エスメラルダの怒り その八
『ねえ、リスリスちゃん、お兄さん、うしろ見て!!』
「ん?」
アリタの言う通りに振り返ると、そこにあったのは見上げるほどの大きな樹。
幹は白く、枝と葉は硝子のように透明で、たわわと実る水晶のように透明な実を生らしていた。
「もしかして、これが氷凍果なんですか!?」
『そうだよ!』
はあ~~っと感嘆の息がこぼれてしまう。
なんて美しい樹なのか。
氷凍果は拳大の果物で、丸い形をしている。一見して水晶を削って作った芸術品のようにも見えるが、雪山のみに自生する植物で間違いないようだ。
「メルちゃん、採りに行きましょう」
「は、はい!」
思わず、見とれてしまっていたようだ。
雪熊のいるところなので、のんびりするわけにはいかない。さっさと収穫して、下山しなければ。
まず、ザラさんが一つ収穫する。手に取ると、虹色に輝く。
「甘い香りがするわ」
「それに、綺麗ですね」
「ええ、本当に」
どんな味がするのか。楽しみだ。
収穫したばかりの氷凍果は、妖精鞄ニクスの中に入れておく。
私も一つ、取ってみることにしたが──手が氷凍果に届かない。
「あ、あと少しなのに」
『リスリスちゃん、手伝おうか?』
「お願いします」
アリタは私の腰を掴み、一気に持ち上げてくれた。
なるべく下は見ないようにしつつ、両手で氷凍果を掴む。
「うわっ、けっこうズッシリしていますね」
「そうなの。落とさないように、気をつけてね」
「了解です」
地面に落とさないよう、そっと採ってニクスの中に詰める。
そうやって、十個ほど採っただろうか。
「こんなもんですか」
「ええ、これくらいあったら十分だわ」
氷凍果はすべてニクスの中に入れて、出発の準備をする。
休憩したいところだけれど、雪熊二体と遭遇したことを振り返れば、のんびりなんてできない。
甘いお菓子で活動力を補給し、この場を出発した。
幸い、帰り道に雪熊はいなかった。
あっという間に下山し、甘大蟻の地下通路に辿り着く。
「やっと、ここまで来ることができました。ザラさん、ステラ、アリタ、ひとまずお疲れ様です」
ここから先の道のりもあるけれど、地下道は魔物と遭遇することはない。
ステラから降りたら、腰が抜けてその場に座り込んでしまった。
「メルちゃん、大丈夫!?」
「え、ええ。平気です」
『ちょっと休憩したほうがいいかも』
「そうね」
雪山の滞在時間は三時間くらいだったけれど、それ以上いたような感覚があった。
雪熊はもう二度と遭遇したくない。
「な、何か、温かいものでも作りましょうか」
「メルちゃん、私に作らせて」
「ザラさんが、ですか?」
「ええ。雪熊を倒した場所で、魔法に驚いて地上に顔を出した時に、ある食材を捕まえたの。それを使った料理を作ってあげるわ」
捕まえたということは、雪兎か雪鳥なのか?
しかし、他の食材まで見つけていたとは。さすが、雪国出身。
「それで、何を捕まえたのですか?」
「これよ」
革袋から出されたのは、真っ白の魚だった。
大きさは手のひらより一回り大きいくらいか。
口先から尾まで白く、鱗はない。今までみたどの魚よりも美しい。
「こ、これは!?」
「雪魚といって、雪の中を泳ぐ魚なの」
「へえ~~、こんな生き物がいるなんて、知りませんでした」
「私も、久々に見たわ。里のほうでは、あまり見なくなったの」
珍しい食材のようだ。
もしや、身も白いのか。そう思っていたが、ナイフを入れて開いた身の色は鮮やかな橙色。
「綺麗な身ですね」
「ええ、本当に。山の奥地で育ったから、きっとこんな色なのね」
ザラさんが小さなころに食べた時は、薄い橙色だったようだ。
いったいどんな味がするのか楽しみ。
ザラさんは雪魚を三枚におろし、骨はスープにするようだ。
乾燥野菜を入れ、じっくり煮込む。
魚の身はバターを落とした鍋でじゅわっと焼いた。
あっという間に、スープとムニエルの二品が完成する。
「わあ、美味しそうです!!」
「どうぞ、召し上がれ」
アリタは未知の食材を前に、目を輝かせている。
ステラへは果物を与えた。
「では、いただきます」
まずは、スープから。匙で掬い、飲む。
「わっ、濃い!!」
濃厚な魚の出汁だ。雪の中を泳ぐ魚だというので、味が想像できなかったが、きちんと魚の味わいである。当然、生臭さはいっさいない。
旨みがスープにたっぷり溶け込んでいて、何日も灰汁を掬って煮込んだような上品な味わいがある。
さすが、ザラさんの手料理。お店で出せそうなほど美味しい。
ムニエルも食べてみた。
皮を残した状態で焼いたので、表面はパリパリで香ばしい。
身はふわふわだ。もちろん、噛むとじゅわ~~っと雪魚の旨みが口の中に溢れる。
なんて美味しい魚なのか。
「ザラさん、これ、すっごく美味しいです」
「良かったわ」
アリタも宝石のように目を輝かせ、雪魚料理を食べている。
こちらも、お口に合ったようだ。
ザラさんのおかげで、絶品料理を堪能してしまった。
余った雪魚はキノコのオイル漬けと一緒に漬けておく。
これがまた、美味しいらしい。完成するのが楽しみだ。
「よし! 元気になったので、帰りますか!」




