ザラさんと、夏祭り!
「あ、そうだ。シエル様にも声をかけてきますね」
三日間、全力で手伝ってくれたのだ。遊びに行く前に、お礼を言わなければ。
そう思って、食堂のある天幕に行ったら──まさかの光景が広がっていた。
「む。リスリスではないか」
「あ、ど、どうも……」
なんと、食堂のおばちゃん達がシエル様を囲んでお茶会をしていたのだ。
ちゃっかりアルブムもいて、用意されていたお菓子を食べている。
スラちゃんの姿はない。さっきガルさんがお迎えにきたので、帰ってしまったのだ。
それにしても、すごい。一人の男性を、多くの女性が囲んでいる状況に違和感がないとは。
これこそ、完璧なはーれむ状態なのではないか。
驚いたのはそれだけではない。いつも白衣姿の食堂のおばちゃん達が、めかしこんでいたのだ。
みんな、女の顔をしている……。
「どうした?」
「あ、いえ、三日間手伝ってくれた、お礼を言おうと思いまして。ありがとうございました」
「律儀なヤツよ」
「いえいえ、とんでもないことでございます」
シエル様の紅茶は細長いグラスで、馬の被り物を装着していても飲めるように細い管が差さっていた。これならば、問題なくごくごく飲めるだろう。
「リスリス、もう仕事は終わったのか?」
「はい。今から、祭りに行こうと思いまして。シエル様は、ここでお茶を?」
「ああ。食堂の淑女達と、のんびり過ごさせてもらう」
「そ、そうでしたか」
『アルブムチャンハ、オ祭リ行キタイ!』
アルブムに手を差し伸べると、テッテと駆けてきた。
すぐさま、手に持っていた籠の中に滑り込もうとしたら──。
『キュキュウ!!』
『ア、ア~レ~!』
籠に入った瞬間に、アルブムはエスメラルダに蹴落とされていた。
『ヘブン!!』
そして、地面に激突する。どうやら、籠は一匹用らしい。アルブムをむんずと掴み、肩に乗せてあげた。
「リスリス、祭りは終わり間際だが、まだまだ人が多い。気を付けるのだぞ」
「はい」
「何かあったら、私の名を呼べ。駆けつけてやる」
「あ、ありがとうございます」
本当に名前を呼んだら飛んできそうだ。
さすが、最強の大英雄である。
「では、行ってきます」
「楽しんでこい」
「はい!」
天幕を出ると、ザラさんがいてにっこり微笑んでくれた。
「もういいの?」
「はい、お待たせしました。行きましょう」
初めてのお祭りだ。ドキドキが止まらない。
◇◇◇
王都の中央街は馬車の乗り入れが禁止され、歩行者専用となっている。
その流れに沿うように、ずらりと夜店が並んでいるのだ。
店先に下げてある魔石灯が、赤や緑、黄色や青などの色とりどりの光を放っていた。
「本当に、キレイです……」
感動していたのに、アルブムが耳元で『ナンカ、イイ匂イガスル~~』と呟く。
それを聞いてしまったら、お腹がぐうっと鳴ってしまった。大きなお腹の虫だったけれど、賑やかな街の喧騒がかき消してくれた。
「ザラさん、夕食、食べました?」
「いいえ、まだなの」
「だったら、食べましょう!」
気になっていた夜店で、食べ歩きをする。
まず、最初に目についた店から攻略する。
そこの店には水槽があって、川海老が優雅に泳いでいた。頭から尾までは私の手のひらくらいか。肉付きが良くて、むっちむちしていた。とてもおいしそうだ。
「おじさん、すみません、三つください」
「まいど」
どうせ、エスメラルダは食べないだろう。三人分で十分だ。
ザラさんが支払ってくれる。
「あ、これ、アルブムと私のお金」
「いいから」
「じゃあ、次の食べ物は私が払います」
『アルブムチャンモ、オ金、アルヨ!』
騎士隊から出ている給料を、アルブムは持ち歩いていたらしい。
食べ物には対価を払わなければならないことを学習しているとは、賢いし偉い。
川海老は注文を受けてから調理するようだ。
おじさんは水槽の中に手を突っ込み、川海老を捕獲する。目にも止まらぬ速さで川海老をナイフで絞め、慣れた手つきで串を差していた。
塩をたっぷり振って、火の魔石で炙る。瞬く間に焼きあがった。
「ほら。熱いから、気を付けろよ」
「ありがとうございます」
『ワ~イ!』
串物の食べ歩きは危ないので、祭りの道から逸れて閉店している店の出入り口の階段に座って食べることにした。
「では、いただきましょう」
先ほどから、川海老の旨みが滴っているのだ。もったいないので、早く食べなければ。
こんがり焼かれた川海老を、皮ごとかぶりつく。
「──むっ!」
塩で味付けされた川海老の皮はカリカリで、香ばしい。噛むと、中からぷりっぷりの身が出てくる。
これがまた、おいしい。
二口目を齧ろうとしていたら、アルブムはすでに完食していた。速すぎる。
籠の中のエスメラルダが、アルブムの早食いにドン引きした。
「エスメラルダも、食べますか?」
一応、聞いてみる。
無言でツーンされた。わかっていたけれどね。
川海老は二口で食べきった。
「メルちゃん、おいしかった?」
「はい! 外で食べるできたての料理は、最高ですね」
「ええ、本当に」
夜店で売っているのは、特別おいしいものではないのかもしれない。
でも、いつもと違う状況と、できたてアツアツの状態が、最高の香辛料となるのだろう。
「遠征中も、メルちゃんのおかげで温かい食事を食べることができて、いつも感謝しているわ」
「私がおいしい食事を食べたいがために、始めたことなんですけれどね」
「でも、それを続けるって、簡単にできることではないから。メルちゃんは、すごいのよ」
「あ、ありがとうございます」
そんな話をしていたら、街の灯りがポツポツと消えていく。
「こ、これは、何事ですか?」
「花火の時間よ、きっと」
花火が綺麗に見えるよう、この時間は祭り会場の灯りは消すようだ。
「すぐに、上がるわよ」
ザラさんがそう言ったのと同時に、どん! という大きな音が聞こえた。
空を見上げた刹那、大輪の花が夜空に咲く。
「……わあ!」
蔓のように空を上った光が空で弾け、艶やかに開花した。しかしそれも一瞬で、消えてなくなっていく。が、次なる花が打ち上げられた。
めくるめく、夜空に花が咲いていく。
どれも綺麗で、目が離せない。
あっという間に、花火の時間は過ぎて行った。
ポツポツと、夜店に灯りが灯る。
「メルちゃん、どうだった?」
「夢のようでした。なんて言ったらいいのか、言葉にできないのですが……」
できるならば、もう一度見たい。ちょっと圧倒されて、せっかくの花火だったのに記憶がおぼろげだ。
今度は、しっかり目に焼き付けたい。
「メルちゃん、来年も、一緒に見てくれる?」
「もちろんです!」
王都で過ごす楽しみが、また一つ増えてしまった。
その後、夜店巡りを再開し、お腹いっぱいになった状態で帰宅した。
そんな感じで、夏祭りは終了となる。
短い時間だったけれど、十分に堪能させてもらった。




