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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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謎の遺跡 その九

「ザラさ~~ん、アイスクリーム屋さんがあります! 食べましょう!」

「いいわね」

 ズラリと並ぶアイスクリームを、メルちゃんは目を輝かせながら選んでいる。

「どれにしようかな……。種類があり過ぎて、選べません」

「二段重ねにして食べたら?」

「ダメです! アイスクリームをたくさん食べたら、お腹を壊してしまいます」

「だったら、メルちゃんが好きなものを二つ頼んで、分け合って食べましょうよ」

「え、でも」

「私も、全種類美味しそうで、悩んでいるの」

「そうなのですね。だったら、お言葉に甘えて」

 メルちゃんは森林檎味と夏苺味を選んだようだ。

「はい! ザラさん、あ~ん」

 メルちゃんはキラキラの笑顔で、スプーンで掬ったアイスをくれる。

 なんて幸せな瞬間なのか。

(…………子よ…………との子よ…………人の子よ)

「何よ、うるさいわね。今、いいところなのよ」

(俺は今、心に語りかけておる。このままでは凍傷になるぞ、人の子よ)

「え?」

 その言葉で、夢から覚める。周囲は水晶のように輝く氷の世界。

 見るからに凍えそうな中だけど、ぜんぜん寒くない。

 辺りを見回したが、誰もいなかった。

 私は一人、見知らぬ場所へ飛ばされたようだ。

 ふと、ここで気づく。

 氷上に倒れていた私の周辺には、赤く光る魔法陣が展開されていた。

「こ、これは?」

(俺が展開した魔法陣だ。ここ以外で眠っていたら、三秒で死ぬぞ)

「そう、だったのね。あ、ありがとう」

(うむ)

「あの、私以外に、ここに人はいなかった?」

(いや、お前だけだ。他の者がいたとしたら、きっと他の階層に飛ばされたのだろう)


 メルちゃん達は他の階層にいる。

 大丈夫なのだろうか。心配だ。


(ここは魔物もいるから、気を抜くなよ)

「ええ」


 語りかける存在は何者なのか。周囲を見回してみたけれど、誰もいない。

 とりあえず、探ってみることにした。


「私は、アート。遠征部隊の騎士をしているの。あなたは?」


 よくわからない存在に、名前を教えるわけにはいかない。かと言って、相手は私を助けてくれたから、家名だけでも名乗っておく。


(俺は火蜥蜴だ。名前はない)

「火蜥蜴って、幻獣の?」

(まあ、そんな存在に分類されるな)

「どうして、あなたの言葉が私にわかるの?」


 幻獣は基本、契約者の中でもごく一部としか会話できない。メルちゃんがアメリアやステラと話せるのは、稀な例なのだ。


(あ、いや、まあ、俺とお前は今、仮契約状態なんだ)

「なんですって?」


 一方的に、幻獣側から契約を結ぶなんて、聞いたことがない。

 たぶん、できたのだろうけれど、幻獣側から人間に関係を求める例がなかったからだろう。


「それで、どうして仮契約なんか結んだの?」

(それは、アレだ。こんな中で眠っていたら、お前は確実に死ぬから)

「それは感謝しているけれど、契約を結ぶ必要があった?」


 人助けならば、契約なしでもできるはずだ。


(お前、なかなか鋭いな)

「褒め言葉として、受け取っておくわ。それで、契約した理由は?」

(そ、それは…………今、こ)

「こ?」

(氷漬けにされていて、動けないんだ。助けてくれ)

「凍傷になりそうなのは、あなたのほうじゃない」

(うううっ…………!)

「どうしてそんなことになったの?」


 火蜥蜴は泣きながら、身の上話を始めた。


(奥さんがいて、子どもが五体もいて、仕事も順調で)

「あら、幸せ者じゃない」

(俺もそうだと、思っていたんだ。最近までは)


 なんでも、最近急に奥さんが冷たくなり、怒りっぽくなったらしい。


(なんで怒っているのかわかんなくって、給料が少ないからかなと思って仕事増やしたら、さらに機嫌が悪くなって。どうすりゃいいんだって悩んでいたら、うっかり氷漬けに)

「あらあら」


 まるで、奥さんの怒りが具現化したような仕打ちだった。

 ちなみに、火蜥蜴は無限に増え続けるここの氷の量を調節する仕事をしているようだ。

 その中で、結晶化という氷が自動生成される力に巻き込まれ、氷漬けになってしまったと。


(どうしてあいつは毎日あんなにイライラしているんだって考えるけれど、答えが見つからなくって)

「本当にわからないの?」

(わからない)


 結婚し、子どもができた女性がイライラしている理由は、一つしかない。


「あなた、家のことは奥さんに任せているでしょう?」

(え? ああ、そうだが)

「それよ」

(どういう、ことなんだ?)

「あのね、家事って大変なの。食事を作って、洗濯して、食器を洗って、掃除をして、買い物に行って」


 今あげたものだけではなく、名前のない家事は山のように存在する。

 手抜きをすることもできるけれど、きっと火蜥蜴の奥さんはそれができない性分なのだろう。だから、イライラしていると。


「主婦もね、立派な職業なの。働きを給料に換算すると、外に出て働いている人とほとんど変わらないそうよ」


 そんな懸命な働きを、この火蜥蜴は奥さんがして当たり前だと思っているのだろう。


「ただでさえ大変なのに、子どもが加わったら、どうなるかしら? きっと、苦しい思いをしているに違いないわ」


 私の嫁いだ姉達もそうだった。子どもが産まれて、自由がないと嘆いていた。夫は気楽なもので、帰って来て服を脱ぎ散らし、夕食を要求し、一人でゆっくりお風呂に入る。

 夜泣きには「明日の仕事があるのに困る」と文句を言い、おしめも替えやしない。

 過激な姉の一人は「お前は王様か!」と背中から蹴りたくなったと愚痴をこぼしていた。


 しかしまあ、それは女性側の一方的な言い分だ。

 働く男性側だって、大変なのだ。

 毎日夜遅くまで働いて、上司の機嫌に振り回され、行きたくもない飲み会に付き合わなければならない。


 ただ、夫婦とは生活費を稼ぐ者と家庭を支える者、互いの協力なしには成立しないことは忘れてはならないのだ。


「どちらが偉いとか悪いとか、そういうのではなくて、大事なことはお互いがお互いを理解し、尊重し合うことなの。それに、子育ては仕事に関係なく夫婦二人でするものでしょう? あなたは、それを失念しているのよ」

(わわ、わわわわ!! お、俺、なんてことを!!)


 ようやく、己の過ちに気づいたようだ。

 これからは、奥さんと一緒に手と手を取り合って暮らしていくことができるだろう。


「反省した?」

(した。いや、しました)

「よかった」

(あの、そ、それで、氷漬けになっているので)

「ええ。助けに行けばいいのね。でも、私に氷が溶かせるかしら?」


 リーゼロッテが適任だったかもしれないけれど、彼女はいない。


(氷を溶かす方法は指示するから、とりあえず来てくれ)

「わかったわ」


 ずっとここにいるわけにもいかない。先に、進まなければ。


 立ち上がって、戦斧を手にする。一人なので、常に警戒をしなければ。


 少し進んだ先で、魔物と遭遇する。


『チュイチューイ!!』


 青い毛並みに、背中から氷柱つららを生やした魔物──氷鼠アイチュウが襲いかかってくる。大きさは一メトルほどで、なかなか素早い。


(こいつは、氷柱を飛ばしてくるぞ)

「ありがとう」


 火蜥蜴が戦闘補助してくれるおかげで、動きやすい。

 飛んできた氷柱を回避し、飛びかかってきた氷鼠を戦斧で叩く。

 気を失っている隙に、両断した。


(あんた、優しそうな顔をしているのに、えげつないな)

「魔物には容赦しないことにしているの」

(そ、そうか)


 氷鼠は火蜥蜴の子どもの好物らしい。半解凍のままの生肉を食べるのだとか。


(シャリシャリしていて、美味しいって子ども達が喜ぶんだ。妻の、肉の解凍具合も絶妙で)

「そう」


 火蜥蜴は家族のことが大好きなのだろう。

 話を聞いていたら分かる。

 だから、余計に奥さんとのすれ違いが悲しくなった。

 どうか、仲直りをしてほしい。


 魔物との戦闘を繰り返し、やっと最深部に辿り着く。

 氷漬けになった火蜥蜴は──いた。五メトルほどの氷の中に、火蜥蜴は標本のように納まっていた。


「なかなかカッコイイ感じに納まっているじゃない」

(やめてくれ。早く、出してほしい)

「どうすればいいの?」

(魔法を使えるように力を貸す。お前は呪文を唱えるだけでいい)

「へえ、そういうこともできるのね」

(ああ。仮契約最大の火力で、溶かしてもらう)

「それで、呪文は?」

(ミラクルボンバー・シューティングスター、だ)

「え、もう一回言って?」

(ミラクルボンバー・シューティングスター)

「……」

(ミラクルボンバー・シューティングスターだぞ)

「…………ださい呪文」

(ださくない! 神聖な呪文だ!)

「言いたくないわ、それ」

(言わないと、俺は家に帰って、子どもの面倒を見ることができないだろうが!)

「そうだったわ」


 せっかく、育児にやる気を見せているのだ。協力してあげなくては。


「行くわよ」


 どうせ、ここには火蜥蜴しかいない。

 だから半ばやけくそになって叫んだ。


「ミラクルボンバー・シューティングスター!!」


 やっぱりださい呪文だ。

 そう思ったのと同時に魔法陣が浮かび上がり、星の形をした炎が生まれる。

 次々と火蜥蜴の氷に当たり、溶かしていった。


『はあ、助かった!』

「よかったわね」

『ありがとう。もう、ダメかと思った』


 これにて、問題は解決だ。

 ついでに、最深部にある転移陣の存在を教えてもらう。

 これは、思い描いた場所や相手のもとへ飛べる便利なものらしい。

 ここの遺跡のアレコレも聞いたけれど、よく分からなかった。とりあえず今は、みんなと合流しなければならない。


 最後に、火蜥蜴は照れ臭そうにしながらお礼を言ってきた。


『ありがとう、いろいろと』

「いいえ。それよりも早く、家に帰ってあげて」

『そうだな。あ、仮契約も解いていいか』

「ええ」

『その前に、お前に力を分け与えよう』

「力って?」

『奇跡の魔法、ミラクルボンバー・シューティングスターをいつでも使えるようにしておく』

「え、いいわよ、そんなの」

『遠慮するな』

「使わないから」

『謙虚なんだな。ありがたく、受け取っておけ』

「ちょっ!」


 パチンと音が鳴る。きっと、仮契約が切れたのだろう。それだけだと思いたい。


『ギュウ!』


 火蜥蜴は「じゃあな」と言うように一声鳴き、手を上げて転移陣へ飛び込んだ。

 奥さんと仲直りできるだろうか?

 どうか上手くいきますようにと、思わず願ってしまった。

▽ザラ・アートは『ミラクルボンバー・シューティングスター』を覚えた☆彡


◇◇◇


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