新しい遠征ごはんの食材
本日は待ちに待った休日!
ザラさんと一緒に、市場に出かけるのだ。
ちなみに、リーゼロッテを誘ったけれど、「人混みは嫌」と断られてしまった。
アメリアとステラは大きすぎるので連れて行けない。
残ったのは──魔石獣のエスメラルダ。
遠征に行っている間、意外といい子でお留守番していたらしい。
幻獣保護局のお姉さん達が、メロメロになっていた。
いったいどんな様子だったのか報告書に目を通したら、特に接触はしていなかったようだ。私が作った保存食を使った料理をエスメラルダがモグモグと食べる様子を、ひたすら愛でていただけだったようだ。
そんなエスメラルダは、遠征明けに迎えに行くとツンとすまし顔をしながら言った。
『キュ、キュキュッ!』
通訳をすると、「ぜんぜん、寂しくなんてなかったんだからね」だと。
本心はさておき、問題なくお留守番できてよかった。
今回の大森林は、過酷な場所だったから、エスメラルダには辛かっただろう。
「エスメラルダ、一緒にお買い物に行きませんか?」
『キュウ~~』
「ええ~~」みたいな反応をされる。人混みは嫌、みたいな。リーゼロッテとまったく同じ反応を示してくれた。
「新しいリボンを買ってあげますよ」
『キュ!?』
リボンには反応を示す。やはり、アメリアやステラと同じく、女の子だからだろう。
「一緒に行きましょう」
『キュキュ!』
エスメラルダは「まあ、どうしてもと言うのならば仕方がないけれど」と返してくれた。
天鵞絨の布を敷いた籠にエスメラルダを乗せる。
身支度を整え、ザラさんと共に市場へ出発した。
◇◇◇
「はあ~~、今日も人が多いですね」
「ええ、そうね」
いつものことだけれど、市場は賑わっていた。
まずはザラさんと共に、エスメラルダに似合うリボンを探す。
リボンやレースを扱う露店を覗き込む。
「エスメラルダの毛色に合うのは、どれでしょう」
「難しいわねえ」
エメラルドグリーンに輝く毛並みは、リボンで結ばずとも美しい。
そのままの姿でいいじゃんと言いそうになった。
しかし、私は知っている。
リボンや帽子でオシャレをしているアメリアやステラを、羨ましそうに見ていたことを。
一度、リボンがほしいかと聞いたことがあった。
しかし、その時は「い、いらないわ」とツーンとされてしまった。本当は欲しいくせに、素直じゃない。
今日は良い機会だろう。
「エスメラルダ、欲しいリボンはありますか?」
『キュウ……』
エスメラルダは籠から身を乗り出し、真剣な様子でリボンを選んでいる。
その中で、真っ赤なリボンに視線が釘付けになっていた。
それは絹のリボンで、少々値が張る。
さすがお嬢様だ。お目が高い。
「そのリボン、いいわね。メルちゃんとお揃いで、買ってあげるわ」
「え、そんな! このおリボン、いいお値段ですよ」
「いいわ。メルちゃんとエスメラルダに似合いそうだし」
ザラさんはリボン屋のおかみさんに、カットをお願いしている。
「はい、どうぞ。こっちは、うさぎちゃんの分」
「ありがとうございます」
ザラさんに籠を持ってもらい、エスメラルダに結んであげる。
「エスメラルダ、似合っていますよ」
『キュ、キュウ』
エスメラルダは、「あ、当たり前じゃない」と言っていた。
私も、二本にカットしてもらった赤いリボンを結んでみる。
「メルちゃんも、とっても似合っているわ」
「ありがとうございます」
褒められると、照れてしまう。
照れ隠しに笑ったら、「でへへ」と可愛くない声がでた。どうして私はこうなんだ。
しかし、ザラさんはニコニコしていた。
おかみさんが鏡を差し出してくれたので、エスメラルダと一緒に覗き込んでしまった。
◇◇◇
続いて、食品が並ぶ商店を覗くことにした。
「何か、新しい遠征ごはんを作りたいんですよね」
「でも、遠征中は限られた食材と環境だから、難しいのよね」
「そうなんですよ」
任務は辛いので、特別においしいものをたべてほしい。
何かいい食材はないのかと探していると、声の通るいい声が聞こえた。
「こちらは、ネッス地方特産の、芋チップス! なんと、お湯を注いだだけで、潰した蒸かし芋が作れるんだ!」
なんですと!?
声かけをしているのは、芋を専門的に売る商店のようだ。
ネッス地方というのは、芋の産地として有名らしい。
芋みたいな頭の若い店主が、よく通る声で説明していた。
「こちらの芋チップスは開発に十年もかかった商品でして、時間をかけずに潰した蒸かし芋を作ることを可能とします」
蒸かし芋といったら、芋を茹でで皮を剥くという時点でかなり時間がかかる。さらに、潰し作業が加わるので、けっこう面倒くさい。
それがいらないと?
どうやら、実際に見せてくれるらしい。ザラさんと立ち止まり、実演を見る。
「これが、芋チップス」
細かく砕き、特別な方法で乾燥した芋らしい。
「なんと、これにお湯を注ぐだけ!」
本当か? そんな疑いをもちつつ、実演を見つめる。
芋チップスを入れたボウルに、湯が注がれた。それを、ぐるぐると混ぜていた。
すると、あっという間に潰した蒸かし芋が完成したのだ。
「これは、すごい発明です」
「だろう? 調理時間がぐっと短縮されるから、便利なんだ」
「そうですね」
「一袋、買っていかないかい?」
一度、家に帰って試したい。一袋購入した。
◇◇◇
帰宅後、芋チップスの調理を開始する。
燻製肉とキノコを煮込むスープを作り、出汁が十分出たら芋チップスを投下する。
瞬く間に、芋チップスは溶けていった。水分が多いので、トロトロになる。
最後に、塩コショウで味を調えたら、『芋とベーコンのトロトロスープ』の完成だ。
さっそく、ザラさんとリーゼロッテを呼んで試食会をする。
「この、面倒くさいスープが、一時間もしないで完成しました」
「芋チップス、なかなか使えるわね」
蒸かし芋を潰す作業の大変さを知っているザラさんは、しみじみ頷いていた。
それがわからないリーゼロッテは、ポカンとしている。
「ささ、たべましょう」
手と手を合わせて、いただきます。
とろりとしたスープを掬う。これを、一時間もかけないで作れたなんて、夢みたい。
けっこう好きなスープなんだけど、作るのが面倒で年に一度食べるか食べないかだった。
「うん、おいしい!」
「ええ、芋に燻製肉とキノコの旨みが溶け込んでいて、最高」
「おいしいわよ」
いつもの味と変わらない。
芋チップス、素晴らしい食材だ。
明日、遠征で使うものをウルガスと一緒に買いに行こうと心に決めた。




