野鳩のごはん詰め
ここは王都より馬で半日走らせた場所にある、ハルティーラ原野。
蛇行するように流れる小川を、広大な野山が囲んだ土地である。
ハルティーラ原野は誰の領土でもなく、国が管理している。
まったくの手つかずの土地で、草木は伸び放題、山賊や密猟者が入り放題とのこと。
先日、五年に一度の調査を行ったところ、何やら山賊が出入りするところを見かけたのだとか。持ち込んでいる荷物は、日用品ばかりだったらしい。
中にアジトがあるのではないかと、疑っている。
今回の任務はアジトを突き止め、土地を占領する者を拘束しなければならない。
アメリアが上空からアジトを探すが、見つけられなかった。上手く、山に紛れて建てたのかもしれない。
ステラに人の気配を探ってもらったが、この辺りにはないとのこと。もっと奥に行かないとわからないようだ。
『アルブムチャンモ、ワカラナ~イ』
アルブムは、食べ物が絡まないと能力は発揮しないだろう。
『……』
エスメラルダは最初からやる気なし。安定安心のお嬢様である。
っていうか、この子、籠に入れて移動しているんだけど、地味に重い。
私以外の人が持つと嫌がるので、仕方なく持ち歩いている。
「メルちゃん、帰ったら、エスメラルダを入れる鞄を作ってあげるわね」
「ザラさん、ありがとうございます」
肩に乗せていたアルブムは重いので、早々にニクスの中に突っ込んでいる。
ひょっこり顔だけ出しているのだ。
それにしても、山賊が出入りしているとは。恐ろしい。
ウルガスが前を歩く隊長を見ながら、ボソリと呟く。
「また、山賊が山賊を退治する任務なんですね」
記憶に新しいのは、私が誘拐された時に戦った山賊か。
いや、あの人達は山賊じゃなかったけれど。
「ついに始まる、最強の山賊決定戦……」
ウルガスの独り言に笑いそうになったけれど、奥歯を噛みしめて耐えた。
面白いけれど、隊長は地獄耳なので気をつけたほうがいい。そう言おうとしていたら──。
「おい、ウルガスてめー、何言ってんだよ!」
「ひいい、ごめんなさい、つい、本音が!」
「余計にたちが悪い!」
ウルガスも学習しないなと思う。
善良な小市民に見えるウルガスを怒鳴る様子は、山の賊にしか見えなかった。周囲も木々に囲まれ、説得力がありすぎる。
「ルードティンク隊長、騒いだら賊に見つかる」
「わかっている」
ベルリー副隊長に注意され、ウルガスの胸倉を掴んでいた手を放した。
広い野原を横断し、山に分け入って獣道の斜面を登っていく。
「……けっこう、キツイ道のりね。メルは、平気?」
「いえ、いっぱい、いっぱいです」
「そうよね」
「が、頑張りましょう」
「ええ、もちろんよ」
リーゼロッテは額に汗を浮かべつつ、杖を突きながら登っていた。
相変わらず負けず嫌いなので、弱音を吐くことはしない。
途中、ウルガスは余計なことを言った罰として、隊長より食材確保を命じられていた。
休憩時間を使い、野鳩を人数分確保してくれた。
野鳩は手のひらより一回り大きい食用の鳩である。
「わあ、ウルガス、ありがとうございます。野鳩、おいしいんですよね!」
「そうなんですね。食べられる鳥でよかったです」
湖を見つけたので綺麗に捌き、山に残っていた雪と共に革袋に入れる。
これで、保存性もバッチリだ。
だんだんと太陽が沈んでいく。
今日は登ったり下ったり、ひたすら歩いたりと疲れてしまった。
ちょっと休みたい。くたくただ。
「メルちゃん、大丈夫?」
「あ、えっと、ちょっとキツイですね」
「おんぶしようか?」
「いえ、お気持ちだけ、受け取っておきます」
ザラさんに心配かけてしまった。情けない。
ガルさんも、先ほどから気を遣ってくれていた。スラちゃんの応援を受けながら、一歩、一歩と進んでいく。
山を下りていたら、隊員七名とアメリア、ステラが座れる程度の岩のくぼみを発見する。
「あ、あの隊長、少し、休憩しません?」
「俺、お腹空きました」
確かに、先ほどからお腹がぐうっと鳴っている。
「野営地を先に決めたほうがいいと思うが」
隊長の言い分はもっともだ。しかし、足がもう限界だったのだ。
「すみません。情けない話、もう、歩けないです」
「俺も、腹が空きすぎて、動けません」
隊長はチッと舌打ちし、どっかりと座り込む。
「リスリス、飯!」
「はいはい」
ウルガスが狩ってくれた野鳩を調理することにした。
まず、白米に乾燥キノコ、香辛料、水を混ぜ、野鳩のお尻から詰めていく。
紐でしっかり縛り、あとはじっくり弱火で焼いていく。
全体に火が通ったら、牡蠣ソースを使って作った甘辛のタレを表面に塗る。
焦げないように、頻繁に裏返さなければならない。
「リスリス衛生兵、匂いが、堪りませんね」
「ええ。狩ってくれたウルガスには、一番大きい鳩をあげますからね」
「嬉しいです」
調理開始から一時間後、『野鳩の白米詰め』が完成した。
周囲は薄暗くなり、太陽の光はうっすら地平線に見えるばかりだ。
隊長の言う通り、先に野営地を探したほうがよかったのか。
しかし、もう遅い。
それに、このタレの甘い香りには抗えなかった。
「い、いただきます」
ぷりっぷりの野鳩に噛みつく。
外の皮はパリパリだ。タレが、飴化しているのだ。
噛みつくと肉汁がじわりと溢れ、中から白米が出てくる。野鳩の旨みが、白米にこれでもかとしみ込んでいた。
自分で言うのも何だが、おいしすぎる。
「う、うまっ……」
ウルガスは涙目で呟いている。泣くほどおいしかったようだ。
アルブムとエスメラルダも、野鳩のごはん詰めをはぐはぐと食べている。
たくさんお食べ。
アメリアとステラは、上品に果物を食べていた。
食事が終わると、すぐさま野営地を探すために下山する。
夜は魔物の活動が活発になる。そのため、全員聖水を振りかけて移動した。
山を下り、野原に出る。
しかし、歩けども、歩けども、私の身長と同じ丈の草に囲まれている。いっこうに、開けた場所に出てこない。
ここでは、野営は無理だろう。
一時間ほど歩いたあと、続く草っぱらの中心で隊長は私達を振り返る。
この日一番の山賊顔で、決定事項を口にした。
「いいか、お前ら、よく聞け。ここを、野営地とする!!」




