大森林にて その十三
び、びっくりした。いきなり、もとの場所に戻ってきたから。
振り返ったら、私同様、驚いた顔をした第二部隊の面々が。
「メルちゃん!」
「リスリス衛生兵!」
アメリアとステラ、ザラさんとベルリー副隊長が駆け寄ってきた。
「心配したぞ!」
「え、あ、すみません」
ベルリー副隊長にぎゅう~~っと抱きしめられ、私は二日も姿を消していたことを知らされた。
「そ、そんなに、時間が経っていたのですね」
「世界樹に取り込まれていたらしい……」
「私、もう、気が気じゃなくって」
「ザラさん」
ベルリー副隊長から離れ、ザラさんにも抱き着く。
「心配かけました」
「い、いいの、メルちゃんが、戻ってきてくれたから」
ザラさんの声は震えている。どうやら、思っていた以上に心配をかけてしまったようだ。
「アンナのほうが足が速いから、出遅れちゃったわ。私、いつもそうなの」
言われてみたら、今まで何かあった時、ベルリー副隊長がダーッと走って来て抱きしめられることが多かったような。
さすが、ベルリー副隊長。第二部隊いちの俊足の持ち主。
ちなみに、持久走ではガルさんのほうが早い。そのため、敵の追跡などはベルリー副隊長とガルさんが命じられることが多い。
ザラさんから離れると、アメリアとステラに頬擦りされる。
『クエエエ~~!!』
『クウクウ……』
二人同時は初めてだったので、勢いのあまり倒れそうになったけれどザラさんが背中を支えてくれた。
幻獣は主人が死ぬと同時に命を落とす。
そのため、アメリアとステラが生きていることが、私の生存の希望に繋がっていたらしい。
リーゼロッテやガルさん、ウルガスに隊長もやってきた。
「メル、よかったわ」
「リーゼロッテ!」
リーゼロッテに抱擁しようとしたら、お断りされた。
「わたくしとメルの身長差だと、尖がった耳が頬に刺さるのよ」
「それは、すみません」
「あの、俺は耳が刺さっても大丈夫です」
「ウルガスはダメです」
「ええっ、酷い!」
なんだかいつも通りの雰囲気になったので、再会の感動も薄れるものだ。
ガルさんとスラちゃんとも目と目を合わせ、えへへと笑い合う。
最後に、隊長が私の肩を叩いた。
「リスリス、よくやった」
「あ……はい」
なんだか、隊長に褒められたのは初めてだったようだ?
いつも「ゴラァ、リスリス!」と怒られるばかりだったし。
『私からも感謝する』
猫の大精霊様とそのお母さん、花の妖精さんがお礼を言ってくれた。
世界樹は、青々とした葉を取り戻す。幹の色も、健康な茶色に戻っていた。
どうやら、世界樹は魔力を取り戻したようだ。
そして──世界樹の前に大きな魔法陣が浮かび上がる。
弾けた魔法陣は霧散し、周囲は淡い光に包まれた。
その光は、だんだんと広がった。
地面の雪を溶かし、霧を晴らす。
大森林は、もとの姿を取り戻そうとしていた。
『メルゥ!』
元気がなかったコメルヴも、葉はつやつやになり、しおしおだった体にも張りが出てくる。
どうやら、元気になったようだ。
その影響は、コメルヴだけではなかった。
猫の親子の大精霊様にも、変化が……!
お母さんのほうは、金髪碧眼の白いドレスをまとった超絶美女になる。おとぎ話にでてくる、悪いお母さんみたいな雰囲気だけれど、青い目は優しさを滲ませていた。
猫の大精霊様は、金髪碧眼に眼鏡をかけた長身の美青年の姿に変わった。貴族が着ているような白シャツをタイで締め、ベストの上から黒く長い外套を纏う様子は貴公子然としている。
なんだろう、どこぞの国の王子様のような、キラキラ感があった。
「私達も、もとの姿に戻れたようだ」
「あ、ほ、本体は、人、なんですね」
「まあ、そうだな」
驚いた。なんて豪奢な美貌の親子なのか。
なんだか、大精霊親子と人の姿の世界樹は雰囲気が似ているような気がする。
もしかしたら、何か関係があるのかもしれない。
「うわああ!!」
隊長の悲鳴が聞こえ、振り返る。悲鳴なんて、初めて聞いた。
いったい、何が起こっ──。
「うわあ!!」
私も、悲鳴をあげてしまう。
世界樹の周囲に、触覚と蝶の翅を生やし、ふわふわのドレスを纏った筋肉質のオッサン達がいたから。
「あ、あれは、なんですか!?」
「花の妖精達だ」
「え!?」
あの、小さく発光し、けなげな様子だった花の妖精の真なる姿が、筋肉質のオッサン達だったなんて! 衝撃過ぎる。
花の妖精さんの中の一体が私のもとへとやって来る。
禿げ頭に触覚を生やした、ひときわガタイのいいオッサン……いや、妖精だ。
背中の翅は使わずに、走ってやってきた。
「ヒッ!」と叫びそうになったが、口から出る前に呑み込んだ。
『エルフ様、世界樹様を治してくださり、心から感謝しておりますわ』
喋りは丁寧だけれど、野太い、オッサンの声だった。
「あ、いえ、その、大したことは、していないので……」
『まあ、なんって心優しく謙虚な御方! 感激いたしましたわ』
「あ、どうも」
オッサン……じゃなくて花の妖精さんは真珠の涙を流していた。
なんて美しい涙なのか。見た目は完全にオッサンだけれど。
『お礼として、こちらを』
手渡されたのは、薔薇の指輪。
『わたくし、ローゼと申します。こちらの薔薇の花に口付けしていただけたら、いつでもこのローゼが駆けつけますので』
「え!?」
こ、これは、妖精との契約になるのか。
猫の大精霊様あらため、眼鏡の男前大精霊様を振り返る。
「あ、あの、これ……!?」
「安心するといい。それは、妖精族の友好の証だ。呼んでも魔力を消費したりすることはない」
「そ、そうなのですね」
お礼を言ったら、花の妖精さんは満面の笑みを返してくれた。




