エスメラルダの怒り その三
一休みしたあと、再度大甘蟻の地下通路を進んでいく。
道を進んでいたら、喫茶店のようなお店で甘大蟻がくつろいでいたり、井戸の近くで主婦っぽい甘大蟻がお喋りしていたり、商店が開かれていたりと、ちょっとした地下の国みたいになっている。
私とザラさん以外に人はいないが、慣れているのか特にジロジロ見られることはない。
ステラも同様だ。
ザラさんはアリタと楽しそうに話しながら、どんどん先を進んでいた。
「ねえ、アリタ、私、重たくない?」
『お兄さん、ぜんぜん重たくないよ』
「よかった」
戦斧を背負っているザラさんが重くないだなんて、アリタは力持ちだ。
一応、私も確認してみる。
「ステラ、私、重たくないですか?」
『クウ!』
問題ないようで、ホッとした。
途中で、雪山に近道できる通路の入り口に行き当たった。
通路の真ん中に、腕組みして立つアリタよりも一回り小柄な甘大蟻を発見。
『あの蟻が、雪山への近道を作ったんだよ』
たしか、通行料は甘い物と交換だったようだ。
『すみませ~ん、その道、通りたいんですけれど』
『では、未知なる甘味を要求する!』
『え、今まで、そんなシステムだった?』
『否、今考えた』
『ええ~~……』
クッキーにチョコレート、飴にケーキ。定番のお菓子は飽きてしまったようだ。
「えっと、そんなに珍しいお菓子は持ってきていないのですが……」
一応、確認してもらう。
持っているお菓子を広げてみたが、どれも食べたことがあるらしい。なんてこった。
皆、地上からアレコレとお菓子を持ってきて、通行料として渡していたようだ。
『困ったなあ。同じ蟻のよしみでどうにかならないよね?』
『無理だな。俺は、未知なる甘味を求めているんだ』
アリタが『どうしよう?』みたいな感じで振り返っている。
「いいわ。受けてたとうじゃない」
そう言ってアリタから華麗に跳び降り、発言したのはザラさんだ。
「今から私が、とっておきのお菓子を作ってあげるわ!」
「お、おお~~!!」
ザラさんのとっておきのお菓子!
思わず反応してしまったら、注目を浴びてしまった。
「あの、すみません。話を進めてください……」
なんでも、ザラさんが雪国に伝わる『とっておきのお菓子』を作ってくれるらしい。
どんなお菓子なのか。私も気になる。
「とりあえず、材料を買いに行きましょう」
「そういえば、ちょっと前に商店がありましたよね」
小さいお店だったけれど、野菜とか果物とか、いろんな食材が売られていた。
「っていうか、甘大蟻って、砂糖以外にもいろいろ食べるのですね」
『あ~、あれは冒険者用のお店なんだよ』
「そうなのですか?」
『うん。けっこう売り上げいいみたい』
手堅く稼いで、質の良い砂糖を作るのだとか。
甘大蟻は世渡り上手な気がする。
さっそく、道を戻って商店に向かった。
『らっしゃい!』
ねじりハチマキを頭に巻いた甘大蟻が私達を迎えてくれた。
『今日は何入り用で?』
「え~っと、小麦粉とバター、砂糖はアリタからもらったのでいいわね。あとは卵、牛乳、塩、それと酵母はある?」
『あるよ!』
「じゃあ、お願い」
ザラさんはいったい何を作るのか。小麦粉とバターということは、焼き菓子?
でも、酵母を使うお菓子って何かあったか。
しかも、オーブンはなく、鍋しかない。
「材料は揃ったから、戻りましょう」
何を作るのか謎のまま、元いた場所へと戻った。
「じゃあ、作るわよ」
「お手伝いします」
「メルちゃん、ありがとう」
まず小麦粉と酵母、砂糖、塩を混ぜる。次に、卵と牛乳を混ぜ、しばし湯煎して温めた。
「温まった卵と牛乳を小麦粉と混ぜて、しっかり混ぜるの」
生地がまとまってきたら、バターを加えて捏ねる。
「ここで、しばらく発酵させるのよ」
三十分ほど休ませると、かなり大きく膨らんだ。ガスを抜いたあと、生地を切り分けて丸めた状態でさらに発酵させる。
ふっくら発酵した丸い生地は、ころころしていて可愛らしい。
「この状態になったら、低温で揚げるの」
温めた油の中に入れると、生地はさらにぷくーっと膨らんでいった。
こんがりと揚がったら、アリタ印の粉砂糖をまぶしてできあがり!
「初雪ドーナツの完成よ」
パンでもない、お菓子でもない、初雪ドーナツ。
名前の通り、初雪が地面に降ったような見た目だ。
「まずはメルちゃんとアリタ、味見してみて」
『え!?』
「いいのですか!?」
「ええ、どうぞ」
アリタと二人揃って、「わ~い」と言ってしまう。
果たして、初雪ドーナツとは、どんな味なのか。
揚げたてアツアツなので、ふうふうと息で冷ましてからパクリとかぶりつく。
「わっ、ふわっふわ!!」
外の生地はサクサクで香ばしく、中は雪の中に顔をうずめたのかと思うほど柔らか。
表面にまぶされた粉砂糖が、生地のおいしさを引き立ててくれる。
「おいしい以外、言葉にできません」
『これは、すごいお菓子だ~!』
私達の反応を見て、腕組みしていた甘大蟻は両手を差し出して叫ぶ。
『あ、味見はいいから、早く食べさせろ!!』
寄越せというので、できたてを持って行く。
甘大蟻は両手で初雪ドーナツを掴み、一口で食べた。
『!?』
余程おいしかったのか、びょん! と跳び上がる。
そして、サッと脇に避けた。
おいしかったので、通っていいってことなのか。
ザラさんを振り返ると、満面の笑みを浮かべていた。
なんとか先に進めそうで、心からホッとする。




