大森林にて(終) その十六
みんな、お腹いっぱいになってくれたようだ。よかった。
「メルちゃん、ありがとう。なんか、さっきまで食欲がぜんぜんなかったのに、不思議よね」
「よかったです」
まさか、ザラさんがそんなに落ち込んでいたなんて……。
しかし、騎士は体力が資本だ。
二日間、ザラさんは隊長に無理矢理食べさせられていたみたい。
「私、メルちゃんがいないとダメみたい」
「ザラさん……」
「それ、ザラ・アートだけじゃないみたいよ」
「そうだったのですか?」
リーゼロッテが深々と頷く。
「メル、あなたがいないだけで、みんな呆れるくらい暗くなっていたの」
「そうだったのですね」
ウルガスは世界樹の前でウロウロし、ベルリー副隊長はあまり眠れなかったらしい。
ガルさんとスラちゃんは、そわそわが止まらず、リーゼロッテも落ち着けなかったという。
唯一、隊長だけはいつも通りだったようだけれど。
まあ、いつものことだ。
みんなをお腹いっぱいにできて、本当によかった。
二日間、シエル様や氷の大精霊の奥さんから連絡はなかったようだ。
ここで、待機する他ない。
と、ここでガルさんの耳がぴくんと動いた。何か、聞こえたのか。
私も耳を澄ませてみる。
「おい、ガル、リスリス、どうかしたのか?」
「あ──これは!?」
ドシン! ドシン! と、大きな足音が聞こえた。
「足音だと!?」
隊長は立ち上がり、大剣を引き抜く。
「もっと、詳しいことはわからないのか?」
「え、ええ……」
隊長には、まだ何も聞こえないらしい。
「えっと、重たくて、ずっしりとした、大きな足音です。何か引きずるような音も聞こえます」
「気配は?」
「ええっと……」
ガルさんは、魔物のような気配は感じないという。私もだ。
「じゃあ、何が近づいてきているというのだ」
「これは──!」
隊長の問いかけに反応したのは、氷の大精霊様だ。
ドシン! ドシン! という音が近くなった。
「ああ、あれは──!」
「氷の大精霊様、何かわかりましたか?」
「人の気配……おそらく、シエル・アイスコレッタのものだろう」
「シエル様、ですか!?」
もしかして、大森林の魔力を受けて巨大化してしまったのか。
息を呑んで、シエル様の到着を待つ。
先に、蟻妖精のアリタがやってきた。手をぶんぶんと振って、戻ってくる。
『ただいま~~!!』
なんか、明るい感じで帰ってきたけれど、あとからやって来るシエル様が気になって仕方がない。
「アリタ、お帰りなさい。シエル様は?」
『もう来るよ!』
みんな、緊張の面持ちでいる。
『ほら、あそこ、おじいちゃん!』
「なっ!?」
木々の間から、大きな影が見えた。
逆光で、良く姿が見えない。
しかし、現れたシエル様の影は、あまりにも巨大すぎた。
「あ、あれは──!?」
ぐったりとした魔物が歩いてきたかと思った。
その姿は全長十メトルほどで、大森林の木々と同じくらい大きい。
猪豚のような顔に、巨大な二本の角が額から伸び、体は獅子のよう。
足には鋭い爪があった。
全身真っ黒な、魔物だ。
そんな魔物を、シエル様は一人で背負って帰ってきたのだ。
「シ、シエル様!?」
「ただいま戻ったぞ!」
巨大魔物を、シエル様は世界樹から少し離れた場所に下ろす。
ドシン!! と大きな音が鳴り、大地が揺れた。
それと同じく、私も衝撃で跳び上がってしまう。
「わわっと!」
おっとっと、とたたらを踏んでいたら、アリタが私の首根っこを掴んで優しく支えてくれた。
『リスリスちゃん、大丈夫?』
「ええ、平気です。ありがとうございます」
アリタ、いい奴。心からお礼を言った。
アルブムは巨大魔物にビビッて、私の肩に乗ってくる。
「アルブム、あれはなんですか?」
『ベヒーモス、ダヨオ』
「ええっ!? ベヒーモスって、伝説の上級魔物じゃないですか!」
ベヒーモス──魔王にもっとも近しい魔物とも呼ばれ、それが現れた時には世界の終焉であるとも云われていると。
「な、なぜ、あのような魔物がここにって──ここは大森林でした」
世界のありとあらゆる生態系が集まる大森林だからこそ、ベヒーモスも出現したのだろう。
ベヒーモスには、『魔力吸収』の特性があるようで、世界樹の魔力と大メルヴを狙ってきたようだ。
もう、息絶えているようだが……。と、ここで気づく。ベヒーモスが全身真っ黒こげだということに。
「シ、シエル様、お疲れ様です」
「ふむ」
「えっと、ベヒーモスを丸焦げにしたのは、シエル様ですか?」
「否。炎の大精霊である」
炎の大精霊様とは、氷の大精霊様の奥さんなのか。
「ただいま!!」
元気いっぱいの声が聞こえた。
振り返ると、コメルヴより少し大きいコメルヴを抱いた女性がいた。
年頃は私と同じくらいか。
炎の大精霊らしく、燃えるような真っ赤な髪を持っていた。
服装は詰襟の上着にズボン、上から外套を着るという冒険者のような出で立ちでいる。
一見してごく普通の少女に見えるけれど、纏う空気は普通ではない。
あれが、炎の大精霊様なのだ。
「メルヴ、取り返してきたよ!」
メルヴと呼ばれた生き物は、すちゃっと手を上げる。なんだか可愛らしい。
氷の大精霊様は炎の大精霊様に駆け寄って、抱擁していた。
なんていうか、よかった。
コメルヴも元気になったし、魔物はシエル様達が倒してくれた。
世界樹も元通りになった。
任務は大成功だろう。
ベヒーモスは討伐していないが、角を提出するようだ。
隊長は嬉々として、角をザラさんの戦斧で折ろうとしている。
その様子は、宝物に群れる山賊のごとく……。
炎の大精霊様にも「え、君ら、騎士だったの!?」と驚かれてしまった。
私達、山賊の一味ではございません!
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