楽しい夏祭り その一
『キュウ~~ッ!』
朝から、魔石獣の鳴き声が旧エヴァハルト邸の食堂に響き渡る。
これは、エスメラルダが出されたゼリーを食べることを拒絶する叫びであった。
「好き勝手言うんじゃないですよ」
『キュウ!』
エスメラルダの前にゼリーを差し出しても、ツーンとするばかりだった。
せっかく好物を見つけたと思ったのに、すぐこれだ。
「な、なんなんですか、あなたは」
『キュキュウッ!』
私のぼやきに対し『エスメラルダですが、何か?』と返す。
がっくりと脱力してしまった。
「なんという、我儘お嬢様……」
アメリアとステラはあらまあ困った子ね~、みたいな視線を向けていた。
「エスメラルダ、何か食べないと、あとでお腹が空きますよ」
『キュッ』
匙で掬ったゼリーを差し出しても、ツーーンと顔を背けられてしまう。
仕方がないので、私が食べることに。
「あ、おいしい!」
夏の果実──赤桃を贅沢に使ったゼリーだ。甘酸っぱくって、私が作ったゼリーの数百倍おいしい。
それなのに、エスメラルダはツーーーンとしていた。
「こんなにもおいしいのに、いったいどうして?」
「あの、メルちゃん」
目の前に座って朝食を食べていたザラさんが、口元をナプキンで拭いながらはなしかけてきた。
「なんですか?」
「いえ、もしかしたら、メルちゃんの作ったゼリーしか食べないんじゃないかと思って」
「ええ~~!」
それは困る。遠征の時とか、毎回ゼリーなんてとても作れない。
「このままだったら、エスメラルダ、あなたはお留守番組になりますよ」
『キュウ、キュキュ!?』
エスメラルダは抗議の声をあげていた。置いていくなと言っている。遠征も、ついてくる気だったらしい。
本当に、困った子だ。
うんざりしているところに、アルブムがテテテ~と走ってきて話しかけてくる。
『アルブムチャンダッタラ、何デモ食ベルケドネ』
「はいはい、アルブムは好き嫌いがなくて、とっても偉いです」
『エヘヘ~』
エスメラルダもアルブムくらい単純だったら、扱いやすいんだけれど。
「う~~ん、まあ、この件は一旦保留にして」
食べかけのパンを一口で食べ、紅茶と一緒に飲み込んだ。
今はエスメラルダに構っている場合ではない。
出勤をしなければならなかった。
◇◇◇
悪事を働く一派が捕まり、王都にも平和が訪れた。
猛暑で開催中止が危ぶまれていた夏祭りも、例年通り無事開催決定となったようだ。
しかし──夏祭りだと、喜んでいる場合ではない。
夏祭りの期間中、国内から大勢の商人がやってくる。地方からの観光客も押し寄せ、治安が悪くなってしまうのだ。
夏祭りの時期は警邏部隊だけでは人手が足りなくなる。そのため、遠征部隊もお祭り会場の巡回に駆り出されるようだ。
お祭りだからと言って、浮かれてはいけない。
そう思っていたのに、すでに浮かれている輩がいた。エノク第二部隊最年少の弓士ウルガスだ。
「リスリス衛生兵、お祭りは、出店にある食べ物がすっごくおいしいんですよ~」
「へ、へえ……」
なんでも、国中から評判の料理店が集結するらしい。
「去年は、猪豚の角煮パンの店が大盛況でした」
「猪豚の、角煮パン、ですか」
「はい! とろんとろんになるまで煮込まれた猪豚を、ふかふかの蒸しパンに挟んで食べるんです。角煮の脂身が舌の上で溶けるんですよ~。甘辛ソースも、蒸しパンとの相性が抜群で」
「おいしそうですね」
「ええ、本当においしかったです」
想像したら、猛烈に食べたくなる。朝食を食べたばかりなのに。
「それから、雲菓子といって、ふわっふわの雲みたいなお菓子があるんです。甘くて、口に含んだら、ふわ~~っとなくなって」
ウルガスが身振り手振りで雲菓子を説明する。
なんでも、頭よりも大きく、ふわふわしているらしい。
「お、おいしそうですね」
「はい、夢のような味がしました」
雲を模したお菓子なんて、猛烈に気になる。なんでも、祭りの日にしか販売していないらしい。
「それから、胡椒餅も絶品でした。皮はカリッカリで、中から胡椒を効かせた肉入りの餡が肉汁と共に溢れてくるんです」
「うわ~~」
ウルガスの話を聞いていたら、お祭りで食べ歩きをしたい欲求が高まってくる。
祭りは三日間あり、去年の第二遠征部隊は二日目が休みだったようだ。
「リスリス衛生兵、今年もお休みがあればいいですね」
「そうですねえ~」
そんな中、朝礼では予想していた夏祭りの予定が発表される。
「今年は出店の出店料を安くしたようで、店舗数が増えたらしい。それに伴って、客数の増加も見込まれている」
この時点で、騎士隊への警戒態勢が強まることは想像できていた。
「というわけで、俺達は三日間、夏祭りの巡回任務を命じられた」
ちらりと、隣に立ったウルガスを見る。
目を見開き、口をパカーッと広げ、衝撃を受けた表情を浮かべていた。
ウルガスだけは、夏祭りに行く気満々だったようだ。
ショックな気持ちを声に出さなかったことを褒めるべきか。顔には出ているけれど。
それにしても王都育ちのウルガスでさえ、毎年行っても楽しい夏祭りとはどんなものなのか。
フォレ・エルフの村の祭りといったら、森の精霊様に祈祷を捧げ、お供え物を持って行く程度だ。
楽しいだなんて欠片もなく、退屈なばかりだ。
ううむ、気になる。
「今回は、二人一組で行動してもらう。ちなみに、混乱を避けるため、幻獣、妖精、精霊組は留守番だ」
アメリア達は人込みが苦手なので、若干ホッとしていたように見える。
アルブムは夏祭りに行きたかったようで、ガッカリしているようだけど。
「では、巡回の組み合わせを発表する」
ゴホン! と隊長は咳払いをしてから言った。
「俺と組むのは──」
どうせ私だろう。そう思っていたが、違った。
「ジュン・ウルガス」
「……」
そっと隣を見る。ウルガスは涙目になっていた。
せめて、巡回は華やかな女性とでも思っていたのかもしれない。
なんというか、お気の毒に。
しかし、事件が発生した時は、頼りになるだろう。
「おい、ウルガス、聞こえていたのか? 俺と組むのはお前だ」
「は、はい、喜んでー!」
まったく顔は喜んでいなかったが、そう言うしかなかったのだろう。
隊長はウルガスをジロリと睨みながら、二組目を発表する。
「続いて、ベルリーとリヒテンベルガー」
男女一組にするとおもっていたが、意外な組み合わせだ。
でもまあ、ベルリー副隊長ならば、何かあってもリーゼロッテごと守ってくれるだろう。
残るは私とザラさんとガルさん。
仲良く三人で? ということではなさそう。
「最後に、ガルとザラ。以上の人員で、巡回を行ってもらう」
んん? 今、以上って言った?
私の名前が呼ばれなかったのは、気のせいではないだろう。
隊長のほうを見ると、バチっと目が合う。
「リスリス、お前は遠征部隊の総隊長から呼び出しがあった。今すぐ行ってこい」
な、なんだって~~!?




