謎の遺跡 その五
甘大蟻に私達の姿は見えていない。気配も感じないはずだ。しかし、姿がなくなるわけではないので、こういうことが起こりうるのだ。
『え~、何、何~? 何もないはずなのに、すっごいモコモコしてる』
甘大蟻はアルブムがいる位置を撫で続けていた。
アルブムは、ぶるぶると震えている。きっと、くすぐったいのだろう。
我慢するんだ、アルブム。この場を耐えなければ、先へは進めない。
『透明の毛皮? 新しすぎる。これで、襟巻作ろうかな』
その瞬間、甘大蟻がアルブムの体を掴んだ。同時に、アルブムが笑ってしまう。
『デュ、デュフフフフ!』
「ア、アルブム!」
なんだその、可愛くない笑い声は。と、そんなことを気にしている場合ではなかった。
『ん? そこに、誰かいるの?』
「すみません、エルフとイタチ妖精と鞄妖精、スライム精霊がいます」
『何ソレ、メッチャ希少な生き物じゃん!』
白い巨大蟻の妖精も、十分希少ではあるが……。
『う~ん、姿消しの魔法を使っていたのかな? あ、これ?』
パチンと音がしたのと同時に、アルブムの姿消しの魔法が解かれる。まるで、蝋燭の火を消すような、簡単に魔法解除をした。
甘大蟻は、高位の妖精と見て間違いないだろう。
『うわぁ、ビックリしたなあ。エルフって、本当にいるんだ!』
「ど、どうも、はじめまして。メル・リスリスと申します」
『はじめまして、俺はアリタ!』
甘大蟻のアリタは、気さくな様子で手を差し出してきた。アルブムが『大丈夫ダヨ』というので、握り返した。
「あの、すみません、勝手に入ってしまって」
『ん、いいよ。どうせ、転移魔法で飛ばされたんでしょう?』
「あ、はい。そうなんです。あれはいったい……?」
『長くなるから、居間で話そう』
居間があるらしい。アリタの案内で、私達は先を進む。
『ここ、俺の部屋!』
「おじゃまします」
なんというか、不思議な空間だ。床と天井、壁は廊下同様に煉瓦状の砂糖が敷き詰められている。
床には羊毛の絨毯が敷かれ、中心には円卓が置かれていた。来客用の座布団もあるようで、アリタはいそいそと並べてくれている。
『いやあ、お客さんがくるのは初めてだから、緊張するなあ』
「えっと、この家具や座布団は?」
『拾ってきたんだ。洗ったから、綺麗だよ』
「さ、さようで」
『ちょっとここで待ってて』
「はあ」
アリタはそう言って、一回部屋から出て行った。
シンと静まり返った中で、アルブムに話しかけてみる。
「あの、アルブム、どう思いますか?」
『悪イヤツジャ、ナサソウ』
「ですよね」
だって、突然きた私達に、座布団を出してくれたのだ。想定外の歓迎である。
『お待たせ!』
アリタは盆のような物を持っていた。上に載っているのは──なんだろう?
皿の上にカットされた白いお菓子のような物は、きっと砂糖だろう。上から黄色い何かがかかっている。カップの中の液体は蜜? 実に、甘そうだ。
陶器っぽく見えるけれど、これも拾ってきたものなのか。
『どうぞ、召し上がれ』
「い、いただきます」
まずは、カップを手に取る。口を付けたら、甘酸っぱい風味が広がった。柑橘が絞っているのか、さっぱりとした爽やかな甘さがある。
「これ、美味しいです!」
『よかった』
アリタが集めた蜜で作った特製ジュースらしい。
お菓子もいただく。
『上にかかってあるのは、バターソースだよ』
「なるほど」
手で掴んで、パクリと一口で食べた。
砂糖のザクザク感に、なめらかなバターソースがよく絡む。
バターソースは塩気もあって、コクのある砂糖とよく合う。
「これも、すごい! 美味しい!」
普通に売っている砂糖で作っても、こうならないだろう。甘大蟻の特別な砂糖だからこそ、なのかもしれない。
アルブムは口元にバターソースをべったり付けながら食べていた。
蜜ジュースを飲んだスラちゃんは、伸ばした腕に力こぶを作っている。
「あ、そういえば、すごく元気になったような」
『栄養豊富だからね!』
やはり、普通の砂糖や蜜ではないようだ。
「ありがとうございます。美味しかったです」
『どういたしまして。美味しかったといえば、さっき、壁に茶色い甘いのを入れたのは君なの?』
「えっと、はい。そうです」
ここで、一個砂糖の塊を引き抜いたことを告白し、謝罪した。
『それは、ぜんぜん構わないよ。無償で持って行かれたら面白くないけれど、交換する品が入っていたし』
よかった。アリタは許してくれるようだ。
『そうそう、それで、壁の中の茶色いのがとっても美味しくって!』
「茶色いの……キャラメルですかね」
『キャラメルっていうんだ』
ここにある砂糖は、そのまま齧ったり、バターソースに絡めたりして食べるだけだったようだ。
『いや、人間の作るお菓子って美味しそうだなって思っていたんだけど、完成された物は何が入っているのかわからないからさ』
たしかに、完成品は材料や調理工程は謎だ。
王都でも、数年前に水で薄められた牛乳や、謎物質で嵩増しされた砂糖が出回って問題になったらしい。
言われてみたら、確かに怖いかもしれない。普段は気にせずに、食べてしまうけれど。
「あの、よろしかったら、ここにある食材を使って、キャラメルの作り方、教えましょうか?」
『え、いいの?』
「美味しいお菓子とジュースのお礼です」
『わ~、ありがとう! 嬉しい!』
そんなわけで、アリタにキャラメル作りを教えることにした。
……いや、こんなことしている場合じゃないのは分かっているんだけれどね。




