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挿話 ジュン・ウルガスの、本当にあった怖い女の話

夏祭り前くらいのエピソードです。

 夏祭りの時季になると、騎士隊の男性陣はソワソワしだす。

 アレだ。みんな、女の子と一緒に夏祭りデートに行きたいのだ。


「ねえ、明後日の夜、空いてる?」

「え、なんで?」

「夏祭り、俺と一緒に行かない?」

「!!」


 頬を赤らめているメイドさんと騎士の間を、遠慮なく通る。

 ここ、通路なんでね!


 今の時季、こんな風に普段から仲の良いメイドさんを夏祭りデートに誘う場面が多々見られるのだ。


 羨ま死ね(※比喩)!! と、何度思ったか。

 第二部隊には、メイドさんはいない。

 基本、メイドさんは申請しないと派遣されないのだ。

 ルードティンク隊長は必要ないと思っているらしい。

 というか、メイドさんを呼ぶこと自体、第二部隊の禁忌のようなものになっている。

 というのも、以前、第二部隊にメイドさんがいたのだ。

 ちょっぴり不器用で掃除が苦手な、十五歳くらいの可愛い女性だった。

 今、彼女はいない。

 なぜかと言ったら、えげつないトラブルを引き起こしてくれたからだ。

 この件についての詳しい経緯を聞いたのは、アートさんが入隊してしばらく経ってからだったか。

 なかなか衝撃的な事件だった。


 ◇◇◇


 隊長の実家であるルードティンク家は、伯爵家だ。もちろん、歴史ある名家である。

 それを知ったメイドさんが、玉の輿を目論んだのか隊長に色目を使い始めたのだ。

 隊長はああ見えて、婚約者であるメリーナさん一筋。

 けれど、メイドさんは押して、押して、押しまくった。

 対する隊長は、引いて、引いて、引きまくっていたが。

 正直、あれだけ迫られて折れないのは、すごいと思う。

 可愛かったし、胸も大きかったし、ちょっとだけ付き合うくらいならいいのでは? と傍から観察していた。


 ただ、隊長の精神は鋼だった。

 誘惑にも流されず、淡々としていた。


 そんな中で、とんでもない事件が起こる。

 遠征が終わって朝帰りをした日、メイドさんが私服で待ち構え、隊長の家までついて行ってしまったのだ。

 当時、隊長は実家住まいだった。

 ついて来るなと怒っても、メイドさんは伯爵家の門の前まで付きまとっていた。

 そして、まさかの事態となる。

 偶然、婚約者のメリーナさんも、伯爵家にやって来たのだ。


 メイドさんは隊長と腕を組み、朝帰りをしたように見える。

 それを、メリーナさんが目撃してしまった。


 当然ながら、大変な修羅場となる。


 メリーナさんは隊長を殴りに行くかと思っていたけれど案外冷静で、中で話をしようと言ったらしい。

 メイドさんはもちろんと答えた。

 遠征で朝帰りをしただけの隊長は、全身冷や汗である。


 隊長の両親を交え、話し合いが始まった。

 メイドさんは隊長と愛し合っているのだと、恋人同士であるのだと好き勝手言う。

 隊長は否定していたらしいが、言えば言うほど嘘っぽく聞こえたようだ。


 ここでも、メリーナさんは大人しかったのだとか。

 正直意外だった。


 最後に、隊長のお父さんが決断を下す。

 メリーナさんとの婚約は破談。

 隊長は責任を取って、メイドさんと結婚するようにと言われた。

 メイドさんは目論見通りで大喜び。

 一方、メリーナさんは一人冷静。

 女って、怖い。

 隊長はどうしてこうなったのだと、頭を抱えていたらしい。


 話は終わった。解散しようとしていたその時、ようやくメリーナさんが声をあげる。

 隊長は、メリーナさんを裏切るようなことはしていない。だから、婚約破棄を受け入れることはできないと。

 毅然とした態度で、言ったようだ。


 隊長のお父さんは、隊長を庇わなくてもいいと言った。

 しかし、メリーナさんは首を横に振る。


 隊長は今まで遠征に行っていた。彼女と一晩過ごすことなど不可能である。

 遠征に行くことを聞いていたメリーナさんは、ありえないことだと笑ってのけたのだ。

 その上、隊長はぶっきらぼうだけれど、嘘は絶対に言わない。

 それに、メリーナさんを裏切るようなことはしないと、心から信頼していたらしい。

 嘘を吐いているのはメイドのほうだと、糾弾した。


 続けて、メリーナさんは質問する。

 隊長の上半身には、大きな傷痕がある。傷痕のある所を答えるように言った。

 当然、朝帰りをするようなことをしていないメイドさんは答えられない。

 涙を浮かべ、逃げるように立ち去った。

 メリーナさんの大勝利である。


 ちなみに、隊長の傷痕は十年前、魔物から襲われそうになったメリーナさんを守ろうとして付けたものだとか。

 メリーナさんの我儘で、森にピクニックに行った時の話らしい。

 大怪我を負いながらも気力で魔物と戦い、メリーナさんを守ったらしい。隊長の武勇伝である。

 そんな話はさて置いて。


 メイドさんがいなくなったあとで、隊長はやっと家族に事情を話せるようになった。

 幸いにも、メリーナさんは婚約破棄する気はないと言うので、これからも関係は続くことになる。


 しかし、騒ぎを起こした責任は隊長にもあるとして、家を追い出されてしまった。


 そんな理由があり、隊長は庶民的な一戸建てに住んでいるのだ。

 メリーナさんは気軽に訪問できるようになったと喜んでいたらしい。

 その話を隊長から聞いて、素敵な婚約者さんだなと思った。


 ◇◇◇


 隊長がこんな話をしたのは、俺やアートさんが女性関係のトラブルを起こさないようにと深く釘を刺すためだった。

 騎士隊に出入りしている女性は、花嫁修業の一環で働いている貴族女性だけでなく、虎視眈々と未来の夫を探す女性もいると。

 さらに、婚約者がいる女性にちょっかいをかけると、とんでもない目に遭うので気を付けるようにとも言われた。


 さまざまなトラブルを避けるため、第二部隊はメイドを呼ばないのだ。


 その上、職場恋愛は禁止だとも言われる。

 もしも、ベルリー副隊長やリスリス衛生兵、リヒテンベルガー魔法兵と恋愛関係になったら、即座によその部隊へ転属させるようだ。


 隊長の言うことは筋が通っている。

 たしかに、恋愛関係にある男女が一緒の部隊にいたら、周囲もいろいろ気を遣ってしまう。

 それに、仕事中にイチャイチャする空気を出されたら、やる気を失ってしまいそうだ。


 しかし、アートさんは大変だ。

 リスリス衛生兵に片思いしているのは第二部隊では周知の通り。

 奇跡的に、リスリス衛生兵は気づいていないけれど。


 両想いになったら転属しなければならない。


 部隊で一緒にいることを選ぶのか、それともお付き合いして部隊を離れることを選ぶのか。


 今は、どちらも選びきれずに空回りしているようだけれど。


 なんか、話を聞いていると、恋愛って大変なんだなと思う。

 しばらくいいや、とも。


 歩いていたら、また夏祭りデートの話をする場面に出くわしてしまった。


「あ、あの、私と、夏まつりに行ってくれませんか?」


 今度は、女の子のほうから誘っている。


「彼女ではなく、私と行ってください!」

「いいえ、私と!」


 誘われているのは、一人じゃないと!?

 どこのモテ男だ!

 ここにあぶれている男がいるというのに、一人で何人もの女性の心を独占して。


 いったい誰なのかと覗き込む。


「すまない、その日は、任務が入っていて」


 聞き覚えのある低く掠れたような声に、見覚えのある凛々しいお姿。


 その正体は、アンナ・ベルリー副隊長。


 彼女こそ、第二部隊イチのモテる騎士だったのだ。


 膝から崩れ落ちてしまったことは、言うまでもない。


コミック版『エノク第二部隊の遠征ごはん』七話も更新されております!

隊長の婚約者メリーナ登場編です。

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