骨董市にて その五
──人が、多い!!!!
骨董市の人気を甘く見ていた。
商人や観光客が数名通りをぶらついているだけかと思いきや、そんなことはなく。
「ぎゃ~~、耳が、耳が~~!!」
私の尖がった耳が自由になる隙間もない。先ほどから、通行人によって耳が押しつぶされている。
「リスリス衛……メル、こちらに」
人の波に呑まれそうになっていたら、ベルリー副隊長が私の腰を抱き寄せて守ってくれる。
っていうかベルリー副隊長、今ちょっと潜入調査の設定を忘れていたような?
たまに、そういう天然っぽいところがあるのが可愛いんだよね!
なんて、考えている場合ではなく。
「こ、ここは、なんの売り場、なんですか!?」
「どうやら、磁器を売っているらしい」
「ジ、ジキってなんですか?」
「器だ。陶器は土から作られた器であるが、磁器は石から作られる器なんだ」
「へえ~~」
「指先で弾くと、澄んだ音がするらしい」
磁器を作る技術はこの国にはないようで、物によっては貴族とかが買い取ってくれるようだ。
「では、転売目的の方で、このようにごった返しているのでしょうか?」
「それもあるが、比較的安価で購入できる物もあるので、それを目的に集まっているのだろう」
「な、なるほど~~」
私も磁器を見たい!
王都に来て、薄い陶器を見ただけでも驚いたのに、磁器はそれ以上の薄さらしい。
ちなみに、フォレ・エルフの里で使っていたのは……土器ですよ。
陶器は床に落としても、割れない。運が悪かったら割れるけれど、強度は土器のさらに上をいく。
土器は、地面にドン! と置いただけで、割れる時があった。
繊細な器なのだ。
「──あれ?」
人と人の隙間から、見慣れた土器が見える。
「どうした?」
「あれ、エルフの作る土器に似ていますが」
茶色い素焼きの壺が売ってあった。
ベルリー副隊長が人をかき分け、近づいてくれた。
「やっぱりこれ、エルフの土器です」
縁がちょっと欠けていて形も歪なのに、銀貨五枚の値段が付いている。
「お嬢さん、お目が高い。それは世にも珍しい、妖精族の壺だよ」
とても珍しい品のようで、このような高値が付いているのだという。
というか、その私が妖精族なのですが。
尖がった耳は、店主には見えていないようだ。
「ここにある古代文字は、幸せになれますように、という呪文が書いてある」
嘘だ。古代文字で書かれているのは、「長持ちしますように」という、呪文でもない言葉だった。あまりにも土器が割れるので、ささやかな願いを書いてしまったのだろう。
しかし、古い時代の土器であることは確かだ。
店主と話している間、ベルリー副隊長が怪しい商品がないか確認していた。
目を合わせると、首を左右に振っている。どうやら、ここの店は違法薬物を売る店ではないらしい。
「え~っと、ありがとうございました」
お礼を言って、店を離れた。
ベルリー副隊長が私をぐっと抱き寄せ、周囲に聞こえないような低い声で囁いてくる。
「リスリス衛生兵、このように、一軒一軒調べることになるが、先ほどのように店主と話して気を引いてくれると助かる」
「り、了解デス」
ベルリー副隊長が素敵なお声で囁かれるので、照れてしまう。
任務中なので、そんなことを気にしている場合ではないのだけれど。
その後、担当区域を回ったけれど、なかなか怪しい店を見つけるには至らず。
途中、本気で気に入ってしまった鳥のブローチがあって、ベルリー副隊長が買ってくれた。
「え、うわっ、いいのですか?」
「メルは、毎日頑張っているからな。ご褒美だ」
「~~~~!!」
ベルリー副隊長はにこっと微笑み、ブローチを私の胸に付けてくれた。
思わず、声にならない叫びをあげる。
なんだ、この楽しい任務は。
隊長とペアを組んだ時は、一日中怒鳴られるだけだったのに。
その後、ガラス製品を売る店や、銀器、置物など、さまざまな店を見て回るが、成果はなし。
「少し、他の場所も見て回ろう。ここばかりうろつくと、目立ってしまう」
「そうですね」
絵画を売る店が並ぶ通りに出てくる。
途中、ザラさんとリーゼロッテを見かけた。
「これ、まだ、安くならないの?」
「お、お客様、これ以上は……」
ザラさんが店主相手に値切りをして、リーゼロッテが商品を調べるという作戦を取っているようだ。
「だったら、もういいわ。リーゼロッテ、行きましょう」
「ええ、そうね」
去り際も見事である。ごくごく自然だった。潜入調査をしているようには、とても見えない。私も、参考にしよう。
続いて、食品を売る区画に出てくる。
賑わっているのは、酒を売っている通りだ。
ここでは、主にワインの試飲をしているようだ。自分でグラスを持っていたら、飲み放題というわけである。
骨董市に出品される酒はどれも年代もので、価格も高価だ。そのため、身なりの良い人達がたくさんいる。
その中に、ガルさんとスラちゃんを発見した。
ガルさんは、スラちゃんの入ったワイングラスをくるくる回しながら、酒を見ていた。
ワイングラスの中で回るスラちゃんは、楽しそうだった。
続いて、黍粟稗を売る店を発見した。
「え、安い!!」
驚くべきことに、フォレ・エルフの村で売っていた物の半額以下で販売している。
半銅貨なんて、安すぎるだろう。
「うちのミレットは、家畜もよく食べるよ!」
ただし、家畜の餌として売っているようだ。
冬の食材が少ない時季は、ミレットのスープをよく飲んでいた。
意外と、おいしいんだけれど。
しかし、行く先々が大混雑で疲れてしまった。
「メル。少し、休もうか」
「ええ、そうですね」
食品街で、軽食を買ってもらった。
ひき肉揚げパイという、パイ生地にひき肉のあんを包んだ料理だ。
揚げたてを差し出される。
広場があるので、そこで食べることにした。
「では、いただきます」
できたてを、かぶりつく。
「うむっ、あ、熱い!」
ほどよく冷めたかと思っていたけれど、中のあんはまだアツアツだ。
生地はサクサクで、バターが惜しげなく使われていた。
中のひき肉あんは胡椒が効いていて、とってもおいしい。
あっという間に、食べてしまった。
「まだ、他にも食べるか?」
「いえ、いいです。もう少し休んだら、調査を再開させましょう」
「そうだな」
そんな会話をしていると、ウルガスと隊長のペアを発見した。
「ジュンお坊ちゃま、暑くないですか? 上着は、脱がれますか?」
「ひい~~、ご勘弁を~~!」
ドスの利いた声で話しかける従者役の隊長と、顔面蒼白になるお坊ちゃんになりきれていないウルガス。
人が多いので目立ってはいないものの、傍から見ていたらおかしな二人組に見える。
あれは……失敗かもしれない。
「メル、行こうか」
「そ、そうですね」
ベルリー副隊長は見なかった振りをするようだ。
それが賢明かもしれない。
ぶらぶら歩いていると、ぎょっとする表示が。
「ベ、ベルリー様、あのお店、ミレットを銀貨一枚で売っています。おかしくないですか?」
「確かに」
ミレットを売る店はいくつかあるけれど、あそこの店はあまりにも高いので誰も寄り付いていない。
ベルリー副隊長は目を細め、高価なミレット売りに近づく。
「……いらっしゃい」
「商品を、見せてもらえるか?」
「合言葉は?」
なんか、変なことを言ってきた。これは、普通のミレット売りではない。
「合言葉を知らないヤツには、売れないな」
「忘れてしまったんだ。どうにかならないか? 知り合いの紹介で──」
ベルリー副隊長が話をしている間、私はミレットの入った袋に触れる。
一番上にあるのは、普通のミレットだろう。二袋目、三袋目も同様に。
四袋目に触れた時、違和感に気づく。小麦粉のような、粉末の何かが入っていたのだ。
「ベルリー様、これです!」
ベルリー副隊長は流れるような手つきでナイフを腰ベルトから引き抜き、袋に刺した。
すると、白い粉が溢れてくる。
「チィ!!」
商人は舌打ちし、逃げようとしたが、ベルリー副隊長はミレットを乗り越えて店主に跳び蹴りをかます。
すぐさま、拘束していた。
どうやら、当たりのようだ。
私も店主のいるほうへと回り込み、手足を縛る手伝いをした。
◇◇◇
その後、店主の身柄は隊長が預かることになった。
売っていた商品を検査器を使って調べたところ、違法薬物であることが発覚。
合言葉を聞き出し、違法薬物を売る振りをウルガスとザラさんが行う。
すると、芋づる式に購入者も捕まえることができた。
違法薬物は、売るのも買うのも犯罪なのだ。
と、いうわけで、任務完了となった。
第二部隊のお手柄ということで、遠征部隊の総隊長からお褒めの言葉をいただく。
その後、ベルリー副隊長からも個人的にお礼を言われた。
「他の隊員にはない視点のおかげで、解決することができた。本当に、感謝している」
「いえいえ、それほどでも~」
モンリテールの街からは、お礼としてミレットが十袋も届いた。
「上層部が、隊員の好物であると報告していたらしい」
「いや、好物ってわけでもないですが」
家畜の餌を好物だと言う隊員がいると聞き、モンリテールの人達はどんな気持ちで贈ってくれたのだろうか。なんだか切なくなる。
しかし、事件は解決したので、よしとしようではないか。




