物に加え、治療道具や兵糧の準備などをしなくてはならず、てんてこまい。慌てて食糧庫に兵糧食を取りに行けば、中が空になっていたのだ。

 数日前まであったのに、なぜ?

 ルードティンク隊長に聞けば、数日前にマノン衛生兵が私物を引き取りにきたらしい。その時に、食糧庫の中身も処分したのだろうと。

 マノン衛生兵は手作りの兵糧食を用意していた。健康に良いパンを焼き(※凄く酸っぱい)、健康志向の減塩干し肉(※凄く堅い)をせっせと自作していたのだ。

 輜重しちょう部へ兵糧食をもらいに行けと言われたので、走って向かった。


 第二部隊の兵舎から走って五分ほどの場所に、輜重部がある。

 輜重部とは、騎士隊の武器、服、兵糧食など、隊で消費される物を管理している部隊である。

 今回の遠征任命書を持って行き、数日分の兵糧食を支給するように言えば、首を横に振られてしまった。

 第二遠征部隊は兵糧食を予算として振り分けているので、現物支給はできないと。

 なんでそんなことになっているのかと頭を抱えたが、そういえばと思い出す。

 マノン衛生兵が、兵糧食は自分で作ったほうが安いし、栄養価が高く、美味しい物が食べられると言っていたことを。

 手作り兵糧食にそんな秘密があったなんて知らなかった。だったら、食糧庫の中のパンや干し肉は処分しないでほしかった。

 報告に行けば、街で適当にパンや干し肉を買って来いと言われる。ルードティンク隊長がお金を出してくれた。

 その時の遠征は最低最悪だった。

 街で買ったパンはすぐにカビてしまい、干し肉は味が変だった。

 なんでも、普通のパンや干し肉(※つまみ用の半生のやつだった)は保存用に作ってないので、数日持ち歩くことに向いていなかったらしい。

 ルードティンク隊長が現地で狩りをして、肉を食べながら飢えを凌ぐ。死ぬほど不味かったけれど。

 帰還後、隊長は輜重しちょう部へ掛け合った。兵糧食を現物支給してほしいと。

 けれど、答えは否だった。予算を振り分けたあとなので、急な変更はできないとのこと。

 というわけで、保存食を作るよう命じられた俺。どうしてこうなった。

 一応、図書館で保存食について調べ、自分なりに作ってみた。

 パンは薄く切って乾かし、干し肉は焼いて、煮て、干した。それが、信じられないくらい不味くて、初めのうちは転げ回った。

 けれど、人は不味いに慣れてしまうのだ。

 文句を言わなかったベルリー副隊長とガルさんには感謝をしなければいけない。

 ルードティンク隊長は、「不味い不味い」と言いながら食べてくれた。ありがた過ぎて涙が出る。


 こんな感じで、衛生兵を兼任する忙しい毎日を過ごしていた。

 そして、やっと、や~っと新しい衛生兵の配属が決まったのだ。


 ◇◇◇


 自尊心の高い第一衛生兵はお断りだと思った。

 噂話では、マノン衛生兵は前の部隊でも偉そうにしていたようで、隊長から反感を買って第二部隊に回されていたらしい。果たして、新しい部隊で上手くやっているのか。無理だろうなと思った。


 うちの部隊は遠征部隊の左遷先だと言われている。

 ベルリー副隊長は実力があるのに女性だという理由で昇格が認められず、辛く厳しい遠征部隊送りにされてしまった。

 ガルさんは無口で、隊長の反感を買ってしまい、第二部隊へ配属されたとか。

 俺は近衛部隊にいたけれど、下町生まれが発覚したので第二部隊へ異動となった。

 近衛部隊は家柄も重要視するらしい。別に隠しているわけじゃなかったのに、急に言われて戸惑った。

 馬鹿らしい決まりだ。


 けれど、個人的には規律などが厳しい近衛部隊よりも、自由な第二遠征部隊を気に入っている。

 ルードティンク隊長は口が悪いけれど、実力はあるし、尊敬もしている。

 ベルリー副隊長はなんか姐御! って感じで、頼りになる。

 ガルさんはぶっきらぼうだけど、優しい。


 マノン衛生兵が雰囲気を悪くしていただけで、残りの人達は上手くやっていた。

 ルードティンク隊長率いる第二遠征部隊ができて一年半ほど。

 今まで衛生兵だけ、そりが合わなかったらしい。

 そもそも、衛生兵というのは、知識人インテリが多い。「我らとは気が合わないのだ」と言って、ベルリー副隊長は諦めている。


 どうか、新しい衛生兵は良い人でありますように。

 祈りながら、人事部へと向かった。


 受付で第二部隊に配属された衛生兵を迎えにきましたと言えば、別室へ案内される。

 部屋まで歩く間、心臓が早鐘を打っていた。酷く、緊張している。

 やって来る衛生兵によって、俺達の遠征がどうなるか左右されるのだ。

 頼むから、偏屈な人でありませんようにと、何度も願望を心の中で繰り返す。


 扉を叩き、中へと入る。

 長椅子とテーブルだけの殺風景な部屋に、新しい衛生兵は一人で座っていた。


 その姿を見て、思わず「え!?」と驚きの声をあげる。


 何かの間違いだと思った。

 なぜならば、そこには十五か、十六くらいの女の子がいたからだ。


 入って来た俺の顔を、きょとんとした表情で見上げている。

 入口で呆然としていたら、人事部の人が紹介してくれた。

 彼女は新人衛生兵のメル・リスリスだと。

 成績優秀で、第三衛生士の中では試験では首位だったらしい。そんな優秀な人が、なぜ第二部隊に? 不安がよぎる。

 けれど、次なる一言を聞いて、安堵することになった。

 彼女――リスリス衛生兵は実技の治療も優秀。けれど、護身術や荷運びなど、体力面が新人衛生兵の中で最下位だったとか。

 とりあえず、癇癪などの問題を起こして配属されたわけではないので、ホッとする。

 ぎこちない感じで自己紹介をして、第二部隊の隊舎へと案内することになった。

 いまだ緊張状態で廊下を歩いていた。男だらけの騎士隊で、十代の女の子と話す機会なんてまったくない。どんな話題を振っていいか、まったくわからなかったのだ。

 なんというか、リスリス衛生兵は背は小さく、肌は驚くほど白くて、目はくりっとしている。普通に可愛い女の子だ。結婚適齢期だろうに、どうして騎士隊に入隊なんかしたのか。そこで、彼女がエルフであることに気付いた。

 もしかして、回復魔法が使えるのか。何気なく質問をしてみれば、「できない」と低い声で返された。どうやら、すべてのエルフが魔法を使えるわけではないらしい。悪いことを質問してしまった。

 それから、一言も喋らないままで第二部隊の隊舎へと戻った。


 ルードティンク隊長、ベルリー副隊長、ガルさんはリスリス衛生兵を見て驚いていた。

 それも仕方がないだろう。

 女性で騎士になる人といえば、ベルリー副隊長みたいな騎士の家系とか、体格に恵まれた人のみで、リスリス衛生兵みたいな普通の女の子はいないからだ。

 理由は聞けない。わけありだろう。もう少し打ち解けたら、聞いてみたいと思っている。

 大人しい性格なのかと思っていたら、人見知りをしているだけだった。

 俺が一つ年下だとわかれば、お姉さんぶってどんどん話しかけてくれるようになる。

 その様子は微笑ましいの一言。

 遠征任務とか大丈夫かなと思ったけれど、きつい移動にもついて来た。

 さらに、現地で美味しい料理を作ってくれる。

 治療も文句を言わないでしてくれるし、薬草の知識は凄いと思った。

 リスリス衛生兵は、素敵な衛生兵だったのだ。


 ルードティンク隊長は普通の女の子にしか見えないリスリス衛生兵相手に、どういう風に接すればいいのか、わからない様子だった。雑な扱いだけはしないでほしいと思う。

 ベルリー副隊長は、よく笑うようになった。今まで第二部隊に女性が一人だけで、気を許す相手がいなかったのかもしれない。良い変化だ。

 ガルさんは毛並みがよくなった。リスリス衛生兵からもらった薬草軟膏で手入れをしているらしい。


 そんな感じで、第二部隊にも大きな変化が訪れたのだ。


 これからも、頑張ってほしいと思う。

 心からそう思った。


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