大森林にて その八
見た目が猫な大精霊様に誘われ、大森林の中を進んでいく。
秋の森を抜けた先には、広い川が流れていた。
「へえ、綺麗な川ですね」
『巨大魚がいるから、用心するように』
猫の大精霊様にそんな忠告を受けたのと同時に、近くで川の水が跳ねる。
跳び出てきたのは、ぎょろりと大きな目を持つ銀色の魚。あんな大きな魚が生息しているなんて、かなり深い川のようだ。
「わっ!!」
上半身だけで、私の身長と同じくらいあるような?
『クエ!!』
アメリアが私の首根っこを銜え、引っ張ってくれる。
それと同時に、大きな波のような水しぶきが。
バシャ! と音を立て、川のほとりを広範囲に及んで濡らしていく。
「ひ、ひえええ~~!」
アメリアが助けてくれなかったら、びしょ濡れになっていた。危なかった。
ホッとしたのと同時に、隊長がジロリと睨んでくる。
「リスリス、てめえ、以下略ッ!!」
「ご、ごめんなさい!」
私を怒る時間も惜しいようだ。
川沿いの道を進んでいく。
世界樹に近づくにつれて、魔物の数も多くなっていく。
そのことに関して、猫の大精霊様も戸惑いを覚えていたようだ。
『昔は、ここまで魔物も多くなかったのだが……』
これも、世界樹から大メルヴが引き抜かれた影響なのか。
『世界樹の魔力が漏れ、魔物の強化に繋がったのかもしれん』
「な、なるほど」
戦闘を終えるごとに、みんなの疲れも溜まっているような気がする。
ここまで戦闘がハードな任務は今までなかったような。
負担も大きいのだろう。
しかも今回、わりと歩く速度が速い。だから、リーゼロッテは辛そうにしている。
山よりも高い自尊心があるので、弱音は吐かないが。
辛さは顔に出ている。
休憩時間に、ある提案をしてみた。
「リーゼロッテ、足を揉みましょうか?」
「え、いいわよ」
「いいから、ブーツを脱いで脚を出してください。少し、楽になるので」
「……」
重ねて頼み込んだら、素直に脚を出してくれた。
踵骨腱のほうから、ふくらはぎをぐっぐっと力を込めて揉んでいく。
ふくらはぎには、多くの血管が通っている。
ここの血行が良くなれば、元気になると魔術医の先生が話していたのだ。
「リーゼロッテ、どうですか?」
「え、ええ。ありがとう。だいぶ、よくなったわ」
そのあと、ふくらはぎの按摩をベルリー副隊長にも施した。
ザラさんと隊長、ガルさんは平気みたい。
ウルガスも希望していたけれど、ザラさんが代わりに施してくれると言ってくれた。
小さな声で「リスリス衛生兵のほうがよかった」、なんて呟いていたけれど、聞かなかったことにする。
実を言えば、按摩をするさい力を込め過ぎて、手のひらが微妙に痛くなっていたのだ。
数分後、ウルガスは体が軽くなったと言って跳びはねていた。
ザラさんの施術は上手くいったようだ。
「たまに、実家の両親を揉んであげることがあったの」
「私もです!」
共通の思い出話に花を咲かせる。
と、ここでアルブムが川の中を覗き込んでいることに気づいた。
「アルブム、川には大きな魚がいるので、危険ですよ」
『平気ダヨ。ソレヨリモ、川ニ、大キナ貝ガアル!』
「え?」
どれどれと覗き込むと、紫色の大きな貝が岩に張り付いていた。あれは、紫貝だ。
大きさは、私の手のひらくらいか。
さすがアルブム。食べ物の発見が早い。
腕まくりをしたあとナイフを取り出し、獲れないか挑戦してみる。
「ぐっ……ぬう!」
紫貝は思っていた以上に、岩にぴったりと張り付いている。硬くて、獲れない。
「メルちゃん、私がしましょうか?」
「あ、お願いします」
今度はザラさんが挑戦する。
「よいしょ、と」
手ごたえがあったようで、ザラさんは私のほうを見てにっこりと微笑んだ。
ザバリと、川の中から大きな紫貝を上げて見せてくれる。
「わ~、大きい! ありがとうございます!」
人数分の紫貝を獲ってくれた。
休憩時間のおやつとして、食べることに決めた。
まず、砂抜きはスラちゃんにお任せする。
スラちゃんは握り拳を作り、任せろと言わんばかりだ。
「淡水の貝は、真水で砂抜きするんですよね」
そのため、水を飲んだあと、砂抜きの作業をしてもらう。
スラちゃんが砂抜きをしている間に、私とザラさんで火の用意をした。
石を円形に並べ、中心に火を熾す。金網を置き、貝を焼けるようにした。
砂抜きした貝を金網の上に置く。
しばらく焼いていたら、パカっと殻が開く。身が詰まっていて、おいしそうだ。
「バターにチーズ、塩、牡蠣ソース、薬草ニンニク。いろいろありますが、どれがいいですか?」
『アルブムチャンハ、塩!』
皆、各々好きなものを貝にかける。
「そろそろいいかもしれないですね」
題して、『紫貝の素焼き~味付けはお好みで~』の完成だ。
先に、猫の大精霊様の貝から身を取り、ナイフで切り分けて冷やしておく。
アルブムはできたてアツアツを頬張っていた。
『ア~~、貝ノ出汁ガ口ノ中ニ、広ガル~~!!』
そんな感想を聞き、ゴクリと唾を飲み込む。
貝の身にフォークを刺して殻から取った。貝柱が残ってしまったけれど、今はそれどころではない。バターを絡めた紫貝を一口で食べた。
「あ、熱い!」
はふはふと。舌の上で冷ましながら食べる。
大きな貝なので、口の中がいっぱいになった。
貝はプリップリで、バターと絡んだ旨みが悶絶するほどおいしい。
殻に残った貝の出汁も飲む。
おいしい。おいしすぎる。
「クソ、酒が飲みたくなる!」
隊長がいつものように、酒を飲みたがる。
しかし今日ばかりは、ザラさんとガルさんも深々と頷いていた。
「よし、もう一個食うぞ!」
そう言って、隊長は川に紫貝を獲りに行っていた。
ウルガスもあとに続く。
先ほどまでぐったりしていたけれど、元気を取り戻したようだ。




