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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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213/412

衛生兵の夏祭り

 お祭りの三日間は、目の回るような忙しさだった。

 遠征部隊の騎士達が、バッタバッタと倒れて運び込まれたからだ。

 今年の夏はひときわ暑いというのも理由の一つだけれど、最大の原因は普段魔物相手に戦う騎士達が巡回という慣れない仕事に四苦八苦した結果だろう。


 去年までは遠征部隊の中でも、人とかかわることに慣れた騎士達が選ばれていたらしい。

 しかし、今年は祭りの規模が拡大したことから、選別せずに無差別に大量増員させた。

 その結果、適性のない騎士の精神をガリゴリと削ったのだろう。


 幸い、第二部隊の面々は、元気だったようだ。私は救護天幕に籠りっきりだったので、みんなに会えなかったけれど、シエル様が教えてくれた。


 エスメラルダは救護天幕のシエル様が作った氷柱の近くに陣取り、優雅な様子で私達がバタバタする様子を眺めていた。

 アルブムは食堂で、注文を聞いたり騎士達にお腹を撫でてもらったりと、活躍していたようだ。


 驚いたことといえば、シエル様がかなり働いてくれたこと。

 正直、人手不足になりそうだったので、非常に助かった。


 それから、食堂のおばちゃん達の変化にも驚く。

 最初に会った時は、髪の毛とか適当にひっつめるだけで化粧はしていない姿だった。けれど、祭りの開催期間に入ると、髪を編み込んでいたり、リボンで結んだりと、だんだん綺麗になっていたのだ。

 最大の原因は、シエル様だ。


「そこな娘よ、そのような重たい物は持つでない。それは、私の仕事だ」


 八十過ぎのシエル様にとって、四十代くらいのおばちゃんも「娘」になってしまうらしい。

 紳士的な態度は、女を捨ててしまっていた食堂のおばちゃん達の乙女心を復活させてしまったようだ。


 みんな、せっせと働くシエル様に、うっとりとした視線を向けている。

 馬の頭部を被り、鎧にエプロンを纏った姿なのに、素敵に見えるらしい。

 大英雄恐るべき、である。


 祭りも終盤に差しかかる中、自由時間を言い渡された。みんな、交代で休憩しているらしい。


「リスリスさんはもう、直帰でいいから」

「あ、ありがとうございます」


 私の長い夏祭りが終わった瞬間である。

 エスメラルダの入った籠を持ち、外に出た。むわりと、湿気を帯びたような熱気に包まれる。


『キュウッ!』


 すぐに、エスメラルダに「暑いんですけれど!」と抗議された。


「確かに、外は暑いですね」


 シエル様が氷柱を作ってくれたおかげで、三日間涼しい中で過ごせたのだ。

 こんな中で仕事をしていた騎士達は、本当にすごい。

 三日間、大きな事件もなく、平和で楽しい祭りとなったのは、騎士達が街の秩序を守っていたおかげだろう。


 そういえば、最終日は花火が上がる予定だったような。 

 雨天中止と言っていたけれど、空は雲一つない。きっと、予定通り上げられるだろう。

 それにしても、花火とはどんなものなのか。

 空に花が咲くって、想像できない。

 ザラさんから夏祭りの話を聞いたのは、ずいぶんと前のように思える。

 たった半年前の話だけれど。


「あの……」


 背後から声をかけられ、振り返る。一人の若い騎士が立っていた。


「あ、昨日の」

「はい」

「すっかり、顔色もよくなったようで」

「おかげさまで」


 彼は昨日、酔っ払いの乱闘に巻き込まれ、鼻血が止まらないと言ってやって来たのだ。

 顔色が真っ青で心配していたけれど、猪豚の串焼きを食べたあとは出血も止まったので安心していた。

 しかし、仕事に戻るほど全快しているようには見えなかったので、衛生兵の権限を使い、家に帰らせたのだ。


「昨日、ゆっくり眠ったおかげで、すっかり元気になって」

「よかったです」


 年頃はウルガスと同じくらいか。わざわざお礼を言いに来るなんて、真面目な人だ。


「それで、あの」

『キュウッ!!』


 騎士が近づこうとしたら、エスメラルダが威嚇する。

 フーフーと言って、落ち着かない様子だった。

 天幕の中では大人しかったのに、どうしたのか。


「うわっ、すみません。この子、気まぐれで」

「いえ」


 暑い中なので、不機嫌になってしまったのか。

 逆立てた毛を撫でていたら、落ち着きを取り戻す。


「あ、まだ、何かご用ですか?」


 騎士はまだ、傍にいて何かを言いたげだった。しかし、エスメラルダがそれを許さない。


『キュキュ、キュウ!』


 ひたすら、「あっちにいけ!」と言っている。酷いな。


「すみません、天幕の中に、他の衛生兵がいるので、用事はそちらに」

「いえ、俺はあなたと──」

「メルちゃん!」

「あれ、ザラさん?」


 額に汗を浮かべ、肩で息をしていた。遠くから私の姿が見えたので、全力疾走してきたようだ。

 エスメラルダの入っている籠を片方の腕にかけ、額の汗を拭ってあげる。


「ザラさん、どうしたのですか?」

「メルちゃん、このあと、仕事?」

「いえ、もう帰ってもいいと言われて」

「私も、今日の仕事は終わりで……は、花火を、一緒に見に行きましょう」

「はい、喜んで」


 エスメラルダが突然「ふふん」と笑いだす。今まで不機嫌だったのに、どうしたのか。


「あれ、さっきの騎士は?」

「私が来た途端、回れ右をしていたけれど」

「そうでしたか」


 まあ、衛生兵は私だけじゃないので、大丈夫だろう。


 私とザラさん、エスメラルダは、祭り会場へ向かうこととなった。


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