大森林にて その六
魔力値の高い人から、どんどん影響を受けているようだ。
私とリーゼロッテに続いて、ザラさん、少し間をおいて、ベルリー副隊長、ガルさん、ウルガス。
シエル様は──さすがだ。じっと立ち、前を見ている。
隊長はただ一人、何事もないようにしていた。みんなの様子を見て、焦っているようだけれど。この凍えるような寒さなのに、じりじり圧力をかけるような魔力を感じていないと?
信じられない。これが、本物の山賊力なのか。
みんなの前に躍り出て、剣を構えている。まさか、一人で戦う気なのか。
「ルードティンク。武器をしまえ」
「し、しかし」
「よい。ここは、私に任せろ」
「わかりました」
シエル様は策があるようだ。
『クエクエ~……』
『クウ……』
アメリアとステラは平気なようだ。幻獣と人は違うのだろう。二人は私を心配してくれている。震えているからか、両脇に立ってもふもふの体毛で温めてくれた。
「あ、ありがとう、ございます。温かい……へ、へっくしょい!!」
乙女感のないくしゃみをしてしまったが、無理もないだろう。
寒い。寒すぎる。
この寒さが、大森林に異変を及ぼしているのか。
ウルガスはあまりの寒さに、ポロポロと涙を流していた。
「うわわわ、寒すぎる~~!!」
そんな彼に、ガルさんが尻尾を貸してくれた。
「うわああああ、温かい~~!! ガルさん、ありがとうございます。今度、肉を奢ります!」
リーゼロッテは炎属性のため、寒さには強いようだ。しかし、押しつぶされそうな魔力に耐えきれず、具合が悪そうだ。
そんなリーゼロッテを、ベルリー副隊長は支えている。
『クエクエ?』
『クウクウ』
アメリアとステラは、話し合ったことを私に教えてくれる。なんでも、女性陣に限定してもふもふの中に入れてくれるという。
「あ、ありがとうございます」
リーゼロッテとベルリー副隊長を、アメリアとステラの間に入るよう勧めてみた。
「ほう、これは、温かい」
「ああ……素敵」
リーゼロッテはアメリアとステラに囲まれ、うっとりしていた。
ベルリー副隊長は、顔色が少しだけよくなったような気がする。
「う、うう、羨ましい……!」
ウルガスは幻獣もふもふの中にいる私達に、羨望の眼差しを向けていた。
ここは、男子禁制ですので。
「ア、アルブム、ウルガスの首元を、温めてくれませんか?」
『エ、男ハ、イヤ~』
「酷いですね」
切なそうにするウルガスを、ガルさんが抱きしめてくれる。
「ああ……もふもふ!」
ガルさんは、本当に優しい。
ザラさんはさすが雪国育ちといえばいいのか。
寒さは平気みたいだけれど、リーゼロッテ同様、魔力の圧力がきつそうに見える。
ここで、シエル様が動きを見せた。
なんと、驚くべきことに、地面に片膝を突いたのだ。
「我が名はアイスコレッタ家のシエルである。世界樹メディシナルの危機を感じ取り、ここに参上した」
続けてシエル様は、見えない存在へと語り続けた。
しばし、話を聞かせてほしい、と。
ガサリと物音がして、何かが飛び出してくる。
「──え?」
出てきたのはアイスブルーの目を持つ、白銀の毛並みを持った猫であった。
地上に下り立った瞬間、地面が瞬時に凍っていく。
その氷は一面に広がり、この辺りは氷の大地となってしまった。
「あ、あれは、幻獣!?」
「違うわ」
リーゼロッテが即座に見抜く。あのような幻獣種は存在しないと。
新種である可能性も否定した。
「あんな強い魔力を、竜以外の幻獣が放っているわけがないわ」
「ということは、精霊か妖精ですか?」
『妖精デモナイヨ』
アルブムが教えてくれる。
「で、では、あれは──精霊」
『タブン、タダノ精霊ジャナクテ、大精霊、ダト』
「だ、大精霊……!?」
見た目は、可愛らしい猫ちゃんにしか見えない。
キッと、私達を睨んでいる。
とても、友好的な存在には見えなかった。
『お前は、アイスコレッタ家の者だと言ったな?』
「然り。一度、世界樹メディシナルとは、会ったことがある。その時、コメルヴと契約した」
『コメルヴだと!?』
シエル様は鎧の中でぐったりしているコメルヴを、猫の大精霊様に見せていた。
『こ、これは……!』
「急に、元気がなくなってしまったのだ。おそらく、大本の世界樹に何か影響があったのだろうかと」
猫の大精霊様は、苦虫を嚙み潰したような表情で事情を語ってくれた。
『何者かが現れて、私と妻の魔力を奪い、世界樹メディシナルの本体を引きちぎり、連れ去ったのだ』
「な、なんと!?」
コメルヴの基となった存在、大メルヴでもいたのだろうか。
その大メルヴが連れ去られてしまったせいで、世界樹が枯れかけているという。
『今、私の母が、世界樹メディシナルに魔力を集めているが、それにも限界がある……!』
猫の大精霊様の奥さんが、大メルヴを連れ去った人物(?)を追っているらしい。
世界樹の応急処置を終えたあと、猫の大精霊様も追いかけたが、気配を見失ってしまったのだとか。
『今、私は魔力の大半を奪われ、万全ではない。この、小さき存在の姿しか、保てなくなっている。苛立ちが、このように氷となって表れてしまうようだ。すまない……』
大メルヴと魔力を奪われ、奥さんを見失った状態では、仕方がないのかもしれない。
「しかし、貴重な魔力を無駄にすることもなかろう。もう、大丈夫だ。私が、世界樹を救ってやる」
大英雄の言葉は説得力があるのか、猫の大精霊様の強い魔力の放出と氷は収まった。




