試作二品目!
黒酢のスープは失敗だった。あんなに、噎せてしまうなんて……。
味は悪くなかったんだけどなあ。
「なんか、食欲がなくってもごくごく飲めるスープがあればいいんですけれど」
『アルブムチャンハ、イツデモドコデモ、食欲アルンダケド。人間ッテ大変ダネエ』
「そうですね~」
妖精と違って、人間は暑すぎたり、寒すぎたりすると体調を崩してしまうのだ。
「っていうか、そもそも、夏にスープ類はあまり飲みたくないですよね」
大量に作るものと想定して、つい考えがスープ一択になっていたようだ。
夏といったら、やっぱり冷たいものを食べたい。
「なんか、冷たい軽食を出せばいいですよね!」
『冷タイモノッテ?』
「アイスクリームとか!」
『パンケーキノ娘、アイスクリームッテ?』
「冷たくって、甘くって、おいしい甘味ですよ」
『エエ、想像デキナイ』
しかし、アイスクリームは大量の氷を必要とする上に、お腹を壊しかねない。
却下だろう。
『アイスクリームゥ……』
アルブムに禁断の甘味を教えてしまった。アイスクリームはパンケーキ以上に病みつきになるので危険だろう。
そんなことよりも、真面目に夏祭りの軽食を考えなければ。
キンキンに冷えた物はお腹を壊すので却下として、あとは栄養豊富で食欲がなくても食べられるものがいい。
「なんかこう、つるっとしていて、腹持ちが良い感じの食材ってないですよね」
きょろきょろ見回していると、スラちゃんと目が合う。
「スライム……あ!!」
そういえばと思いだす。つい何日か前に、膠工場から荷物が届いていたのだ。
開封したら、『つるんつるん麺』と書かれていた。これは、人工スライムから作った麺なのだ。以前、あんかけスライム麺を作っていたおじさんが、商品化に成功したのだろう。
届いたけれど、見ない振りをしていたのだ。
今日こそ、これを開封すべき日だろう。
「これだったら、喉越しもいいですし、食欲がなくっても食べられそうです」
これにタレをかけて、さっと食べられるものを作りたい。
つるんつるん麺自体は無味無臭で、何にでも合いそうだ。
「タレ……なんか、くどくなくって、さっぱりと食べられるような……タレ……」
考えるが、なかなか思いつかない。
ここで、アルブムが挙手して提案してくれる。
『パンケーキノ娘、果物ノ砂糖煮込ミハ、ドウ? 前カラ、コレ、パン以外ニモ合ウンジャナイカッテ、思ッテイタノ』
「ああ、なるほど」
麺に甘いものを合わせるなんて、考えもしなかった。
無味無臭なので、甘いものにも合うだろう。
「アルブム、天才ですね!」
『エ、ソウ? マア、ソレホドデモ、ナイケレド~』
「よし、では作りますか!」
調理台の真ん中に立つアルブムが邪魔だったので、端に寄せる。
砂糖煮込みだと甘ったるくて胸やけしそうなので、炭酸水を作ることにした。
材料は柑橘酸味粉と重曹、水、蜂蜜。
ちなみに、柑橘酸味粉には疲労回復効果がある。今回の料理にぴったりだろう。
まず、水を張った鍋を二つ用意して、片方にひと匙の柑橘酸味粉を入れて混ぜる。
もう片方の鍋に、重曹をひと匙入れて、同じように混ぜた。
柑橘酸味粉のほうに、蜂蜜を十杯入れて、これもまたよくかき混ぜる。
この状態にしたあと、片方の鍋の水を、もう片方の水に混ぜた。
すると、シュワシュワと気泡が発生した。これで、蜂蜜炭酸水の完成である。
蜂蜜は栄養豊富で、素早く体に吸収されるらしい。騎士にぴったりな食材と言える。
「この炭酸水は、少し冷やしたほうがおいしいですよね。ですが……」
魔石で作られる氷は高価だ。だから、常温の炭酸水につるんつるん麺を入れるしかない。
そういうふうに考えていたら、スラちゃんが瓶の中で挙手する。
「スラちゃん、どうかしましたか?」
蓋をドコドコ叩き始める。外に出してほしいのか。
「え~っと」
どうしようか迷ったが、たぶん何か手を貸してくれようとしているのだろう。
ありがたいと思い、蓋を外した。
スラちゃんはぴょこんと飛び出すと、炭酸水を作ったなべをぎゅっと抱きしめた。
「スラちゃん、それは何を?」
鍋の中を覗いたが、特に変化はない。
スラちゃんの鍋への抱擁はすぐ終わり、離れていった。
「なんでしょう? おいしくなっているとか?」
おたまで炭酸水を掬い、コップに入れて飲んでみた。
「──わっ!!」
びっくりして、コップの中を覗き込む。
「スラちゃん、これ!」
スラちゃんはびしっと、親指を立てる仕草を見せていた。
「すごいです! 炭酸水が、冷たくなっています!」
スラちゃんの新しい能力のようだ。高速冷却できるなんて、すごすぎる。
「スラちゃん、天才ですか。もしかして、夏祭りの日もお手伝いしてくれるのですか?」
スラちゃんは任せなさいと言わんばかりに胸を叩いていた。
「ありがとうございます!」
スラちゃんが冷やしてくれた炭酸水は、お腹を壊すほどキンキンに冷えているというわけではない。ほどよく冷たい感じがちょうどいい。
蜂蜜の優しい甘さが、冷たくしたことによって引き立つ。
これに、先ほどのスライム麺……ではなく、つるんつるん麺を入れてみた。
炭酸水の中から、麺を掬って食べてみる。
口に含むと炭酸のシュワシュワ感と蜂蜜の甘さが広がり、続いて喉越しの良い麺を呑み込んだ。
「これは、おいしい!」
食欲がなくても、すぐに食べてしまいそうだ。
先ほどからエスメラルダがチラチラこちらを見ていたので、彼女の分も用意してみた。
「エスメラルダ、どうぞ」
『キュウ』
エスメラルダは疑いの目で見ながらも、ゆっくり近づいて食べ始める。
銜えた麺は長かったが、器用にちゅるんと食べていた。
『キュウ!?』
エスメラルダはカッと目を見開く。おいしかったのか、まずかったのか、どちらかわからない。
「エスメラルダ、どうでしたか?」
私のほうをちらりと見たが、返事はしてくれない──が。
エスメラルダは二口目の麺を食べ、蜂蜜炭酸水をペロペロと舐めていた。
これは、おいしかったということだろう。
アルブムはすでに完食していた。相変わらず、食べるのが早い。
エスメラルダは尻尾を振りつつ、ゆっくり食べていた。
その様子を見ていたら、アルブムに話しかけられる。
『アノ幻獣、パンケーキノ娘ガ、作ッタモノシカ、食ベナインジャナイ?』
「ハッ!」
そういえば、ザラさんもそんなことを言っていたような。
だから、私が作ったゼリーは食べたけれど、侯爵家の人が作ったゼリーは食べないのか。
「そう、だったのですね」
さすがお嬢様だ。こんなの、気づくわけがない。
とりあえず、軽食の一品目は蜂蜜炭酸麺で完成となる。




