ミレットを調理してみよう
遠征から戻ってきたあと、幻獣保護局にアメリアとステラ、エスメラルダを迎えに行く。
アメリアとステラは玄関前で待っていて、「あ、戻ってきたんだ~えへへ」みたいな感じだった。
一応、寂しかったようで、私が倒れないように力加減をしながら頬擦りしてくれる。
アメリアもステラも、かわいいよ。
問題はエスメラルダだ。
なかなか来ないと思っていたら、幻獣保護局のお姉さんがやってきて、事情を語ってくれた。
なんでも私がいない間、部屋の隅に移動してピクリとも動かなかったらしい。水の一滴も飲まなかったと。
そいつは大変だと、走って迎えに行く。
上手くやっているとは思えなかったけれど、ここまで徹底して人見知りとは。
幻獣保護局の部屋の一角に、エスメラルダはいた。
先ほど幻獣保護局のお姉さんが言っていた通り、部屋の隅で丸まっている。
背中を向けているので、表情などは確認できない。
「エスメラルダ、お待たせしました。戻ってきましたよ」
『……』
エスメラルダはゆっくりと私を振り返り、目を細めながら低く鳴いていた。「よくも、置いて行ってくれたわね」と憤っているようだ。
「仕方ないですよ。任務ですもの」
『……』
「さ、帰りましょう」
エスメラルダに手を差し出す。無視されるかもしれないと思ったが、エスメラルダは私のほうへとやってきた。
私の手のひらに前脚を置き、「早く抱き上げなさい」と指示を出す。
相変わらずのお嬢様っぷりだ。そんなエスメラルダを抱き上げ、幻獣保護局をあとにする。
『パンケーキノ娘ェ~~!!』
振り返ると、アルブムが焦ったような表情でやって来る。
「アルブム、どうかしたんですか?」
『アルブムチャンノコト、忘レテイタデショウ?』
「いや、アルブムはうちの子ではありませんし」
『エエ~~!!』
いや、ええ~~とか言われましても。
『アルブムチャンモ、連レテ行ッテ!』
「仕方がないですね」
左手にエスメラルダ、右手にアルブムを抱き上げたけれど。
『キュウ~~!!』
エスメラルダは後ろ脚で、アルブムをぐっと押して遠ざけていた。
『アルブムチャン蹴ルトカ、酷クナイ?』
『キュ!』
「こら! 喧嘩しないの!」
賑やかな状態で、帰宅することになった。
◇◇◇
食糧庫に、貰った黍粟稗が積みあがっている。
これは前回の任務でお礼の品として貰った物だ。
ミレットは栄養価が高く、活動力となる炭水化物がたっぷりと含まれている。騎士の兵糧食を作るには最適な食材かもしれない。
フォレ・エルフの村では、スープに入れて飲んでいた。
どのように加工しようか。
とりあえず、保存の利くクッキーやパン、ケーキを作ってみた。
なかなかうまく焼けたように思える。
終業後、第二部隊のみんなに試食をしてもらうように頼む。
これだけだと味気ないので、スープも作ることにした。
食糧庫にある保存期間が過ぎた食材の処分もかねる。
ちなみに、食材の保存期間は短めに設定してあるので、少し過ぎていてもまったく問題はない。
使う食材はベーコン、芋、乾燥キノコ、チーズなど。
刻んだ食材を鍋に入れ、バターで炒める。
バターが焦げる直前に少量の水を入れ、そのあとミレットも入れる。
全体に火が通ったら、牛乳を入れてひと煮立ち。
最後にチーズと塩コショウを入れて、芋の形が崩れてスープがトロトロになったら『ミレットスープ』の完成だ。
休憩所のテーブルに、ミレットパン、ミレットケーキ、ミレットクッキーを置き、ミレットスープは鍋ごと持ってきた。
準備が整ったので、みんなを呼ぶ。
最初にやってきたのは、隣の執務室にいた隊長だ。
「なんだ、今日は品数が多いな」
「ええ、まあ」
食材であるミレットが豊富だったので、たくさん作ることができたのだ。
そのあと、備品整理をしていたらしいベルリー副隊長とリーゼロッテがやって来る。
最後に、武器の点検をしていたガルさんにスラちゃん、ザラさんとウルガスがやって来た。
「わあ、リスリス衛生兵、どれもおいしそうですね」
「ウルガス、遠慮なく食べてくださいね」
「ありがとうございます!」
祈りを捧げ、戴くことにする。
まずは、パンから。
生地はいつもの天然酵母パンだけど、ミレットを入れることによってどのような変化があるのか。
「ふむ。いつものパンより、噛み応えがあるな」
硬いパン好きの隊長の言葉に、同じく硬いパンが好みなガルさんがコクコクと頷く。
他の人はどうだろうか?
リーゼロッテは眉間に皺を寄せ、慎重に噛んでいるように見える。
「リーゼロッテ、どうですか?」
「食感がいろいろあって、おいしいわ」
「そうですか。よかったです」
リーゼロッテが食べられるということは、他の人は大丈夫だろう。
私も食べてみたが、なかなかおいしかった。
続いて、クッキーもおおむね好評である。
ただ、ケーキはボソボソ感が増したようで、不評とはいわないもののイマイチだった。
バターを増やしたらしっとりとした生地になるだろうけれど、その代わり保存性が悪くなる。その辺の調整はとても難しい。
最後にスープを食べてみた。
「メルちゃん、これ、おいしいわ」
ザラさんの言葉に、ベルリー副隊長も頷く。
「そこまでたくさん食べたわけではないのに、満腹感がある」
ミレットを入れることによって、いつもより多く噛んでいるからだろうか?
「リスリス、いったい何を入れたんだ? さっき、買い出しに行って食材を買い込んできていたようだが」
「え、何って、ミレットですよ」
「は?」
「ミレットです」
ミレットの試食会と言っていたような気もするが、隊長の耳にまで届いていなかったようだ。
「ミ、ミレットって、家畜の餌だろう?」
「一部地域の人達にとっては、立派な食材ですよ」
おいしい、おいしいと食べたあとで、食材が何かを気にするとか。
相変わらず、隊長は繊細だ。
食べる手が止まってしまったので、ザラさんが指摘する。
「クロウ、こんなにおいしいのに、顔を青くするのは失礼よ」
「あ、青くなんかしてないだろうが」
「鏡を見なさいよ。まったく、つまらないことを気にするなんて。小さい男ね」
「き、気にしてなんかない!」
そう言って、隊長はスープを飲みほし、おかわりまでしていた。
「うまいじゃないか!」
なんとか、気合でミレットを食材と認めてくれたようだ。
よかった、よかった。




