大森林にて その七
再び、隊長とシエル様、猫の大精霊様とで話し合いが始まった。
隊長が真剣な面持ちで、猫に加え全身鎧の人物と話し合っている様子は不思議な光景としかいいようがない。
たまに、アリタに意見を聞いたりするので、ますます摩訶不思議な雰囲気が漂う。
山賊に、猫の大精霊、巨大蟻に大英雄が一堂に会する。すべてが解明されていない、大森林にきた感じがする。
いや、ほとんど第二部隊の愉快な仲間達なんだけれど。
猫の大精霊様がこちらへとやって来る。隊長とシエル様はまだ、話し合っていた。
氷属性の精霊様だと言っていた。猫の姿なんだけれど、威厳がバシバシ漂っていて緊張する。
猫の大精霊様はなぜか、じっと私の顔を見上げていた。
『君は──エルフか?』
「あ、はい。初めまして。フォレ・エルフのリスリスと申します」
精霊への挨拶は、これでいいのか。あまり、名前を名乗らないほうがいいと、アルブムが以前教えてくれた。
そのアルブムは、寒いのか私の外套のポケットに入っている。
『なぜエルフ族が、騎士をしている?』
「あ、えっと、出稼ぎに来ておりまして」
なんか、「はあ?」みたいな顔をされた。精霊から見ても、出稼ぎのエルフは珍しいのだろう。
そう思っていたが、話は思わぬ方向へと進む。
『妻が──』
「え?」
『私の妻が、以前エルフに会いたいと話していたことがあって』
「は、はあ」
猫の大精霊様の奥さんって、どんな存在なのか。
というか、精霊同士が結婚とか、絵本でもみたことがない。なんだか、ロマンチックなお話だ。
もしかしたら、精霊ではない可能性もある。
それとなく、質問してみた。
「奥様は、どんな存在なのですか?」
『炎の大精霊だ』
「え!?」
氷の大精霊が、炎の大精霊と結婚!?
属性同士が反発し合わないのか。
それに、どういうなれそめがあるのか気になる。
「炎の大精霊様って……その、やはり絵本にある通り、気性が激しく、豪快な方なんですか?」
『いいや、書物に出てくる炎の大精霊とは、まったく異なる。まあ、豪快ではあるかもしれないが』
いつも元気で、お喋りで、太陽のように明るい存在らしい。
奥さんの話をする猫の大精霊様は、とても穏やかでなんだか嬉しそう。奥さんを深く愛しているのだろう。
子ども達は独り立ちしたようで、のんびりと暮らしている中で起きた事件らしい。
『我らの平穏を脅かす存在など、絶対に赦しはしない』
「そうですね」
事件解決に大英雄であるシエル様が協力してくれるという。きっと、大メルヴも救ってくれるだろう。
『魔剣聖剣夫婦がいたら、よかったのだが……あの者達は百年以上も新婚旅行にでかけているゆえ、結界の力も弱まっていたのだろう』
「はい?」
なんだか、とんでもない話が聞こえる。
魔剣と聖剣が夫婦で、新婚旅行だって?
なんか、以前シエル様も聖剣がどうのとか、話をしていたような気がする。
その辺とも、繋がりがあるのかもしれない。
ここで、話し合いが終わったようだ。集合がかかる。
「この先からは、別行動をすることになった」
まず、シエル様とアリタが、世界樹を襲い大メルヴを奪った者を追う。
そして、コメルヴと猫の大精霊様と私達第二部隊が世界樹のもとへ向かうらしい。
『敵を追った妻のことは気になるが、まあ、大丈夫だろう。その前に、コメルヴを世界樹へ連れて行かなければならん』
シエル様の手のひらにちょこんと座るコメルヴは、頭から生える葉っぱがしおしおで、元気がなかった。世界樹の近くに連れて行ったら、多少なりとも元気になるだろうとのこと。
「そんなわけだ。リスリス、コメルヴを頼むぞ」
シエル様は私にコメルヴを託す。もちろんですと、深く頷いた。
アリタに跨ったシエル様は、敵の気配を探り風のように去って行った。
『では諸君。私についてきてくれ』
猫の大精霊様の案内で、世界樹を目指す。
◇◇◇
大森林の魔物は強力だ。しかし、調子を戻しつつあるらしい猫の大精霊様が戦闘に参加し、助けてくれる。
──凍て突け、氷の矢!
氷でできた矢が、魔物の頭部を貫く。
猫の大精霊様のおかげで、戦闘はすぐに終了となった。
シエル様がいないので心配していたけれど、戦闘面はまったく問題ないようだ。
『万全の状態ならば、あのような魔物など、凍らせて終わるのだが』
「いえいえ、助かってます」
普通の森より、魔物の数は多く出現頻度も高い。猫の大精霊様の助力は本当にありがたい。
「休憩にする」
隊長の指示で、広場で昼食を取ることにした。
みんなお疲れ気味のため、元気になれる食事を準備する。
まずは、ホロホロ鳥の鳥ガラを煮込んで出汁を取る。
続いての食材は──長芋。疲労回復効果があるといわれている。これをサイの目切りにし、ホロホロ鳥の胸肉と白米、乾燥キノコ、小海老を一緒に入れて、出汁を入れて煮込む。
味付けは塩だけでいいだろう。乾燥キノコとホロホロ鳥から濃い出汁が出ているので、ほとんど必要ない。
ぐつぐつと煮込み、白米に十分火が通ったら、少しだけ余っていたホロホロ鳥の卵でとじる。
これにて、『疲労回復効果あり! 長芋とホロホロ鳥のポリッジ』の完成だ!
みんなを集め、食事の時間とする。
スラちゃんとコメルヴには、蜂蜜水を作る。アメリアとステラには、果物を用意した。
一応、猫の大精霊様の分も用意してみたが……。
「あの、氷の大精霊様も、食べますか?」
『せっかくだから、いただこう』
一応、見た目は猫なので、冷やしたものを用意してみた。お口に合うかどうか。ドキドキだ。
「では、いただきましょうか」
『うむ』
猫の大精霊様はじっと、料理を覗き込んでいた。
『この、白くてとろりとしたものは、エルフ独自のスープなのか?』
「いえ、白米といって、とても栄養価の高い食材なのですよ」
『ふむ。そうだったか』
猫の大精霊様は、今日が白米初挑戦らしい。
『では、いただこう』
ペロリと舐めた瞬間、尻尾がピンと伸びた。
その後、パクパクと食べ進めている。
「い、いかがですか?」
『これは、初めての味だ。なんだろうか……少々ねっとりしていて、粒々とした食感が面白く、スープはあっさりしているが、味わい深い』
つまり、おいしいということなのか。
なんとなく、言葉のチョイスが隊長の感想と似ている。
もしかして、猫の大精霊様は貴族だったとか?
『なんだろう。不思議だ。初めて食べたのに、懐かしいような、ホッとする味わいだ』
「お口に合ったようで、よかったです」
他のみんなも、おいしそうに食べている。
世界樹のある場所までそう遠くないというので、もうひと頑張りしてほしい。




