大森林にて その十四
世界樹やコメルヴは元気を取り戻したし、ひとまずよかった。
まだ、魔力を奪った犯人は見つかっていないけれど。
大英雄であるシエル様が追跡しているので、心配ないだろう。
ホッとしたのも束の間。隣から、ぐうっという音が聞こえた。
ウルガスのお腹の音だった。
「あ、すみません……。ここ二日間、まともな食事を食べていなくて」
「そうですよね!」
各隊員、小さな食料袋は持っている。中身はクラッカーと干し肉、乾燥野菜、飴、キャラメル、チョコレートくらいだ。そのまま戦闘も行うので、あまり多くは持ち歩けない。一日半分くらいだろうか。
加えて食料のほとんどは、私が妖精鞄ニクスに詰め込んで持ち歩いている。料理を作ろうにも、作れなかったのだ。
「すみませんでした!」
「いえ……一応、精霊様が食材を提供してくださったのですが……ちょっと独創的で……」
赤青黄色と光る魚に、ねばねばとした木の実、真っ青な肉など、大森林の見慣れない食材だったとか。
「空腹なのに、体が食べることを拒絶してしまって」
それはウルガスだけではなかった。隊長をはじめとする、他の人も食べようとしなかったらしい。
「いや~、なかなか、ハードルが高かったです」
「な、なるほど」
「頼みのアートさんも、リスリス衛生兵がいなくなってから、抜け殻のようになってしまい……」
「ザラさん、そうだったのですね」
ザラさんだけではない。みんなに心配をかけてしまったようだ。
「だったら、腕によりをかけて料理を作りますね!」
「わ~いって、リスリス衛生兵、大丈夫です? 疲れていないですか?」
「ええ、平気です」
「だったら、俺も手伝います」
そんなわけで、ウルガスと二人で調理に取りかかることにした。
まず、現地の食材を確認してみる。
氷の大精霊様が丁寧に説明してくれた。
「これは、ネバールの実だ。栄養豊富で、甘酸っぱい」
「お、おお……」
ネバールの実は紫色で、表面に白い粘着質な物が付着している。
大きな葉っぱの上に置かれたネバールの実を、木の棒で突いてみた。
「わっ、すごい」
ちょっと触れただけなのに、はなしたら糸が引いている。
「しかしこれ……皮が剥きにくそうですね」
「この粘着質は、酒で洗うと取れる」
「な、なるほど」
続いて、光る魚を見せてもらった。大きな桶の中で、派手な魚が優美に泳いでいる。
「これは、閃光魚。鱗に魔力を溜めるので、このように光る。不思議なのは外見だけで、中は普通の白身だ」
「ほうほう」
最後に、真っ青な肉を見せてもらった。
「これは、山大蛇の肉だ。妻が先日仕留めてきたものだ」
「へ、蛇ですか!?」
体長五メトルほどある大蛇を、見事仕留めてきたらしい。
氷の大精霊の奥様っていったい……。
「見ての通り、青い肉だろう? 私も、最初拒絶反応を示してしまい、食べるのに五十年もかかってしまった」
「で、ですよね」
拒絶する期間も五十年とか、精霊級だ。
「しかし、これが美味いのだ」
「そ、そうなのですね」
「猪豚肉に似ているといえばいいのか。溢れる肉汁に、驚くほどの柔らかさ。臭みはまったくない。上質な肉だ」
「おお……!」
そんなふうに言われてみたら、気になってしまう。
しかし……青い肉だ。どうにも食欲が湧かないのは、理解できる。
「どの食材を使うか?」
「そうですね……全部、いただいてもいいですか?」
「ああ、構わない」
せっかくなので、不思議食材は全部使わせてもらうことにした。
脳内で料理を組み立てる。
特に、青い肉は取り扱い注意だ。
見た目がアレな食材を嫌う、繊細な山賊……じゃなくて貴族がいるから。
脳内で料理を組みたて、腕まくりする。
「ウルガス、料理が決まりました。お手伝いをお願いします」
「はいって、うわぁ!!」
不思議食材三点セットを見て、ウルガスが悲鳴を上げるので慌てて口を塞いだ。
「まずは、前菜っぽいのを作りましょう」
ニクスの中から取り出したのは、生ハムの原木だ。
「リスリス衛生兵、それを、ついに使うのですね」
「ええ」
まず、表面のカビを綺麗にふき取る。綺麗になったら、オリヴィエ油でさらに磨くのだ。
表面がツヤツヤになったら、脂肪を削ぎ落す。
赤身が見えてきたら、薄くスライスしていく。
「ウルガス、ネバールの実を洗いますよ」
「はい」
調理用の酒をドバドバネバールの実にかけた。すると、表面の粘着質がなくなっていく。
「あ、本当に綺麗になりました」
「ですね」
紫の皮はナイフでするすると剥ける。
「果汁はすごいですね」
「ええ。甘い香りも強いです」
果肉は白く、中はつぶつぶとした小さな種がある。
試しに、ウルガスと二人で味見してみた。
「シャキシャキしていて、甘酸っぱくて、美味しいです」
「種のプチプチ感もたまらないっすね!」
あんな怪しい見た目の果物が、こんなに美味しいなんて。
「リスリス衛生兵、これを、もしかして生ハムで巻くのですか?」
「正解です!」
一口大に切り分け、薄く切った生ハムをくるくると巻いていく。
ネバールの実の生ハム巻きの完成だ。
「これは、ウルガスの分です。まずは軽く腹ごしらえをしてください」
「あ、ありがとうございます!」
ウルガスはすぐさま、生ハム巻きをパクリと食べた。
「う、うまいです!」
最高級の生ハムなので、余計に美味しいだろう。
「生ハムの塩気が、ネバールの実の甘酸っぱさと合います!」
「よかったです」
待機しているみんなにも持って行った。
「みなさん、これを召し上がってください」
「おお、リスリス、疲れているところにすまないな」
「いえいえ」
隊長も空腹だったのだろう。嬉しそうにネバールの実の生ハム巻きを食べていた。
「なんだ、この果物は! 貴族の晩餐に出てくるような、品のある味わいがあるぞ! 美味い、美味すぎる!」
隊長が拒絶反応をしめしていた果物ですが……。
多くは語らないことにした。




