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山芋のカリカリ焼き

 エスメラルダが発見した足跡は、親指と人差し指を丸めたくらいの小さなものだった。


「リスリス、どうした? 拾い食いはするなよ?」

「違います。隊長、これ、見てください。何かの足跡があるんです」

「なんだぁ?」


 隊長もしゃがみ込んで足跡を確認する。


「これは、靴の足跡だな」

「ですよね」


 動物や魔物の足跡のようには見えない。

 人間の子どもだとしても、小さすぎる。


「これ、赤ちゃんよりも小さいですよね?」

「だな」

「リーゼロッテ、これ、何の足跡かわかりますか?」

「これは……」


 リーゼロッテは目を細め、険しい表情で足跡を見る。


「ごめんなさい。わからないわ」


 小さな靴の跡。なんだか気になる。

 アルブムが私の隣にやってきて、足跡に顔を近づける。


『エ、コレ、ドワーフノ、足跡ジャナイ?』

「ド、ドワーフ、ですか!?」

「ドワーフって、童話の世界の住人じゃない」


 ドワーフというのは、地中に棲む手先が器用な一族である。エルフ族と同じように、妖精という認識だ。

 一部地域では、ミノル族とも呼ばれている。

 私も、ドワーフが出てくる本を読んだことがあった。

 偏屈で、頑固で、職人気質の小さなおじさんという感じで描写されているのだ。


「小さな……おじさん?」


 絵本にあったドワーフの絵を思い出し、ハッとなる。

 もしかして、調査員が見かけた山賊というのは、ドワーフなのではないか?

 遠目で見たと言っていたが、小さなおじさんなので、案外近い位置にいたのかもしれない。


「隊長、ここにいたという山賊は、ドワーフかもしれません」

「ドワーフとやらは、賊っぽい見た目なのか?」

「賊っぽいといいますか、髭は伸び放題で、服は粗野な感じで、斧を持ち歩いている、というのが定番の姿です」

「もしも、見かけていたら、勘違いをするかもしれないな」

「ええ」


 ドワーフは人のいる場所を嫌う。

 もしも、ここに山賊が住み着いていたら、近づきもしなかっただろう。


「というわけで、調べる必要があります」

「しかし、人を嫌っているのだろう?」

「幸い、第二部隊には、森の仲間たちがいます。もしかしたら、対話に応じてくれるかもしれません」


 森の仲間達というのは、私を含む妖精、精霊、幻獣のこと。

 ガルさんも、都会育ちだけれど、森の仲間の一人として数えてもいいかもしれない。


「わかった。だったら、ガル、スラを先頭に、その後ろをアメリアに騎乗したリスリス、エスメラルダ、ステラに騎乗したアルブム、その後ろに俺達、という陣形で進もう。魔物を発見したら、リスリスは直ちに後退しろ」

「了解しました」


 アメリアに騎乗する際山芋は折るといけないので、リーゼロッテに運んでもらうことになった。

 すごく、嫌そうだったけれど、貴重な食料だ。彼女には頑張ってもらう。


 こうして、私達はドワーフと思わしき足跡を追って、先へと進む。

 点々と連なる足跡は、森の奥深くまで続いていた。


 そして一時間後──木の下に掘られた穴を発見した。


「これが、ドワーフの住処、みたいですね」


 結界など張られている気配はなく、ウサギやイタチの穴と変わりはない。

 アメリアから降りて、穴のほうへと声をかけてみる。


「す、すみませ~ん。ちょっと、お話したいことがあるのですが~」


 ご近所さんに挨拶をする感じでよかったのか。

 物語の中では、こんな風に声をかけていたような気がする。

 ドワーフに対する知識が絵本のみなので、怪しいところだ。


「あの~、すみませ~ん」

『聞こえておる!!』


 返事があった。

 穴の中から、ごそごそと物音が聞こえる。


 ひょっこりと顔を出したのは、太い眉に顔中髭だらけの、目つきの悪い小さなおじさんだ。

 のっそりと、出てくる。

 革の鎧を素肌にまとい、前掛けのようなものを身に付けている。

 手には、斧が握られていた。


 これは、ドワーフを知らない人が見たら、山賊に見える。

 間違いない。調査員が見かけた山賊というのは、ドワーフだったのだ。


「あの、私は、エノク第二遠征部隊の、メル・リスリスと申します」

『エルフの騎士とな。面妖な』

「家庭の事情がありまして」

『いったい、何があった?』


 ドワーフはあぐらを組み、話を聞く姿勢となる。

 いや、私の身の上話なんてどうでもいい。興味を持たないでほしかった。


「あの、それは置いておいて。あなたは、最近ここにやってきたのですか?」

『そうだ。かつての住処は人が開拓してしまったからな。ここは、人が寄りつかず、住みやすい』

「なるほど」


 やはり、見かけた山賊というのは、このドワーフで間違いないのだろう。


「すみません、この地は、国が管理している土地でして」

『なんだと!? 管理など、まったくなっていなかったぞ!?』

「え?」


 なんでも、森の木々が何本も枯れかけていたらしい。

 精霊が寄りつかず、魔力の枯渇状態になっていたとか。


『ワシは、この枯れていた木を治した。他にも何本か、魔力を与えて治したぞ』


 どうやら、このドワーフは枯れ木を治す樹木医のような力を持っているらしい。


「すみません、知らずに、失礼を」

『礼金を請求したいくらいだ』


 まさか、森の再生をしていたなんて。

 調査員が見かけたという、日用品を持ち歩いていたというのは、見間違いらしい。

 手先が器用なドワーフが作った物を、どこかで買った物を持ち歩いていたと思い込んでいたようだ。


『森にある素材で、いろいろ作ったぞ。棚に机、皿に荷台』

「さ、さすがです」


 話を聞いていると、害があるようには思えない。ちょっと偏屈だけど、善良なドワーフだ。

 

「と、いうわけですが、隊長、どうします?」

「上に報告するだけでいいだろうが、ドワーフがいたという話を信じてもらえるかが問題だ」

「で、ですよね」


 なんせ、絵本の中の住人だ。それを証明することは、難しい。


「あら?」


 リーゼロッテが何かに気づく。


「どうしました?」

「この木、絶滅した幻獣一角鳥オルニスの好物よ。一角鳥は、この木がなくなったから、絶滅したと言われているの」


 どうやらドワーフのおじさんは、絶滅種の木を再生させたらしい。


「これの葉を持ち帰れば、きっとドワーフの存在は信じてもらえるわ」


 葉を持ち帰ってもいいかと聞いたが、険しい表情を返される。


『希少性があると言って、変な人間が集まっても迷惑だ』

「……あの、私達は、ドワーフのおじさんがここにいることを証明できなければ、任務が完了できないんですよ」

『そんなの知らん』

「ですが、私達が成果を上げなければ、また違う騎士がここに派遣されてきますよ」

『それは困るぞ。ちょっと待て』


 ドワーフのおじさんは、穴の中に潜る。

 すぐさま戻って来て、ある物を私に差し出した。


『ドワーフの石板だ。これを見せれば、信じるだろう』


 手のひらに置かれたのは、石の板に文字が書かれた物。

 どうやら、ドワーフの手紙らしい。


「これは、持って行ってもいいのですか?」

『必要ない。ただ、西の大陸の木の実はうまいという、しょうもない情報が書かれているだけだ。もしも不要ならば、捨てろ』

「な、なるほど」


 専門家が見ればわかると思うので、ありがたくいただいておく。


「えっと、ご親切にいろいろありがとうございました」

『何が親切だ。まったく、迷惑な話だ』

「すみません。お詫びと言ってはなんですが」


 私はリーゼロッテから山芋を受け取り、指し示す。


「山芋料理を、一緒に食べません?」

『ほう、立派な山芋だな』

「ええ、きっと、おいしいと思うのです。今、ここで調理いたしますが?」

『そこまで言うのならば、いただこう』

「わかりました」


 そんなわけで、山芋の調理を開始することにした。


 まず、山芋は皮を剥いて擂る。

 擂った山芋に塩コショウを振り、片栗粉を加えてしっかり混ぜた。

 鍋に油を敷き、温まったら生地を流す。中に、カットしたチーズを埋め込んだ。

 裏表、カリッカリになるまで焼いて、皿に盛りつける。仕上げに粉末唐辛子をかけたら、『山芋のおやき』の完成だ。


「お口に合えばいいのですが」

『うむ』


 ドワーフのおじさんは、焼きたてアツアツのおやきを素手で掴んだ。

 熱くないのか。平気そうな顔をしている。手の皮が、人より厚いのかもしれない。

 そのまま口に運び、おやきにかぶりつく。

 中に入ったチーズがびょ~んと伸びる。ドワーフのおじさんは、カッと目を見開いた。


『こ、これは、う、うまい!!』


 生地はカリッカリ、中はふわふわ。

 チーズはトロトロで、間違いなくおいしいはずだ。 


 ドワーフのおじさんは、無言でおやきを食べ続ける。

 

『ネエ、アルブムチャンモ、食ベテモイイノ?』

「どうぞ。こっちにあるのは、私達の分ですので」


 みんな、ドワーフのおじさんの食べっぷりに、目を奪われていたようだ。

 アルブムも、おやきに齧りつく。


『オイシ~~!!』


 満足いただけたようで、何よりだ。


 こうして、何とかドワーフのおじさんにお詫びをすることができた。

 ドワーフがいる証明も手に入れたし、一安心。


『エルフの娘。何かあったら、また来るといい』

「ありがとうございます」


 何とか、友好的な関係を結べたのかな?

 とりあえず、任務は遂行できそうでよかった。


 肩の荷が下りた状態で、帰還できたのである。


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