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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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謎の遺跡 その十

 ぽたり、ぽたりと、冷たい水滴が頬に落ちてくる。


「リヒテンベルガー魔法兵! リヒテンベルガー魔法兵、起きるんだ!」

「ううん……」


 この声は、ベルリー副隊長だ。そっと瞼を開くと、すぐ目の前に青い瞳が見えた。


「リヒテンベルガー魔法兵! よかった。目覚めたか」

「んん……」


 遺跡に入ってから転移陣で飛ばされた私とベルリー副隊長は、そろってここに飛ばされたようだ。

 否、ここではない。私とベルリー副隊長は、全身びしょ濡れ状態だった。


 周囲は翡翠を削って造った鍾乳洞のように見える。魔力を帯びているのか、ほんのりと光っていた。内部はひんやりしていて、かなり肌寒い。


「あの、どうして──ゲホ、ゲホ!」


 起き上がるのと同時に話そうとしたら、咳き込んでしまった。

 ベルリー副隊長が背中を摩ってくれる。


「私達は水の中に落とされたんだ」

「なっ!?」


 すぐ近くに、地下水で満たされた大きな穴があった。かなりの深さがあったようで、落ちた瞬間の私は気を失っていたようだ。


 ベルリー副隊長がいなかったらと思うと、ゾッとする。


「ベルリー副隊長、ありがとうございました」

「いや、気にするな。それよりも──」

「それよりも?」

「息をしていなかったので、肺に空気を入れる処置をさせてもらった」


 それはつまり、人工呼吸をしたということになる。

 ちょっとというか、かなり恥ずかしいけれど、救命処置なので仕方がない。


「ベルリー副隊長は、わたくしの、命の恩人だわ」

「当り前のことをしただけだ」


 とりあえず、このままでは風邪を引く。魔法で火を熾して、服を乾かした。

 水の中に落ちた際、ベルリー副隊長は杖まで回収してくれていたのだ。

 感謝しかない。


 ひとまず、現状を把握する。

 どうやら、ここに飛ばされたのはわたくし達だけのようだ。

 水の中に落ちたので、メルから貰った携帯食は全滅──と思いきや、革袋の中の食料は瓶の中に入っていて、水に濡れてもいいように防水処理が行われていた。

 革の水袋もしっかり栓がしてあるので、零れていないようだ。


 携帯食入れの中には、乾燥果物にキャラメル、チーズ、干し肉に行動食、パンにチョコレートが棒状スティックになって入っていた。蓋を蝋で固めてあるので、水は一滴たりとも入っていなかった。


「さすがメルね。すごいわ。でも、どうしてここまでしたのかしら?」

「リスリス衛生兵は以前、ザラと川に落ちて食料をダメにしてしまったことがあったらしい。だから、こうやって対策をしていたのだろう」

「そういえば、そんなことがあったわね」


 失敗を糧とするメルの姿勢は見習いたい。

 火で体を温める間、携帯食を食べることにした。お腹は空いていないけれど、体を冷やしたので体力を消耗しているはずだと、ベルリー副隊長が言ったからだ。


「メルだったら、ここにある食料を工夫して食べていたでしょうね」

「そうだな」


 どうしたら、あんなことが思いつくのか。いつも、不思議でならない。

 パンは細長く切って、もう一度焼いているようだ。表面も中もしっかり固い。

 保存性を高めるために、こういう加工をしているのだろう。

 一生懸命噛んで、水と一緒に飲みこむ。味は悪くないけれど、少し食べにくい。


 ベルリー副隊長も同じことを思っていたようで、顔を見合わせて苦笑いする。


「ああ、そうだ」


 ベルリー副隊長はぽつりと呟き、ベルトに下げていた金属のカップを手に取る。

 何をするのかと思っていたら、チーズを千切って入れていた。それを火で炙り、中のチーズを溶かす。


「この溶けたチーズをパンに絡めたら、少し食べやすくなるかもしれない」


 言われた通り、パンにチーズを絡めて食べてみた。


「ん……あら、美味しい!?」


 カリカリの歯ごたえがあるパンは、チーズを絡めることによって驚くほど食べやすくなった。喉に詰まることなく、水と一緒でなくても難なく呑み込める。


 チーズがなくなったら水でカップを洗い、今度はキャラメルを溶かして食べてみる。


「これも、美味しいわ!」

「よかった」


 ベルリー副隊長は珍しくにっこりと微笑み、呟いた。


「リスリス衛生兵の真似事だったが、成功してよかった」

「ええ、本当に」


 ベルリー副隊長のおかげで、美味しくパンを食べることができた。

 食事が終わったら、火の始末をして先に進む。


 ベルリー副隊長を先頭に、あまり離れずに歩くよう命じられた。

 杖をぎゅっと握って、あとをついていく。


 普段と違い、二人きりなので胸がざわつく。

 いつもは前後左右、他の隊員に守られている状態だったのだと、今更ながら気づいてしまった。

 しっかりしなければ。そう何度も心の中で呟く。

 すると突然、ベルリー副隊長が立ち止まり、双剣を引き抜いた。


「リヒテンベルガー魔法兵、魔物だ!」

「え、ええ」

「魔物に隙ができたら、援護を頼む」

「わ、わかったわ」


 そう言い終えたのと同時に、鍾乳洞の地下水が溜まった穴から魔物が出てきた。


『チュ~~イ!!』


 水中から顔を覗かせ、地上へ飛び出してきたのは、背中からぶくぶくと泡を出している鼠の魔物──水鼠スイチュウ

 大きさは一メトルほどで、単体のようだ。


 すぐさま、ベルリー副隊長は水鼠に斬りかかった。


『ヂュ!!』


 双剣の刃は首筋を切り裂いたように見えたが、皮が厚いのか肉まで届いていないようだった。


 水鼠の背中にある泡が漂い、パンパンと音を立てて破裂する。

 衝撃波を含んだ泡のようだ。


「くっ!」


 ベルリー副隊長は水鼠から距離を取り、体勢を整えた。

 その隙に、私は炎の玉を放つ。

 炎は水鼠の背中に命中し、泡をすべて割ることに成功した。


『ヂュヂュヂュヂュヂュ~イ!!』


 衝撃で水鼠が怯む。

 その隙に、ベルリー副隊長は再び水鼠に斬りかかり、今度は心臓目がけて剣を突き刺した。


『メイチュウ……』


 謎の鳴き声をあげながら、水鼠は死んだ。


「リヒテンベルガー魔法兵、怪我はないか?」

「ええ、平気。ベルリー副隊長は?」

「私も怪我はない」


 なんとか戦闘を終え、先へと進む。

 最後に辿り着いたのは、湖のように地下水が溜まっている広場だ。


「ここは──」


 ベルリー副隊長は何かの気配を感じたようで、双剣を抜く。

 私も、杖を握っていつでも炎の玉を撃てるようにした。


『待て、私は魔物ではない!』


 湖から姿を現したのは、上半身は裸のふくよかな中年男性で、下半身は魚という不可解な生き物だった。


「ま、魔物よ!」

『違うと言っている。私は湖の精だ』


 目の前の魔物は、自らが妖精だと名乗っている。

 ベルリー副隊長と目を見合わせ、どうするか示しあう。


「ああ言っているけれど、魔物にしか見えないわ」

「しかし、殺意がまったくない」


 話し合った結果、あれは妖精であると認めることにした。


「私はアンナ・ベルリー、彼女は部下のリーゼロッテ・リヒテンベルガーだ」

『ふむ。私はここを守護する魚人ぎょじんである。ここへの侵入者はすべて排除するように言われていたが──尊いものを見てしまってな』

「?」


 いったい何を見たというのか。


『洞窟内を水で満たし、そなたらを殺すこともできたが、しなかった』

「それは、どうして?」

『乙女と乙女の接吻を見てしまったからだ』

「……」

「……」


 ただの人工呼吸だったのに、この魚人はとんでもない勘違いをしているようだ。


「あの、私達は仲間達と合流したいのだが」

『私は転移陣を作ることができる。しかし』


 嫌な予感がした。


『条件がある』

「……」

「……」

『もう一度、乙女と乙女の接吻が見たいのだ』


 この変態妖精は、何を言っているのだろうか。


『それを見ないと、帰すわけにはいかないぞ』

「……」

「……」


 もしも、この魚人を倒したらわたくし達は二度と地上へ戻れないのかもしれない。

 どうするのか。ベルリー副隊長をそっと見る。


「リヒテンベルガー魔法兵、すまない」

「え?」


 話し合うまでもなく、ベルリー副隊長はわたくしの額にそっとキスをした。


『ああ~~~~~!!!!』


 魚人の悲鳴が聞こえて、キスどころではない。


『ありがたい……ありがた尊い……!』


 別に、唇へのキスでなくてもよかったようだ。

 ホッと安堵する。


 その後、魚人はわたくし達のために転移陣を作ってくれた。


『これからも、仲良くな』


 謎の見送りの言葉を受けながら、わたくし達は皆と合流するため転移された。


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