謎の遺跡 その八
あれは──幻獣火蜥蜴。他に、レザールとも呼ばれている。
竜のような真っ赤な体に、ルビーのような鱗を生やしている。鋭い目で、私達を見ていた。
山賊が剣の柄に手をかけていたので、即座放すように言った。
それから、座らせて地面に膝をつかせる。
『クエ、クエクエ!』
「は? 何を言っているんだ。おい、こら、やめろ」
あれは私達と同じ幻獣だと訴えても、山賊にはなかなか理解してもらえない。
とりあえず、手を嘴で挟んで剣から離れさせようとする。
ぐぬぬ、山賊め。力が強くて、なかなか手から柄が外れない。
そんな中で、ステラが山賊の頬をペロペロ舐めだす。
「お、おい、何をする! くすぐったい……はは、あはははは!」
ステラがくすぐり攻撃をしているうちに、剣の柄から手を離すことに成功した。
「ああ、剣を握るなって、言いたかったのか」
『クエ!!』
母の通訳がないと、山賊との交流はいささか難しい。人と幻獣、永久の課題だろう。
火蜥蜴は依然として、私達に厳しい目を向けていた。
「これは、魔物ではないな。もしや、幻獣か?」
襲ってこないので、そう判断したのだろう。
不信感バリバリの目で私達を見ているので、自己紹介してみる。
『クエクエ、クエクエ(私は鷹獅子の幻獣アメリア、こっちは黒銀狼のステラで、そこの人間は山賊。あ、悪い山賊じゃないよ)』
『ギュルルゥ(私は幻獣火蜥蜴、名はない。現在、一人育児で疲労困憊中)』
『クエクエ?(わんおぺって何?)』
『ギュルルウ、ギュルルウ……(旦那が、育児に参加しない)』
『クエクエ~~(ええ、そうなんだ)』
いったいどういうことなのか。火蜥蜴は夫婦のなれそめから話し始める。
なんでも、女の火蜥蜴と男の火蜥蜴の出会いは、ここではない火山が噴火した麓だったらしい。
『ギュルル、ギュルルル(噴火した瞬間、恋が芽生えたと思ったの)』
『クエ(はあ)』
運命の出会いを果たした火蜥蜴たちは、瞬く間に恋に堕ちた。
『ギュルルル、ギュルルル、ギュウ……(燃えるような恋をして夫婦になった私達は、ある大精霊から新居を与えられたわ。それが、ここ)』
外敵がいない、理想的な新居だったようだ。
『ギュルル、ギュルルルル、ギュウウ(五体の子に恵まれた時、こんなに幸せなひと時はないと思ったわ……でも……)』
幸せは長く続かなかったらしい。
『ギュル、ギュルギュル、ギュル(夫が、育児に協力してくれないの。ぜんぶ、私に押し付けて。俺は、仕事で疲れているんだって)』
『クエエ(うわあ……)』
『ギュルル、ギュル、ギュル!(私だって、仕事をしているのよ!)』
ここの遺跡の管理をしているらしい。マグマを適温に保ち、魔物の数も調整しているのだとか。
『ギュルルルル、ギュルルル!(朝は子ども達に食事を与えて、遊ばせて、寝ている間に仕事をして、家事をして、昼食を子ども達に与えて、遊んで、昼寝させて、仕事して、夕食を用意して、食べさせて、子ども達をお風呂に入れさせて、寝かせて!)』
一息で言ったあと、火蜥蜴はゼエハアと肩で息をしていた。
『ギュルルル、ギュルルルル!!(それなのに、飲み会を終えて帰ってきた夫は、主婦は気楽でいいよなあとか言って!!)』
火蜥蜴は今までの中で一番の叫びを上げた。
『ギュルオオオオオオオオン~~!!!!(主婦が気楽なわけないだろうが、こんの、ボケナス夫があああ~~!!!!)』
『ク、クエククエ~(お、落ち着いて、子ども達が起きてしまうよ)』
以上が、一人育児というものらしい。
ちなみに、一人営業なども、わんおぺと呼ぶのだとか。よく分からない。
『ギュルル、ギュウ(こんなに苦しい思いをするならば、結婚なんてしなければよかったわ)』
なんというか、結婚が幸せの最終地点ではないのだな、というのが感想である。
伴侶選びは慎重に、と言わざるを得ない。
しかし、こういうのも、結婚しないと分からないのだろう。
母が結婚前にザラと同棲していることは、正解だったのかもしれない。
マグマがぶくぶくと泡立ち、中から小さな火蜥蜴が次々と出てきた。
大きさは半メトルくらいで、くりっとした目が可愛らしい。
『ぎゅる?(まま?)』
『ぎゅるる(どうしたの?)』
『ぎゅるぅ(大きな声で、めざめちゃったよ)』
『ぎゅるるん(ねえ、あそぼ)』
『ぎゅるる(ぼくはおなかがすいたよ)』
ここで、母火蜥蜴は我に返ったようだ。
『ギュルル、ギュッルル(まあ、僕ちゃん達、ごはんはもうちょっと待ってね。ママ、今から用意するから。もうちょっと、眠っておいてくれると、ママ助かるなあ)』
そんな大人の事情など知るわけもない子ども達は、自分達の欲望が満たされない状況だということに気づくと、わんわんと泣き始める。
一生懸命宥めていたが、効果はまったくない。
『ギュルル、ギュルルルル、ギュルルッルル?(や、やだ。どうしましょう。わ、私だって、泣きたいのに。毎日頑張っているのに、どうして、言うことを聞いてくれないの?)』
そう言って、火蜥蜴も泣き始めてしまった。
『ギュルル、ギュルルルウ!!(子ども達は大好きなのに、こんなことでイライラしている自分が、一番イヤなの!!)』
かなり、追い詰められた状況のようだ。
ここで、ステラがある提案をする。
『クウクウ、クウ?(あの、私達が、お子さんの面倒を少しだけ見ておきましょうか?)』
『ギュル?(え、いいの?)』
『クウ!(はい)』
それはいい考えだ。私とステラと山賊で、面倒を見ている間に、食事の用意をすればいいだろう。
『ギュルル、ギュル(じゃあ、お願いします)』
火蜥蜴は私とステラと山賊に向かって、丁寧に頭を下げてくれた。
「いや、お辞儀をされても、何話しているのか、まったくわからん」
山賊は、ここでも話題に乗り遅れていたようだ。
『クエクエ、クエクエ!(みんな、お姉さん達と山賊と、遊びましょう)』
声をかけると、火蜥蜴の子どもが反応する。
『ぎゅる?(あそぶ?)』
『ぎゅるる(あそんでくれるの?)』
『ぎゅるぅ(あそびたい)』
『ぎゅるるん(あそぼ!)』
『ぎゅるる(なにしてあそぶ?)』
懐っこい性格のようで、マグマから飛び出してきた。
「うわっ!」
山賊のほうにも駆けてくる。当然ながら、山賊は逃げた。
『ぎゅるる、ぎゅる!(わ~い、追いかけっこ!)』
「なんで追いかけてくるんだよ!」
申し訳ないが、気の毒な主婦を助けるために、頑張ってほしい。
私は空を飛び、羽根を落とす。それを、火蜥蜴は嬉しそうに拾って燃やしていた。
換毛期でよかったと、心から思う。
ステラは、『山賊のだいぼうけん』という話を語って聞かせていた。
火蜥蜴の子どもは、嬉しそうに聞いている。
そんなわけで、三十分ほど火蜥蜴の子どもと遊んだ。
『ギュルル、ギュルルルウ(僕ちゃん達、ごはんよ)』
火蜥蜴の手には、鍋と肉が載った皿がある。あれはいったい……?
『ギュルッル、ギュルル(火鼠のマグマしゃぶしゃぶよ)』
火蜥蜴はどうやら肉食らしい。子ども達は『わ~い』と喜んで、母親のもとへ走る。
というか、先ほど討伐した火鼠は食用だったのか。
「はあ、はあ、はあ、なんだったんだ、あれは」
頑張った山賊には、水と塩を与えた。彼の体力には、感謝をしなければならないだろう。
『ギュルル、ギュルルルウ(みなさん、本当にありがとうございました)』
深々と、火蜥蜴は頭を下げる。
お礼に火鼠のしゃぶしゃぶをふるまうと言っていたが、さすがの山賊も魔物喰いはしないので丁重に断った。
代わりにここから脱出する転移陣の存在を教えてもらう。
私は母メルのもとへ飛ばしてくれるように願った。




