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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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キャラメルナッツパイ

 ザラさんのシチュー、凄く美味しかった。お店で出してもいいくらいの水準でびっくり。


「ありがとうございました。とっても美味しかったです」

「だったら良かった」


 一緒にお皿洗いをして、お茶を淹れる。

 茶菓子には、メレンゲ焼きが出て来た。薄紅の色付けがされたお菓子で、口に入れた瞬間にしゅわりと溶けてなくなる。

 なんとも乙女チックなお菓子だ。

 美味しいお茶とお菓子でほっとひと息。天気も良いし、お腹いっぱいだし、幸せ。

 お茶とメレンゲ、買ったお店を教えてもらったので、購入して帰ろうと思う。

 あと、非常食のビスケットとかも買わなければ。


 ザラさんも今日はのんびり過ごすらしい。良い休日だ。


「でも、山猫イルベスを飼っていたなんて、驚きました」

「私が八歳の時に母が拾った子なんだけど、信じられないくらい寒がりで、仕方なく王都に連れて来たの」

「そうだったんですね」


 ちなみに、この国には『幻獣保護条約』がある。

 飼育及び接触が禁じられている一級幻獣は、竜のみ。

 第二級となる保護幻獣は、聖狼リュコス一角馬モノケロス石像鬼ガーゴイル恋茄子アルラウネ鷹獅子グリフォンなどなど。これらは免許を持っている一部の人のみ接触及び飼育を可能としている。

 第三級は役場などに許可を申請すれば、誰でも飼育できる。ザラさんが飼育している山猫イルベスに、火蜥蜴レザール虎猫ティグラキ雪狐スノソラなどなど。

 当然ながら、幻獣に分類される生き物は普通の愛玩動物とは違う。人に害さないように、きちんと契約を結んでいなければならないのだ。


「あの子の食費、とってもかかるの」

「大変ですね。どのくらい食べるのですか?」

「一日蜂蜜ミエレひと瓶くらい」

「お肉じゃないんですね」


 さすが、幻獣。

 通常、北の国では雪の花と呼ばれる、冬季にも咲く花を主食として生きる生き物らしい。

 肉食じゃない大人しい猫さんとか、可愛すぎるだろう。


「冬場は暖炉の前から退かないし、下手したら夏場も寒がっているの。散歩も嫌い、爪とぎも苦手、食事は匙で掬って与えなきゃいけないし、とっても手のかかる子よ」

「遠征の時はどうしているのですか?」

隊長クロウの知り合いの家に預けているわ」

「なるほど」


 王都には数軒、山猫イルベスを飼育している家があるらしい。

 けれど、乱獲は禁止されていて、国の許可を取得した一部の育種家ブリーダーのみが販売している。

 加えて、飼育費や世話が掛かることから、王都の一般家庭ではほとんど飼われていない。


「ってことは、隊長の知り合いは貴族の方ってことですね」

「そう」


 遠征の時に預ける代わりに、相性が合えば繁殖を、という話らしいが、なかなか上手くいっていないとか。


「なんか、相手の家の山猫イルベスがお坊ちゃん育ちで、つがいとしての相性は微妙で」

「話を聞いていればブランシュさんも、どちらかと言えばお嬢様気質ですよね」

「そうかもしれないわ」


 親の気持ち子知らず、というものなのだろう。

 遊び相手としては良い関係を築いているので、気兼ねなく預けていると言う。


「そういえば、ブランシュさんのよだれ掛け……じゃなくて、前掛けですか? あれ、ザラさんが作ったのですか?」

「そうなの! 可愛いでしょう?」

「はい。手先が器用で」

「自分の服も手作りなんだけど」

「へえ、凄いですね」


 なんでも、ザラさんの生まれ育った地域は雪深い時季、外で何も作業ができないので、室内でできる手仕事を極め、収入源とするらしい。

 機織りに木材細工、裁縫に動物の革で作る靴など。


「各家庭に家業があって、小さな頃から習うのよ」


 家業を継ぐのは長子のみで、あとの人は他の家に弟子入りとかすることもあったとか。


「私はいろんな職人の家をふらふらしていて、機織りに裁縫、料理、いろんなことを覚えたわ」

「ザラさんの家の家業はなんだったのですか?」

「斧職人ね。王都の武器屋にも卸しているの」

「へえ」


 いろんな道が許されているのは、羨ましいと思う。

 うちの村は閉鎖的な場所だったんだなと、痛感してしまった。


「あ、そうだ。織物、他にもあるから見せてあげる」

「本当ですか?」


 ザラさんに案内されたのは、裁縫部屋。

 トルソーや、ミシン、意匠画を描く机など、本格的な道具が並んでいる。


「うわ、うわあ~」

「ごめんなさいね、ちょっと雑多な場所だけど」

「いえ、素敵です!」


 乙女の夢が詰まったような部屋だった。

 棚には、色とりどりの布が詰められている。小箱にはレースや糸が納められ、見ているだけでワクワクしてきた。


「お店屋さんみたいですね」

「布屋に行ったら、ついつい買ってしまうの。病気よね」

「お気持ち、よくわかります」


 布物商が来たら、ついつい使う予定のない布地を買ってしまうのは、女性ならば誰だって経験していることだろう。


 私はザラさんと夢中で布を眺めていた。

 綺麗な布を買って、服を作るのもいいかもしれないと思い始める。


「だったら、今度一緒に布を買いにいきましょうよ」

「ええ、是非!」


 楽しみが増えてしまった。素敵な布やレースが買えるように、お仕事を頑張らなければ。


 その後、ザラさんは私のお買い物に付き合ってくれた。

 非常食のお菓子を買い、服屋でワンピースを選んでもらい、最後にこの前言っていた、キャラメルナッツパイを食べに行く。


 お店は貴族のお嬢様とか、奥様方で大変混み合っていた。

 長い列ができていて、使用人っぽい人達が並んでいる。ご主人の代わりに列を成しているのだろう。


「メルちゃん、どうする?」

「並びましょう」


 せっかく来たのだ。並んででも食べたい。


「あ、ザラさんが迷惑じゃなかったらですけれど」

「ええ、大丈夫。私も食べてみたかったから」

「だったら挑みましょう」


 列に並ぶこと一時間。やっとのことで店に入れた。


 席と席の間には囲いがあって、落ち着いた空間を作り出している。これも、人気の秘密かもしれない。


 店員さんがメニュー表を持って来たが、中を開いて驚く。

 お菓子だけでも二十以上の、豊富な品目だったのだ。


「パイは基本として、揚げ芋もほしいわね」

「同感です」


 しょっぱい料理も置いているなんて、最高かと思った。

 紅茶とキャラメルナッツパイ、揚げ芋を注文する。


 料理を待つ間、ぼんやりと出入り口を眺める。

 入って来るのは女性ばかりだった。


「ここって女性ばかりなんですね」

「そうなの。いつもは外から店内を眺めるばかりで」


 キャラメルの甘い香りは外にまで漂っている。通過するだけではさぞかし辛かっただろう。


 店員さんが持って来た紅茶を飲んで、ほっと息を吐く。

 ザラさんも同じように、安堵した表情を見せていた。

 買い物に連れ回して悪かったなと思い、謝ればそうではないと首を横に振る。


「ここ最近、男女問題に悩んでいたから、なんか癒されたわ」


 ザラさんはしみじみと呟く。


 そういえば、騎士隊に戻ったきっかけが、お客さんに迫られていたとかなんとかだったような。

 なんでも、交際の申し出を断るために、女性のお友達に偽物の恋人になるように頼み、お断りをし続けていたまでは良かった。が、今度は女性側に迫られてしまい、困っていたらしい。


「こんななりをしていても、異性として扱われるなんて、思いもしていなかったから」

「ふうむ」

「ただの友達付き合いを、したかっただけなのに……」


 女性と同性のようなお友達付き合いをしたいけれど、難しかったということだろうか。

 大人の話はよくわからない。

 女性っぽい喋りをしていても、慣れたら男性にしか見えないので、友達だった女性も、恋人としての関係を望んだ、ということなのか。


 物憂げな様子で、「男女の友情って、成立しないのかしら?」と呟いている。


 私はそんなザラさんに、ちょっと図々しいことかもしれないけれど、ある提案をしてみた。


「あの、私は、ザラさんとお友達になりたいです」

「あら、メルちゃんはお友達じゃなくて――」

「お待たせいたしました」


 お待ちかねのキャラメルナッツパイが運ばれてくる。

 私は身を乗り出して、パイに魅入ってしまった。


「うわ、美味しそうですね」

「まあ、そうね」


 パイの表面はキャラメリゼ化されていて、ツヤツヤと輝いている。

 大きさは拳大くらい。

 ナイフを入れたら、サクっとした手応えがあり、下のほうはザクっという音が鳴った。


「土台にナッツを敷いているみたいですね」


 さっそく、一口大に切り分けていただく。

 表面は言うまでもなく焦がしキャラメルがパリパリしていて美味しい。生地はサックサク。豊かなバターの風味が堪らない。

 中はカスタードクリームがみっちりと詰まっている。

 ナッツは焼く前に一回炒ってあるのか、香ばしい。ほんのりと塩味が利いていて、全体の味を引き締めてくれる。


「はあ、幸せです」

「ええ、本当に」


 口の中が甘くなれば、香草が振ってある揚げ芋を食べる。

 甘い物のあとのしょっぱい物は、悶絶するほど美味しいのだ。


 あっという間に食べきってしまう。


 キャラメルナッツパイは行列に並んででも食べたいお菓子だった。

 今度はウルガスやガルさんも誘おうと言えば、切ない表情をするザラさん。

 あまり、大人数でワイワイするのは苦手なのか。

 本人に聞くのは悪い気がしたので、今度、ベルリー副隊長に聞いてみようと思った。


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