○○スープ再び
あまり広くない部屋に、体の大きな隊長と山賊が三人もいるのはなかなか威圧感があるような。
そして、そろって強面、山賊顔という奇跡。
隊長のこと、そこまで山賊じゃないかなって思ったけれど、今見たら結構山賊だ。
これからも安心して山賊と呼ぼうと心に決める。
「おい、よくもうちの衛生兵を攫ってくれたな?」
「この女が、衛生兵だと?」
「どこから見ても衛生兵だろうが。戦闘員に見えるのか?」
「い、いや、この女は侯爵令嬢だろう?」
「どこからどう見ても、フォレ・エルフだろうが」
山賊達が私を振り返る。
ずっと頭巾を深く被っていたので、耳を見せるために取り去った。
「なっ……!」
「お前っ……!」
「嘘を吐いていたな!?」
瞠目する山賊達。っていうか、気付くの遅すぎですから。
呆然としているうちに、隊長のいる方向へ回り込んでそのままの勢いで家を出た。
「リスリス衛生兵っ!!」
隊長の背後にいたベルリー副隊長が私を引き寄せてくれた。
ぎゅっと抱きしめられ、張り詰めていた心が楽になったような気がする。
「良かった……無事で」
「はい、おかげさまで」
ガルさんやザラさん、ウルガスもいる。なんと、他の遠征部隊の隊員達が数人来ていた。
「副隊長、剣を借りてもいいかしら?」
「ああ、構わない」
ザラさんはベルリー副隊長に戦斧を手渡し、代わりに双剣の片方を鞘から抜き取る。
何をするのかと思いきや、山賊の家に入って行った。
「ベルリー副隊長、ザラさんはいったい……?」
「室内では戦斧は不利になるからだな」
「ああ、なるほど」
剣、一本で大丈夫なのかなと、窓から中の様子を覗き込む。
「さすがに、大柄の山賊四名とザラさんで、いっぱいいっぱいですよね」
「山賊が四名? 私には三名しか見えないが、どこか別の場所に潜んでいるのか?」
「あ、すみません。隊長を山賊側に数えてしまいました」
「ああ、そういうことか」
隊長の山賊顔はベルリー副隊長公認だったらしい。良かった、山賊に見えているのが私だけじゃなくて。
窓から覗く室内は、隊長とザラさん、山賊三人組の緊迫した睨み合いとなっていた。
これ以上、こちら側から戦闘に参加するのは難しいようだ。
「後衛のウルガス一人くらいならいけるかもしれん」
「ベルリー副隊長、勘弁して下さいよ……」
数名の騎士が、台所にある勝手口に回り込んだようだ。
ウルガスは窓を少し開け、手帳を取り出して中の様子を窺っていた。どうやら報告書用に記録を取っているらしい。
「あの、ベルリー副隊長、山賊は侯爵家に何を要求したんですか?」
「ああ。ここは侯爵家の領地なのだが、あいつらは五年前から勝手に占拠していて――」
ずっと、退去命令を出していたらしいが、山賊達はそれを無視。森に入っては狩猟をし、申し入れをしてきた使用人を刃物で脅すこともあったとか。
「それで、要求は退去命令を撤回しろというものだった」
「え~っと、身代金とかは?」
「いや、なかったが」
ふと、疑問に思う。あの人達は山賊なのかと。
部屋の中のおじさん達を覗き込んだ。髭だらけで、目付きが悪くて、武器を携えていて。
うん、完全に山賊。
どうやら勝手口への騎士の配置が完了したようだ。
ベルリー副隊長が窓を軽く叩き、合図を送る。
すると、隊長が剣を鞘から引き抜く。緊張が走る山賊達。
「ここでケリをつけるぞ。負けたら、お前達はここを出て行くんだ」
「なんだと!?」
それが合図だった。
大きな剣を掲げ、前方にいたお頭っぽい人が襲いかかってくる。
まず、動いたのはザラさんだった。小さな双剣の片割れで大丈夫なのだろうか。山賊の剣は大きくて重そうだ。
けれど、心配は無用だった。
ザラさんは上から振り下ろされた剣を受け止め、刃の軌道を逸らす。その後、すぐさま腹を蹴り上げて、山賊を後方へと突き飛ばす。
壁に激突した山賊は「ぐえっ!」と悲鳴を上げて、動かなくなった。
「兄上ァ!!」
「兄さん、なんてこったァ!!」
ザラさんがあっさり倒したのは兄さんだったらしい。
反撃してくると思いきや、その場で泣き崩れる山賊達。
「おおお~~なんてこった~~」
「見たことねえくらいの綺麗な姉ちゃんにこてんぱんにされるなんて~~」
ザラさんは綺麗なお姉さんじゃねえです。綺麗なお兄さんです。
「あんまりにも別嬪だったから、見惚れてたんですよねえ」
「仕方ないっすよお」
訂正しないほうが幸せなのか。
その後、勝手口前で待機していた騎士達が突入してくる。
山賊達はあっという間に拘束されていった。
縄に繋がれ、連行されていく山賊御一行。
隊長とザラさんが出て来た。
「メルちゃ~ん、大丈夫だった?」
いきなりザラさんに抱きしめられる。ちょっと力強い。
「だ、大丈夫です。ザラさんは、平気でしたか?」
「ええ、心配ないわ。だって、あの人達、戦闘は素人だったから」
「あ、やっぱり、あの人達、山賊じゃないとか」
「多分、そうだと思うの」
だって、なんだか悪い人には思えなかった。きっと、狩猟をしながら暮らす強面のおっさん三人組なんじゃないだろうか。
「まあ、けれど、占拠と誘拐は良くないことです」
「その通り。メルちゃんを連れ去るなんて、許さないと思って、素人相手に強く出てしまったわ」
「武器を持っていましたし」
「鉈だったけれどね」
「あれ、鉈でしたか」
武器かと思っていたけれど、作業用の刃物だったようだ。うちの村ではあんなに大きな鉈を見たことがなかったので、気付かなかった。
「リスリス衛生兵、帰るぞ」
「あ、はい」
事件は無事に解決。
山賊っぽいおじさん達は拘束され、騎士隊に連行されて行った。
連れ去られた場所は作戦本部になっていた館から、結構離れていた。
やっとの思いで戻って来る。
夜遅い時間だったが、館の中は明かりが点いている。
誘拐騒ぎがあったので、撤退できずにいたのだろう。
館に入る前に、あることに気付く。
「あ!」
ベルリー副隊長に顔を覗かれ、「どうした、リスリス衛生兵?」と聞かれたが、動揺していて上手く言葉にできない。
「落ち着け。大丈夫だから」
背中を優しく撫でてもらい、やっと話すことができた。
「鍋を、山賊のアジトに忘れてきて……!」
「ああ、あの鍋か」
何か深い思い入れがあるのかと聞かれ、首を横に振った。
あれがなければ遠征先で食事を作れなくなるので、困るのだ。
「ならば、今度休みの時に一緒に買いに行こう。きっと、鍋代くらいならば、経費で落ちるはずだ」
「そ、そうですか?」
「ああ、心配いらない」
だったら、良かった。ちょうど、焦げ付きやすくなっていたし。
「今度、買い出しに行く時に選ぼうか」
「はい!」
やった! 新しい鍋!
せっかくなので、良い鍋を買いたい。
「なんか、ウーツ鋼の鍋が売っていると聞いたことがあるのですが」
「ウーツ……剣の鍛造に使われている鋼か」
ウーツとは、木目模様のある鋼だ。なんでも、焦げ付きにくく、長持ちするらしい。以前、村に出入りしている商人から話を聞いたことがあった。
「ウーツは剣でも大変貴重な品だ。果たして、鍋があるのかどうか」
「そうなんですね」
あったとしても高価な品だろう。
まあ、いい。新しい鍋は今までの物よりも、軽くて使いやすい物を選ぼう。
館の出入り口で話し込んでいたので、隊長に来いと呼ばれてしまった。
「食事を用意している。食ったら帰るぞ」
「はい!」
そういえば、何も食べていなかった。安心したからか、お腹がぐうと鳴る。
食堂に行けば、私にバターを渡してくれた騎士がいた。
スープの入った皿を私に手渡してくれる。
「大変だったな。これを食べて、元気を出せ」
「あ……はい」
澄んだスープに、騎士はバターをドボンと投入した。
「お、おお……」
まさかのバタースープ、再び。
まあ、空腹は最高のスパイスとも言うし、もしかしたら美味しいかもと思ったが――
「うっ……!」
一口食べて、なんとも言えない濃厚さに一瞬白目を剥く。
私の斜め前に座っているウルガスも、同じ表情だった。
空腹時でも、不味い物は不味かった。




