大森林にて その五
雪が広がる森から、葉が紅葉した森に景色が変わっていく。
さすがというべきか。一年の四季と世界の全ての自然が詰まった森なだけある。
天に届くのではと思うほど高い木々に、私の全長と同じくらいの大きな葉、椅子にできそうな巨大キノコ──と、大森林の植物はどれもこれもスケールが大きい。
休憩時間に巨大森林檎を発見した。
なんと、一個が私の顔よりも大きいのだ。
高い場所に生っていたので、アメリアが採って来てくれた。
降りる前に、アリタが受け取っていた。
『クエクエクエ~~♪』
『クウクウ♪』
見たことがないほど大きな森林檎を前に、アメリアとステラは珍しくテンションが上がっている。
二人共、小食でいつもは森林檎一個で「お腹いっぱいね」なんて言っているのに。
『ウワァ、大キナ林檎。デモ、アルブムチャンニハ大キスギテ、採レナイナア』
「アルブム、一人で食べられるかの心配じゃないんですね」
『ア、持チ運ブノモ大変カモ!』
「そうですか」
相変わらず、アルブムは食いしん坊だ。
ふと、いつもと雰囲気が違う気がして、ちらりと他の人を見る。
隊長とベルリー副隊長、シエル様は地図を広げ、何やら話し合っているようだった。
思っていたよりも、事態は深刻なのか。
シエル様は、ここに来てから一言も「すろーらいふ」と口にしていない。
コメルヴの元気がないのも心配だ。
ザラさんとガルさんは武器を手に、何やら真剣な面持ちでいる。何かの気配を感じているのか。ガルさんの尻尾が緊張でピンと伸びていた。
スラちゃんも、拳を構えた状態でいる。
ウルガスは毒矢を仕込んでいた。
リーゼロッテは眉間の皺を解している。
いつもと違う魔物を前に、皆緊張しているのだろう。
『クエックエ!』
『クウクウ!』
「あ、はいはい」
一方、幻獣と妖精組は平和だ。今も、森林檎を切ってくれと急かす。
『クエクエ』
「あ、ありがとうございます」
アメリアが爪で森林檎を押さえてくれる。
そして、巨大森林檎にナイフを入れたが──硬い!
「な、なんで、こんなに硬いの!? ぐぬぬぬぬ!!」
全力で切りつけたが、ナイフの刃はぜんぜん沈んでいかない。
『リスリスちゃん、手伝おうか?』
「あ、アリタ、お願いします」
アリタはナイフで森林檎を切り分けてくれる。
「アリタ、ありがとうございます」
『いえいえ』
なんとなくイヤな予感がしたので、一口大に切り分けてもらい試食することにした。
「いただきま……うぐっ!?」
やはり、硬い。アメリアとステラも、切なそうな表情で森林檎を食べている。
ここまで大きいと、果肉も硬くなってしまうのだろう。
『ハア、硬イネ。味ハ美味シインダケドネエ……』
さすがのアルブムも、歯が立たないようだ。
一方、アリタは平気みたいだ。顎が強いのだろう。
『なんか、ごめん。自分だけ味わってしまって』
「いえいえ、大丈夫です」
蟻妖精以外、生食は難しい。砂糖煮込みにしたら、食べやすくなるのかもしれない。
「こうなったら──くたくたになるまで煮込みます」
まだ、出発しそうにないので、ちゃっちゃと調理する。
携帯焜炉を取り出し、火を点ける。
アリタが細かく刻んでくれた森林檎を投下。ぐつぐつと煮込む。
ふわりと、良い香りが漂ってきた。
一つ、味見をしてみる。
「わっ、ほどよい柔らかさになっています」
砂糖を入れなくても、十分甘くておいしい。
鍋を火からあげて、アメリアとステラの分を冷ます。
他の人へは、クラッカーに載せて配ってみた。
「ウルガス、どうぞ」
「わ~! リスリス衛生兵、おいしそうですね」
「あの、毒を触っていたみたいなので、手をよく洗ってから食べてくださいね」
「了解です!」
他の人にも配って回る。
戻って来たら、アルブムが片手をあげて『ゴ苦労様!』と労ってくれた。
「あれ、みんな、食べないで私を待ってくれていたのですね」
『クエクエ』
『クウ』
『当タリ前ジャン!』
『みんなで食べたほうが、美味しいよね!』
みんなの優しさに、胸がほっこりする。
「では、食べましょう!」
森林檎煮のクラッカー載せを頬張る。
「ん!?」
『オイシ~~!!』
先ほどの硬いばかりの森林檎と同じとは思えない。
火を入れることによって、シャキッとした歯ごたえは残りつつも、柔らかくなっている。
砂糖は入れていないのに甘さが深まっており、ほのかな酸味がいいアクセントになっていた。これが、サクサクのクラッカーとよく合うのだ。
アメリアとステラも、食べやすくなったからか尻尾を振って嬉しそうだ。
他の人も、ちらりと見て見る。
強張っていた表情は、いくぶんか解れたように感じた。
大森林に入ってから、みんなピリピリしていた。休憩時間くらいは、息抜きをしてほしい。
そのお手伝いができたようで、ちょっとだけ嬉しくなった。
◇◇◇
休憩時間は終わり、大森林の中を再び進んでいく。
魔物の気配がした瞬間、ガルさんが隊長に注意を促す。即座に、戦闘態勢となった。
襲いかかってきたのは、鋭い牙を持つ一つ目の巨大兎。
シエル様が倒すのかと思えば、隊長が剣を抜いて斬りかかった。続いて、ガルさんが中距離から槍を突き出す。
シエル様は後方で腕を組み、戦闘を眺めていた。
「あ、あれ、なぜシエル様は傍観しているのでしょうか?」
「俺達、戦い方をアイスコレッタ卿から習うことにしたんですよ」
ウルガスはそう言って、矢を放つ。
見事、目に命中させた。
ベルリー副隊長の双剣に、リーゼロッテの魔法で作った炎を纏わせて首元を裂く。
首元が燃える巨大兎の首を、ザラさんが戦斧で刎ねた。
戦闘は終了となる。
どうやら、長い話し合いは戦闘についての話し合いだったようだ。
「す、すごいです……!」
「せっかく大英雄がいるのだから、戦闘を教わろうって、隊長が頼んでくれたんですよ」
「さすがですね」
その後も、みんなで連携して魔物を倒していたが、想定外の事態となる。
紅葉した木々の景色は変わらないのに、寒くてガタガタと震えてしまう。
加えて、ありえないほどの魔力量を感じた。
「なっ……これは!?」
あまりの圧力に、その場に膝を突いてしまった。
リーゼロッテも、苦しそうにしている。
いったい、何が近づいてきたのか。




