モツ尽くし!
今日は午後からベルリー副隊長と、遠征の時に使う鍋を買いに行く。
午前中はワクワクしながら、衛生兵の研修会に向かった。
研修会は講師に隊医の先生を招き、最新の治療について勉強する。
講義室に行けば、屈強なおじさんばかり。
なんでも、衛生兵は負傷者を運んだり、医療道具を運んだりするので、力持ちのほうがいいのだ。
中には、耳などに魔力強化の装身具を着けたおじさんもちらほらいる。きっと、回復魔法が使える魔法使いなのだ。彼らも屈強な体つきをしている。辛い遠征に耐えられるよう、鍛えているのだろう。
本日の研修会は各部隊、代表で一名来るようになっていた。精鋭の集まりということになる。
ピリピリとした雰囲気に居心地悪さを覚えつつ、「どうも~」と言ったら、一気に注目を浴びてしまった。気まずい雰囲気に耐えながら、一列に並んだ机の、端っこにある誰もいない席につく。
時間ぴったりに、講師の先生がやって来た。
「どうもみなさん、おはようございます」
二十半ばくらいだろうか。眼鏡を掛けた若い男の隊医がやってきた。
隊医の名前はウェルテル・ショコラ。
愛想良い笑顔を浮かべながら、講義を始める。
「今日はエンバーミングについて説明いたします」
皆、初めて聞く言葉に、きょとんとする。
前に座っていた衛生兵のおじさんが、質問をした。
「講師殿、えんばーみんぐってなんですか?」
「異世界より伝わった、遺体の防腐と保存、修復の技術です」
微笑みを絶やさずに話す隊医。一方で、凍り付く衛生兵のおじさん達。私も、開いた口があんぐりと広がったまま塞がらなかった。
その場の空気も読まずに、ショコラ先生は説明を続けている。
「遺族も、死体が綺麗なほうが喜びますからね! 最先端の技術を伝授します!」
隊員の命を救う手助けをするのがお仕事なのに、ご遺体の扱い方を習うなんて。
まあ、これも立派なお仕事かもしれないけれど。
ショコラ先生は嬉しそうな表情で、参考書を開いた。
「まず、臓物などがはみ出ていたら、綺麗に収納して縫合してください。あ、遺体の場合は、縫っても大丈夫ですからね。すでに、死んでいますから」
傷口の縫合はすべての衛生士ができるわけではない。
衛生士には三種類階級がある。
第一衛生士は傷口を縫ったりできる。
第二衛生士は痛み止めの使用が許可されている。
第三衛生士は止血や消毒、薬の塗布ができる程度。
私は第三衛生士。時間があれば勉強して、階級を上げたいとぼんやり考えている。
部隊の騎士達の生存率も上がるし、給料もぐっと増えるのだ。
ショコラ先生は衛生士達の引いている態度など気にも留めず、遺体の扱い方について淡々と説明していた。
「まず、腐敗を遅らせるために血液を抜きまして――というのは現場では無理なので、こちらの魔法薬を打ちます」
遺体の腐敗を遅らせる魔法薬が配られる。紫色の、綺麗な液体だ。
これを体の数か所に打つらしい。
「表情が苦痛に歪んでいる場合は、按摩をして和らげてください」
体全体を消毒液で拭き取り、衣服が破れていれば繕う。
やせ細り、顔色が悪い場合にも、薬品を打って綺麗な状態にするとか。
依然として、おっさん衆はドン引き状態だった。けれど、話を聞いているうちに、私は凄い技術だと思うようになる。
魔物と戦って命を落とす騎士は年間で百名ちょっとくらいだと聞いたことがある。衛生兵である以上、人の生死の瞬間に立ち会うこともあるだろう。
医者でない私達ができることは多くない。
家族は当然心身喪失状態になるだろう。けれど、亡くなった人が生前と変わらない姿で帰って来るのならば、少しは救われるのではないか。
そんな風に思ってしまった。
まあ、エンバーミングなんてしたくないけれど。
四時間、みっちり遺体の処理についての話を聞くことになった。
衛生兵のおじさん達は青い顔で講義室をあとにする。意外と繊細なようだ。
私も席を立とうとしたら、声をかけられる。
「君、フォレ・エルフ?」
「あ、はい。そうですけれど」
「そっか」
まじまじと見られ、眉間に皺を寄せる。
「あの、何か?」
「他種族の生態に興味があって」
「お断りいたします」
「まだ、何も言っていないけれど」
嫌な予感がしたのだ。
でもまあ、一応話だけ聞いておく。
「良かったらなんだけど、もしも任務で死亡した場合、解剖させてくれないか?」
「すみません、解剖は先約があるので」
「え!?」
お辞儀をして、部屋を飛び出す。
嫌な予感は当たっていた。当然ながら、解剖の先約なんてない。
ヤバそうな先生だけど、隊員のことを考えての研修会だったのかなと思っていたのに、違った。
あれは、ショコラ先生の趣味の話を聞く会だったのだ。
どうかこの先、かかわり合いになりませんようにと、心から願った。
その後、少し早いけれど、食事を取ることにした。
まだ、昼休みにはなっていないようで、食堂には研修会に参加した衛生兵のおじさんばかりだった。
いまだ、彼らの表情はさえない。それどころか、先ほどよりも悪くなっていた。
いったいどうしたものか。
その理由は、すぐに判明することになった。
本日のメニュー ◇モツ煮込み定食 パン食べ放題◇
……うん、これは無理。
私はそこまで繊細ではないけれど、先ほど参考資料として、騎士の体からはみ出た臓物の精巧な絵を見たばかりだったのだ。
さすがの私でもモツ煮込みは食べられないと思い、回れ右をして、第二部隊の騎士舎に帰った。
ザラさんからの差し入れの焼き菓子があったので、それを齧ることにした。
◇◇◇
結局、食欲がわかなくて、何も食べなかった。
午後からベルリー副隊長と鍋を買いに行く予定だったけれど、急な会議があると言って出かけてしまった。
会議のあと、出かけようという話になった。
ベルリー副隊長を待つ間、隊員達の外套の繕い物をする。
遠征に出かければ、枝に服を引っかけたり、戦闘で破いてしまったりなど、すぐにボロボロになってしまうのだ。
一番酷い状態になっていたのは隊長だった。
体が大きいので、外套もずっしりしている。
裾は解れ、ボタンはいくつも紛失し、内ポケットは破けて使えない。
頑張って繕った。破れた内ポケットには、先日ザラさんと二人でふざけて作った雪熊のアップリケを縫い付けておく。
夢中で縫い物をしていたら、終業一時間前になった。そこで、ベルリー副隊長が戻って来る。
「リスリス衛生兵、すまなかった」
「いいえ、大丈夫ですよ」
けれど、今から街に行くには微妙な時間だ。
そう思っていたら、ベルリー副隊長がある提案をしてくれる。
「ならば、鍋を買いに行って、そのまま直帰にしよう」
遅くなったお詫びに、夕食を奢ってくれるらしい。
昼食を食べていないことを思い出し、空気を読まないお腹の虫がぐうと鳴った。
「い、いいんですか?」
「ああ。いつも頑張っているから、感謝をしたいと思っていた」
「私は、そんな……いえ、嬉しいです」
そんなわけで、さっそく鍋を買いに行くことにする。
隊長の外套は椅子にかけておいた。
街は夕焼け色に染まっていた。
道行く人達も、帰宅をしているのか早足である。
目指すのは商店街の金物屋。もうすぐ閉店する時間みたいなので、駆け足で向かった。
走った甲斐あって、営業時間内に間に合った。
軒先にいた店主に、お鍋を見せてくださいと頼む。
「どういった鍋をお探しでしょう?」
「あの、ウーツ鋼の鍋ってありますか?」
「残念ながらうちの店では……といいますか、王都の商店で扱っている店はないと思います」
「や、やっぱり……」
ウーツ製の鍋は古い童話の中でのみ出てくるらしく、実在している物ではないと言われてしまった。
「ウーツ製の鍋なんて、よくご存知でしたね」
「はい。村に出入りしていた商人に聞いて――今思えば、話のネタだったのかもしれないですね」
「そうだと思います」と、はっきり言われてしまった。恥ずかしい。
「ドワーフに大金を積めば作ってもらえるかもしれないですねえ」
「ドワーフ、ですか」
ドワーフとは、細かい作業を得意とする小人族で、フォレ・エルフと同じく、森の深い場所に住んでいる。気難しい性格の者が多く、冒険者が武器や防具を作ってもらために集落を訪ね、追い返された話は珍しくない。
しかも、ドワーフは細工をするだけで、材料は自分で調達しなければならないのだ。
ウーツ鋼なんて、どこにあるか知るわけもない。
すぐに諦める。
「では、六人前くらいの、軽くて大きな鍋をください」
「はい、かしこまりました」
ベルリー副隊長と一緒に、あれではない、これでもないと話し合いながら、鍋を選ぶ。
「やはり、リスリス衛生兵が持ち歩きやすく、軽い素材がいいだろう」
「多少重くても、盾にもなりそうな鍋のほうがよくないですか?」
そんな意見を出せば、ベルリー副隊長はじっと私の顔を見て言った。
「リスリス衛生兵は私達が守る。だから、その辺は気にしなくても良い」
「あっ、はい。ありがとうございます」
真正面から「守る」と言われ、ちょっと照れてしまう。
ベルリー副隊長、男前だな~と思ってしまった。女性だけどね。
選んだのは、熱伝導率の高い、銅製の鍋。焦げが付きにくく、調理時間も短くなると店主がオススメするので、話し合って決めた。
新品の鍋を抱え、うっとりとしてしまう。
妥協せずに、じっくり吟味できてよかった。閉店時間を過ぎても、接客を続けてくれた店主にも感謝だ。
素敵な買い物ができて、満足感で心が満たされる。
その後、ベルリー副隊長と食事を食べに行った。
鳥の串焼き専門店で、店内はおじさんばかりでびっくり。
「ここはモツ焼きが美味いんだ」
「モツ……」
今日はモツ尽くしの一日なのだろう。
もう、平気なので、ベルリー副隊長オススメの部位を食べることにした。
「どうだ?」
甘辛い秘伝のタレが染み込んだモツは、歯ごたえがあってとても良い。
焼いたモツの他に、野菜と一緒に煮込んだモツも人気メニューのようだった。これがまた、美味しくって。
普段、お酒は飲まないけれど、思わず注文してしまった。
ワイワイガヤガヤの賑やかなお店で、楽しい気分になる。
「あ、そういえば、ベルリー副隊長。ザラさんって、こういう場所が苦手なんですか?」
「いや、騒がしい店は好きだと言っていたが」
「そうですか」
「どうかしたのか?」
「いえ、この前みんなで出かけようって誘ったら、微妙な反応をされたので」
「ああ、まあ、それは……」
「私の誘い方が悪かったのでしょうか?」
「そうではないと思うが――」
途中で言葉を切り、気にするなと背中を叩いてくれた。
ベルリー副隊長がそう言うのならばまあいいかと思って、お酒のおかわりを頼む。
楽しい夜を、じっくりと堪能した。




