大森林にて その十五
続いて、閃光魚を調理する。
これは、淡水魚らしい。大森林にある湖にスイスイと泳いでいるのだとか。
「リスリス衛生兵、このお魚、すごいですよね……」
「ええ、本当に……」
私だったら、絶対に食べようと思わない。ウルガスもコクコクと頷いている。
「ウルガス。これも、勇気を出して調理しましょう」
「え、ええ。そう、ですね」
桶の中を泳ぐ閃光魚は、けっこう大きい。思い切って手掴みした。
「わわっ!」
「リスリス衛生兵、俺が押さえますので、とどめを!」
「了解です!」
警戒心が強まったからか、余計に明るく光る。
「ウッ、眩しい!」
「ウルガス、直視してはいけませんよ!」
「リスリス衛生兵も、気を付けてくださいね!」
ジタバタと暴れる魚を、ウルガスが押さえてくれる。
ナイフを取り出し、エラからナイフを入れて中締めする。
魚は一撃で息絶えた。
「あ、鱗の発光が止まりましたね」
「本当ですね」
魔力は人の生の力を受けて、活性化される。そのため、死んでしまったら連動するように光も消えてしまうのだろう。
光を失った鱗は、真っ黒になった。こう見たら、普通の魚にしか見えない。
ナイフで鱗を取り、綺麗に洗う。
頭を切り落とし、三枚おろしにした。
「ウルガス、魚の白身に塩コショウで下味を付けて、そのあと小麦粉を振ってください」
「了解っす」
その間に、私は鍋を用意する。
熱した鍋にバターを落とし、魚を入れる。表面がカリカリになるまで、しっかり焼くのだ。
良い匂いが漂ってきたからか、アルブムが鍋を覗き込む。
『パンケーキノ娘ェ、コレ、アルブムチャンノ分モ、アル?』
「アルブムはさっき食べたばかりでしょう。まだ、入るのですか?」
『ウン!』
なんて食欲なのか。
しかしまあ、以前のようにでっぷりしているわけではないのでいいか。
全員分焼いたあと、キノコのオイル漬けを同じ鍋で炒める。
大きな葉っぱに盛りつけた魚に、キノコごとソースのようにかけるのだ。
「閃光魚のキノコバターソースの完成です!」
「香ばしい香りがたまりません!」
これも、ウルガスに先に食べてもらう。
「パンと一緒にどうぞ」
「ありがとうございます!」
まずはそのまま食べるようだ。
「わっ! 身の表面はカリカリ、中はふわふわ! 噛むと、旨みがじゅわっと広がります。キノコのソースとも、相性は抜群です!」
続いて、パンに載せて食べる。
「さ、最高……!」
見た目はアレな魚だが、おいしかったようだ。
アルブムは尻尾をぶんぶん振りながら、完食していた。
これも、完成したばかりの料理をみんなに持って行く。
「二品目、完成しました」
ウルガスと二人で、運んで行く。
「あら、メルちゃん、盛り付けが綺麗ね」
「ザラさん、ありがとうございます!」
隊長がじーっと魚を見つめているので、焼き直したパンを輪の真ん中にドン! と置いた。
「ソースによ~く絡めた魚をパンに載せたら、美味しいですよ!」
語尾を強めにオススメしておく。すると、隊長の注目はパンに移った。
「これも美味そうだな」
「自信作です」
隊長はフォークを手に取り、魚をパンに載せている。
魚をどこから調達したという疑問は、どこかへ吹っ飛んだようだ。
先に、魚だけ食べたザラさんが反応してくれた。
「あら、美味しいお魚! メルちゃんが作ったソースも絶妙ね!」
「ありがとうございます」
ガルさんやベルリー副隊長、リーゼロッテも美味しく食べてくれているようだ。
隊長も、目をカッと見開いて感想を言う。
「美味い! 噛めば噛むほど、魚の旨みが口の中に広がる。魚の豊かな味わいが、ソースに溶け込んでいる!」
お口に合ったようで、何よりです。
それ、閃光魚ですけれどね。
なんだか楽しくなってきた。
食べられないと思って拒絶していた食材を、美味しく食べてもらうのは快感だ。
しかし──最後の食材は山大蛇である。
さすがのアルブムも、『コレ、本当ニ食ベルノ?』なんて聞いてくる。
もちろん、食べるに決まっている。
「リスリス衛生兵、これ、どうするのですか?」
「非常に難しいですね」
煮ても、焼いても、蒸しても青い肉の色は変わらないようだ。
むしろ、熱したら濃い青になるらしい。
「う~~ん。こうなったら!」
「こうなったら?」
「隠しましょう!」
「隠す、ですか?」
「ええ。生地でくるんで、スープにするんです」
「ああ、なるほど!」
まず、小麦粉にぬるま湯を入れて、しっかり捏ねる。
ぼそぼそだった生地がまとまってきたら、丸めてしばし休める。
生地を放置している間に、中の具を作る。
「う~~、青いお肉、抵抗あります」
「俺もです」
触れてみたところ、確かに豚肉に似ている。
お腹の中に入ったら、関係なくなるだろう。腹を括った。
まず、山大蛇の肉をみじん切りにし、塩コショウ、香草、薬草を入れて練る。
粘りがでたら、完成だ。
「リスリス衛生兵……これは……すごい色です」
「ええ……」
鮮やかな、青いお肉──とても、食べ物には見えない。
今度は生地作りに移る。丸めていた生地を棒状に伸ばし、切り分けていく。
皮が薄いと青い肉が透けてしまうので、厚めに伸ばした。
肉を入れ、綺麗に包む。一口大に作った。山大蛇団子である。
沸騰した中に投下し、塩を振りかける。ぷかぷか浮いてきたら、掬い上げた。
「ウルガス、見てください。生地から青い肉はまったく透けていません」
「よかったです!」
ホロホロ鳥のガラで出汁を取り、味を調えたスープに山大蛇団子を入れ、しばらく煮込んだら『山大蛇団子のスープ』の完成だ。
「ウルガス、アルブム、一緒に味見しましょう」
『ウ、ウン』
「ドキドキしますね」
匙に山大蛇団子を載せ、「いっせ~の~で!」という掛け声と共に食べた。
勇気を出して齧ると──生地の中の肉汁が、パチンと弾けた。
「なっ、これ、リスリス衛生兵、美味っ!?」
「で、ですね!!」
『オイシ~~イ!!』
青い肉だと忌避していたが、なんのその。
もちもちの皮の中には、ジューシーな肉汁を含んだ山大蛇のお肉が。
肉質は柔らかく、臭みはまったくない。特別な日にしか食べられない、高級なお肉のようだった。
「これだったら、自信を持って出せます」
「ですね!」
さっそく、みんなに持って行った。
「最後はスープですよ。これで、力を付けてください」
「何のスープなんだ?」
すかさず、隊長が質問してくる。
「肉団子のスープです」
嘘は言っていない、嘘は。
みんな、疑うことなく食べ始める。
ガルさんは美味しかったのか、味わって食べているように見えた。
ザラさん、リーゼロッテにベルリー副隊長も、普通に食べている。
一口大に作ったので、みんな山大蛇の肉団子はパクパクと食べてくれた。
最後は、猫舌な隊長だ。
十分冷えたのを確認して、口に運んでいる。
「むっ──!?」
まさか、気づいたとか? ドキリと胸が高鳴った。
「美味いっ!!」
よかった。気づいていなかった。ホッと胸を撫でおろす。
「まるで、肉汁爆弾だな。噛むと、口の中で旨みが弾ける!」
「お口に合ったようで、何よりです」
隊長は山大蛇の青い肉に気づくことなく、完食してくれた。
よかった。本当によかった。
後片付けはみんながしてくれるようだ。鍋を洗ったり、カップを拭いたりする様子を、ウルガスと眺める。
「ウルガス、本当のこと、言ったほうがいいですよね?」
「怪しい食材を使って料理したことをですか?」
「ええ」
「リスリス衛生兵は真面目ですね」
「そう、でしょうか?」
「そうですよ。黙っていたほうが、幸せなこともあります」
隊長は繊細なので、言ったら今晩眠れないかもしれない。
ウルガスがそんなことを言うので、黙っておくことにした。




